第百九十八話 シルヴィア
その後、アルトの帰宅を待って対巨人の対策を考えることになった。まあ、今後を見据えて巨人だけではなく、対勇陣営の対策だともいえる。そもそも、こちらの陣営の者が襲われたとかいう話はまだ耳に入ってきていないから、ここで起こったことが初めての戦争行為だったというわけだ。まあ、最初の会議に参加しなかった人の元に向こうの刺客が送られているということも無くは無いと思うけど、ヘルシャーの情報収集能力があって、それをつかめていないはずがない。一応、定期的に接触を試みているみたいだしね。私がドラゴンの国に行った時も、全員に声を掛けたって言ってたし。
「ハイデマリー様。今度はヴァンパイアの女王を名乗る者が来ていますが…」
巨人の歩行による地震で荒れに荒れた拠点の片づけの指示を出していると、アグニからそう声を掛けられる。どうやら転移が使える人の中では珍しく、ちゃんと門から入ってこようとしているみたい。たぶん、私の心理状態なんかを見てきてくれたんだろうね。この場所は教えてなかったけど、ヘルシャーにでも聞いたのかな。
「通してあげて。あ、なるべくゆっくりね」
さすがに、荒れに荒れた屋敷の中へ案内するのは憚られる。仕方ないから、魔法で片付けよう。使用人たちの仕事を奪うみたいになって、みんなが嫌がるからやらなかったけど今回は仕方がない。
「む。巨人に襲われたというのに、案外何ともなさそうじゃな」
来客室に入ってくるなり、そう言う女王。
「魅了スキルのおかげだよ。あれを使ったらほとんど何もなく帰っていっちゃった。まあ、張ってた障壁を破られたり、巨人の歩みで自揺れが起きて家財道具が倒れたり、物があちこちに散らばって大変なことにはなったけど」
「それは迷惑なことじゃな。だが荒れたという割に、随分きれいにしているようだが…」
「そこは魔法でサックっとね」
「そう言えば、聖女は魔法技能が高いんじゃったの。異常を感知しここに来てみたわけだが、案外問題なさそうじゃ」
「これでも、結構大変だったんだけどね。確実に今まで戦った中では一番の強敵だった」
「敵は最上位クラスで、世界の頂点の一角に立つ者なのだから、強敵なのは当たり前だろう。敵もこちらへ接触を始めたわけだから、こちらも何か対策を練らねばの。幸い、ドラゴン王の奴が情報収集をしているようじゃし、ある程度の対策は練れるじゃろ。こちらの陣営は幾人かが協力的ではないが、一応、過半数は協力的じゃ。引き抜きと暗殺にさえ気を付ければ何とかなるのではないか?ちなみに、巨人と仮にも戦ってどう思った?勝てそうか?」
「今回はアルトがいなかった上に、ここを壊されないように巨大な障壁を張ってたから魔法の利用も制限されちゃって厳しかったけど、それが無ければ勝てると思う。というか、アルトだけでも勝てるんじゃない?」
アルトの力は強力だ。以前、彼女の依り代近くで見た力の一端は文字通り、最上位者なんて目じゃないほどだった。あの魔物の大群を一掃してしまったのだから。
「精霊の強さとはそれほどか。だが、敵陣営にも精霊と契約した者が―勇者がいるのだろう?」
「あれ、ヘルシャーから聞いてない?今、私たちは勇者を引き抜く方面で動いているんだよ。私は、勇者とも彼女が契約してる風の精霊とも面識があるからね。味方になってくれるならこれ以上の利は無いよ」
「彼女?勇者は女なのか?」
なぜ性別が気になるのかは分からないが、彼女の表情は信じられないことを聞いたというほどに驚愕が占めていた。
「そうだよ。この国の男爵の娘」
「どういうことだ?勇者は男のみがなることが出来るクラスのはずじゃが…」
「そうなの?」
「ああ。人間の最上位クラスは聖女と勇者。聖女は女が、勇者は男が取得できるクラスだ。それなのに、今代は女だと来ている。一体どうして…」
「もしかしてソプラノ―風の精霊が何かしたのかも」
「どういうことだ?」
「風の精霊は、大昔、人間として生活していた頃は賢者と呼ばれていたほどの知識を持っているんだよ。彼女なら、勇者は男がなるものっていうことを覆したとしてもあんまり驚きはないかな」
「賢者とはまた大層な呼び名じゃの。それにしてもクラス法則を覆すほどの知識か。一度会ってみたいものじゃ」
「まあ、勇者の引き抜きが成功すればすぐ会えるよ」
「簡単に言うが、上手くいくのか?知り合いとはいっても今は敵同士じゃぞ」
「一応、勇者が思考誘導を受けてるっていう情報をソプラノに流して、一度会えることになったから、その時に話してみるつもり」
「なるほど。それを恩に着せて味方に引き込むというわけか」
「まあ、間違っては無いね。知り合いと戦うのは嫌だし、ソプラノが付いてるってだけで警戒度は跳ね上がる。だったら仲間に引き入れようってことだよ」
ホントはヘレーネを王族から助けたかったからなんだけど、そんなことはわざわざ言わない。私情で動く奴だって烙印を押されても面倒だし。
「話は分かった。引き抜きには自陣営の賛同がひつようじゃろ?妾もそちらへ回るとしよう」
「ありがとう。あ、そういえばまだ名前を教えてもらっていなかったね」
今度会った時には聞いてみようと思っていたことを問う。魅了を受けた影響か彼女のことは知っておきたいという感情が湧いてくるのだ。
「名などどうでもよいではないか。そんなものただの記号にすぎぬ」
「これから一緒に戦っていく仲間なんだから、親睦を深めるためにも教えてくれてもいいでしょ?」
「仲間か…まあ、教えた所で不都合があるわけでもない。妾の名はシルヴィア。以後、お見知りおきを」
恭しく立ち上がり、そう言ったシルヴィアの所作は、絵画のように美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます