第二百一話 術者の正体

 「いた」


アルトのその一言に周囲の全てが飲み込まれる。それは彼女が発する次の音を待ちかねているかのようだった。


「どこに…?」


ソプラノの存在しない実体から生唾を飲み込むような音が聞こえたのは錯覚なのか、この雰囲気が産んだ物なのか私には分からなかった。


「あいつはここから国一つ挟んだ場所にいる。ここ数時間は魔法的にも、スキル的にも使って移動した形跡はないわ。でも、ヘレーネに洗脳を仕掛けてから現在地に移動したとなると、いささか距離が離れすぎている…ほぼ確実に特殊な移動法を持っているわね」


そう言ったアルトの雰囲気はいつも通りのものに戻っていた。でも、普段以上には魔力を身に纏っていることに変化はない。そのせいか、少しだけ顔がこわばっているみたいだった。


「それは転移のスキルとか、私のテレポートみたいな魔法が使えるってこと?」

「魔法の方はさすがにないと思う。スキルを魔法で再現するなんてデタラメは創造魔法が使えたとしても、君意外には無理だ」


ソプラノの言葉では魔法の線は考えなくてもいいらしい。というか、デタラメなんて失礼な。創造魔法が使えるなら現存するスキルの再現なんて誰にだってできるでしょ。まあ、転移スキルとは少し移動方法が違っているようだけどね。


「でも、転移の方は最上位クラスじゃないと覚えられないんでしょ?」

「そう。だから魔道具を使っている可能性が一番高いかな。瞬間的に移動するスキルじゃなくて高速で移動することができるスキルを使っているかのどっちかだね……いや、ちょっと待って。アルト。その術者の名前ってわかる?」


どうやらソプラノに何か思うところがあったようで、少しの間を置いた後、祈るような表情でそう聞く。その表情は自分の予感が外れていてほしいと語っているかのようだった。


「名前?ああ、わざわざ名乗っていったから憶えているわよ。どこまでもいけ好かない奴なのよね…あいつの名前は、ルベル。確か、何かの研究者をしていたらしいわ」


ルベル…別にそこまで珍しい名前には思えない。だが、ソプラノの様子を見れば、事態はよくない方向へ動いたのが分かった。


「それは魔王と同じ名だよ…たぶん、本人だろうね…」

「まさか!!なんで元人間が魔人の王になれるわけ!?」


アルトの言うことも最もだが、ほかにも疑問は残る。どう考えても時系列が合わない。先代魔王であるイエレミアスが魔王の座を退いたのはもうはるか昔のことだ。それこそ、アルトの泉が毒で侵されるよりも前のことのはず。そう考えると、泉を害した時点では確実に人間だったルベルがすでに魔王あることになってしまう。イエレミアスとルベルの間にもう一人魔王が立っていたとすれば、辻褄は合うかもしれないが、それをあのイエレミアスが把握していないわけがない。自分自身は青のダンジョン最下層から動けなかったとしても、配下のマグダレーネを使って情報収集はしていたみたいだし。もし知っていたとしたら、自らを先代魔王と名乗るのではなくて、先々代魔王と名乗っていたはずである。


「そんなこと言ったって、現に魔王として勇陣営に参加しているんだ。魔王になったのは間違いない。それに今は、どうやって魔王になったかよりもどうやって魔王を倒すかが先決だ。こっちが術者の正体を知ったことを知られていないであろう今が一番のチャンスなんだから」


ソプラノの心情からしたらそうなんだろうけど、こっちはどうにも気にかかる。何か重要なことを見落としているような―


「そうね。今はヘレーネを助けることを優先しましょう。なんなら、今から奇襲をかけてみる?ソプラノ。あんたなら座標さえわかればすぐに移動できるでしょ?」

「そうだね。今回はすぐに攻めた方がいいと思う」


私が少し物思いにふけっていただけで、話はとんとん拍子に進んでしまっていた。


「ちょっと待って。いくら何でも話が早すぎる。相手は魔王なんだからそれなりに対策も考えないとだし、そもそもソプラノはいいの?まだこっちの陣営に移ってくる―引き抜きに応じるって決まったわけでもないのに。魔王は一応勇陣営なんだよ?」

「そもそも、先に手だししてきたのは無効なんだから、こっちが何をしようと文句はいえないよ」

「いや、そうじゃなくて、魔王と明確に敵対することによって勇陣営の中で孤立しないかって話。根回しとかしなくても平気なのかなって」


勇陣営はこっちと違って割とまとまっているって話だったし、平気なのかな。今回の感じなら、事情さえ話せば、陣営内の他の人も協力してくれるかもしれないし。まあ、その場合、私の立場がよくわからないことになる。勇陣営に入りたいとか勘違いされるかもしれない。最初の段階だったらそれもありだったかもしれないけど、ヘルシャーやシルヴィアと交流が出来てしまった今、それをする気は微塵もない。こっちはヘレーネを引き抜く気なんだから、身勝手だって思われるかもしれないけどね。


「なるほど…君は魔王がほかの勇陣営の者を引き入れることを危惧しているのか。それは確かに警戒すべきかもしれない。よし、一度勇陣営のみんなに会ってくるよ。もちろん君たちのことは伏せておく。敵陣営と協力関係にあるなんて話したらいろいろ面倒そうだしね。明日また来るよ」


そう言い残してソプラノは転移を使い、姿を消した。ホントにいつも変えるときは風のように去っていくな…まあとりあえず、こっちでも作戦を考えておこう。イエレミアスにも話を聞いておきたいし、明日まで準備時間が得られたのは幸いだ。一刻も早くヘレーネを助けたいけど、失敗は出来ないからね。そんなことを考えながら、私はイエレミアスへコンタクトを取った。

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