第百九十九話 勇者の現状
「ハイデマリー。ソプラノがまたあなたと話をしたいようなんだけど、この間の転移妨害の魔術具のせいでここにこれないんですって。まあ、あたしはわざわざ招く必要もないと思うけど、ヘレーネを味方に引き入れるなら無視するわけにはいかないでしょ?」
巨人の騒動が起こってから約一週間。アルトと相談しながら様々な対策を練っていたところにその連絡が来る。ちなみに、転移妨害の魔術具もその一つだ。スキルを使った転移を妨害する魔道具で、私のテレポートは妨害されないため、使い勝手がいい。ほかにもいくつかの魔術具と魔法陣を設置し、この館の防衛はそれこそ蟻一匹通さないものとなっている。まあ、そのために随分と素材とお金を放出してしまったけど、巨人が起こした地鳴りで被害に遭った、ブルグミュラーの後始末を請け負うことで、ある程度は回収できた。まあ、町の人たちが高級素材を持っているはずがないので、戻ってきたのはお金だけだけどね。
「ソプラノを無視するわけにはいかないし、どこかほかの場所を指定しようか。一応、まだ敵陣営だから、転移防止の魔術具を解除した途端、向こうの最上位クラスが押し寄せてくるなんてこともあり得るし」
そもそも、ソプラノは巨人がここを襲ってきたってことを知っているんだろうか。さすがに知らなかったと思いたい。知っていたとしたら、交渉中の段階なんだし、何とか止めてほしかったし、止められなかったにしても私に情報を流してほしかった。まあ、私との交渉が決裂した場合のことを考えて、勇陣営でのヘレーネの立場が悪くならないように黙認したということもあり得る。というか、ヘレーネが指示を出した説もあるんじゃない?思考誘導を受けたままだとしたら、私を倒すように動くのも頷ける。向こうの陣営はこっちと違ってまとまっているらしいし。
「そうね。どこか都合のいい場所があれば…」
「王都の茶屋でいいでしょ。向こうも王都にいるんだし」
「あたしは良いけど、貴方は良いの?精霊の姿は普通の人間には見えないんだから、虚空に向かって話す、気の毒な子供だと思われるわよ」
たしかに、あの茶屋は基本的には四人掛けのテーブルに案内される。ソプラノと話し合うなら私と向かい合って座ることになるだろうから、周りから見たら奇妙に見えるだろう。
「アルトが向かい側に座ってくれればいいじゃん」
アルトには体があるわけだからそれですべて解決だ。まあ、斜め向かいに座って話しているのは奇妙に見えるかもしれないけど。
「そしたらあたしは、ソプラノの隣に座ることになるじゃない」
「そこまで嫌なんだ…もう、仕方ない。貴族エリアの個室がある茶屋にしよう。前にエーバルトたちと行ったところ。個室なら周りから変に思われないし」
貴族エリアのお店は高いから無意識のうちに避けようとしてしまったようだけど、よくよく考えれば、他者の目、耳がある場所で話すべき内容ではないかもしれないし、個室で話した方が良いだろう。前に作った、外に音が漏れないようにする魔術具でも使えば、完全に秘匿された空間を作ることも出来る。
「了解よ、ソプラノにも伝えておくわ。あいつも王都にいるだろうから、すぐに来るでしょ」
「じゃあ早速移動しよう」
ついでに商会の繁盛具合なんかも見ていこうとか考えながら私はテレポートを実行した。
貴族エリアの茶屋に移動して、高級なお茶を楽しみながら少し待っていると、ソプラノが転移で移動をしてきた。てっきり、ヘレーネを連れてくると思ってたけど、彼女一人だけだった。
「ヘレーネと会わせてくれるんじゃなかったの?」
気になったので、単刀直入に聞いてみる。少し訝し気な声になってしまったかもしれない。
「僕もそのつもりだったんだけど、少し、いや、重大な問題が発生してね…」
「どういうこと?」
今度はアルトが怪しいといった表情で聞いている。ホントに精霊に対しては信用が無いみたい。
「率直に言うと、ヘレーネにかけられていた思考誘導を解くことは出来なかった。それどころか、事態は悪化してしまってね…どうやら思考誘導、正確には洗脳のスキルには罠があった。術者以外の誰かから干渉を受けると、段階が進む。要するに思考誘導という軽い暗示から意志を完全に剥奪する洗脳へと進んでしまって、彼女の自意識は失われたというわけだ。こうなってしまうと、もう手の出しようがない。洗脳を解除するためのスキルはあるけど、それをしてしまうとまた他者からの干渉として段階が進んでしまう可能性がある。完全に自意識を失った後、更に何か失うとしたら…」
「命を…」
もう自意識を失った彼女に残っているものと言えばそれくらいしかない。それだと洗脳の意味が無いだろうけど、これは多分、他者の干渉を防ぐための措置だろう。彼女を助けようとしたところで、その結果死んでしまうのなら意味が無い。
「まあ、確実にそうだとは言えないけど、僕の考えだと確率は高い。他者に彼女を奪われないようにするためにもね。少し調べたけど、今回の件には結構な重鎮が絡んでいるみたいで特に誰も止めなかったらしい。全く、この国はどうなってるんだ…って、今はそんなことどうでもいい。何とか彼女を―ヘレーネを助けられないかな?」
ソプラノの真摯な瞳を見て、私は考えを巡らせる。きっと、彼女はヘレーネのことをものすごく大切に思っているのだろう。まだ出会ってそこまでの時間は経っていないだろうに、とても濃密な日々を過ごしていたんじゃないかな。こんなことを聞かされてさすがに放っておくわけにもいかない。彼女を助けたいという思いは私の中にもある。私と同じ、この国の被害者だ。私と違い、ヘレーネの年齢や性格を考えると、上位に抗うというのは難しかったのだろう。思考誘導を受けていたらなおさらだ。
「分かった。まずは術者を捕まえよう。多分それが一番手っ取り早い」
「それは僕も考えた。だけど、正体が全く掴めない」
ソプラノが悲しそうに視線を提げる中、アルトがハッと、何かに気が付いたかのような顔をする。
「洗脳…もしかしたらあいつかもしれないわ」
「心当たりがあるの!?」
「ええ。そいつは私の泉を毒で犯したのと同一人物、最悪の男よ」
アルトのその言葉に驚愕の表情を浮かべたのはソプラノだけでは無かった。
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