第二百話 疑問と因縁
「アルトの泉を毒で…それ何百年も前の話じゃなかった?そんな人、とっくに死んでるんじゃ…」
唯一ともいえる手がかりにそんな文句を言いたくは無いけど、死人を探すなんてことになったら目も当てられない。精霊の寿命の感覚は人間のそれとは全く違うらしいから、ちゃんと指摘してあげないと。
「人間じゃないわよ…元人間と言うべきかしら。そいつはあたしの泉の生命力を根こそぎ奪って、人間とは別のものになった…そんな存在、他にはいないだろうから定義付けは難しいけれど、確実に人間はやめていると言えるわね」
「依り代の膨大な生命力を取り込んで耐えられるとは思えないけど」
そう聞き返したのはソプラノ。正直私は、依り代のシステムについてよくわかってない。精霊にとってのダメージを早く回復することが出来るとかそのくらいだ。まあ、回復をつかさどっているんだから、生命力に溢れているっていうのもわかる。それを取り込もうって発想はよくわからないけど。
「まあ、あたしも耐え切れずに滅びると思ってたわ。でも、泉の力が別の何かと融合して変質したのを感じた。泉から出られなくなる直前の記憶は曖昧だったから、今の今まで忘れていたけど、やり口を聞いて思い出したわ。あいつは泉に攻めてきた時も、意志の無い人間を大量に使っていた。まさか王国側に付いているとわね…もしや、あの時も当時の王族の指示だったりするのかしら…」
「それだけじゃ、今回の洗脳の犯人だってわかんないんじゃない?似たようなスキルを持ってるだけの別人かもしれないし」
「いや、それはおそらく無い」
考え込む様子を見せた後、ソプラノが再び口を開く。今度は確信を持っているみたいだ。
「どうして?」
「僕は、現在存在している、洗脳スキルの保有者をすべて把握している。それに、このスキルはすでに上限人数に達しているから新しく保有者が出ることもない。となると、僕の知らない未知のスキルってことになる。そもそも僕が知っている洗脳スキルは、完全に意志を剥奪できるようなものじゃなかったし、勇者を洗脳できるほどに強力なスキルでもないんだよ。洗脳効果を持った強力なスキルってなると僕には心当たりはないし、保有者もそれなりの実力があるはず。となるとアルトが言った元人間が最有力候補なのは間違いないと思う」
「なるほど…洗脳の効果を持った別スキルってことだね。まあ、他に手がかりも無いなら、そいつを捕まえることを目指すしかないか…あれ?ちょっと気になったんだけど、その、元人間はアルトを認識してたってことでしょ?となると最上位クラスだったってこと?」
精霊は普通の人間に視認されることは無い。今のアルトは私の魔法で作った肉体を使っているから見た目は普通の人間に見えるだろうけど、当時は精霊体で生活していたわけだから、泉の生命力を取り込む前の、あくまで普通の人間だった者に認識されていたってことになる。それはいささかおかしい。
「それは僕も気になっていた。最上位クラスになる以外の方法で精霊を認識することが出来るなら、それは僕たち精霊にとって脅威になる可能性がある。まあ、大抵の相手ならどうとでもなるけど、今回の相手は油断できそうにない。何せ、この僕の目を盗んでヘレーネにスキルを掛けたんだ。少しでも情報は仕入れておきたい」
「あんたに知らないことがあるとはね。まあ、アンタたちの思う通り、あいつはあたしを認識していた。最初は魔力の塊として精霊体を認識しているのかと思ったんだけど、それなら魔力感知や魔力探知で誰にでも認識できてしまうことになるし、会話をすることは出来ない。スキルも使っている様子も無かった…これは泉から出られなくなっている間、色々考えて立てた予測だけど、あいつの瞳は最上位の瞳だったんじゃないかしら」
「最上位クラスの保有者から目を奪って、自らのものと入れ替えたってこと?そんなこと…いや、あり得ないことじゃない。あの魔法なら理論的には可能だ。でも何の意味があって…眼球なんて最上位のものだとしても普通の眼球…それこそ、精々見えないものが見えるだけの違いしかない。アルトの泉から生命力を得るためだけに強力な力を持つ最上位から眼球を奪ったなんて、いくら何でもリスクが高くないか?いや、洗脳の力があれば、ほとんど危険なんて無しに実行可能…」
ブツブツと呪文のように自らの考えを吐露しているソプラノ。聞く限り、最上位から目を奪い、自分に移植することは可能なようだ。医療体制と呼べるものがほとんど存在しないこの世界で移植するという発想が生まれることが驚きである。
「そんな深く考えなくても、確認する方法はあるんじゃない?アルトが泉から出られなくなる前後に盲目の勇者がいたかどうか調べればいいんだよ。というか、ソプラノなら知ってるでしょ?」
他人の目を奪うような奴が自分の目をわざわざ奪った相手に移植するなんてことは無いだろうし、生命力を取り込むまでは普通の人間だったなら、目を奪った相手は人間の最上位のはず。そのころ、イエレミアスによって聖女は存在しないはずだから相手は勇者だってことになる。
「盲目の勇者…確かにいた。僕が賢者だったころに一度会っている。あの時の勇者は大した力も持っていなかった。まあ、久々に現れた勇者で、勇者のみが使える鍛錬方法が失われていたからしょうがなかったんだけど。あの頃は今よりもずっと紙が貴重で、書物に残すなんてことが滅多にできなかったから必然と言えば必然だったんだけどね。全く、僕が覚えていたことにもっと感謝してほしかったよ」
「と、とにかく盲目の勇者がいたなら間違いないんじゃない?」
「ああ。彼は確かに両目が無かった。病で視力を失ったとかそう言うのじゃなく、眼球自体が存在していなかった。彼が僕に会いに来たのもその目を何とか治せないかってことだったし」
「じゃあ、その勇者から…」
「だろうね」
全く。その勇者がソプラノに目を奪われた経緯を話していれば、手っ取り早く理由が分かっただろうに。まあ、勇者ともあろうものが、目を奪われたなんてことはプライドなんかが邪魔をしてなかなか言い難かったんだろうけど。
「あたしの仮説は正しかったのね」
アルトが自慢げにそう言うが、一つ疑問が解消されただけで根本の問題は何も解決していない。洗脳術者の居場所は全く分かっていないのだから。
「それで、アルト。ヘレーネに洗脳を掛けた奴の居場所に心当たりは?」
私と同じことをソプラノも考えたらしく、そう問いかける。
「あたしが泉から離れられなくなる直前に仕掛けた魔法が生きていれば、あるいは…」
目を閉じたアルトの周囲に魔力が一気に集まるのが分かる。私が制御できる魔力量を優に超えるそれを、全て攻撃に転じさせたらこの国を、それどころかユーラシア大陸の倍ほどの広さがあるこの大陸を消し去ることが出来るだろう。一体何を発動させようとしているのか。
「アルト、一体何を―」
「ちょっと黙ってて。制御が難しいから」
気になって声を掛けるとピシャリとそう言われてしまう。この魔力量を使った魔法を成立させるのも、管理するのも、会話が出来ないほどに集中力が必要らしい。
「いた」
そう呟いたアルトの瞳に移るのは、憎しみと恨みをぐちゃぐちゃに混ぜたかのような混沌だった。
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