第百九十六話 巨人襲来
ソプラノからの連絡が来るのを待っている間、それは突然訪れた。
「ゆ、揺れてる!?」
まったりと過ごしていた昼下がり。突如襲ってきたそれはずいぶん久しぶりに感じるもので、こちらに来てからは初めて経験するものだった。
「な、何これ!?」
イザベルの驚愕の声と共に、ガシャガシャと音を立て床に落ちていく食器やカップ。あれ、高かったのに…って、今はそれどころじゃない。とりあえず机の下に…
「みんな!!机の下へ!!」
小学生の避難訓練を思い出し、みんなを誘導する。ダイニングのテーブルはでっかいから使用人みんなが入っても大丈夫。ここにいないみんなは平気だろうか…というか、この世界でも地震ってあるんだ。イザベルの驚き様からして、よくあることって感じではなさそうだけど。
「この揺れ、何かおかしいです。どんどん強く…いえ、近づいてくるような…」
机の下に潜り、地面に近づいたことで気が付いたのか、アニがそう言う。
「確かに、どんどん強くなっているような…」
その時だった。耳を劈くような咆哮が私たちの鼓膜を破らんばかりに震わせた。
「グォォォォォォォ」
「こ、今度は何!?」
過去、聞いたことのないほどの音量、声量で発せられたそれに、私の意識が一瞬消失してい
たのを自覚する。音響兵器と似たような効果を持っているのかもしれない。
「ハイデマリー様」
そんなことを考えていると、机の外からそう声がかけられる。辺りにはまだ謎の咆哮が響いているというのに、なぜか普通に聞き取ることが出来た。
「アグニ」
「申し訳ありません。巨人の侵入を許してしまいました」
「巨人?」
まさかこの揺れ、巨人の足音ってこと?そんなベタな…
「ええ。間違いありません。というか、何をしているのです?」
「いや、揺れで物が落ちてきたら危ないでしょ?」
「なるほど…いえ、それどころではありません。巨人がこの館まで到達してしまったら一踏みで崩壊してしまいますよ」
「それはまずい。とりあえず、障壁を張っておこう」
ヘルマン侯爵と戦った時に、キースリング本家に張った障壁をこの屋敷にも使う。魔法だけではなく、物理攻撃も防げるように改良した。障壁を張り終えると心なしか、地響きも和らいだ気がする。
「ほう。これはまた見事な…ですが、こんな魔法があるのでしたら前々から使っておいてほしかったですね。警備の負担が減ります」
「この魔法を使うと、ほかの魔法を発動するのが大変になるんだよ。規模が大きすぎて」
「そうだったのですか。この位置からでも、強力な結界だというのが分かるほどですから、それもそうでしょう。このまま戦闘になる可能性もありますがどうします?」
「別に、戦えないことは無いけど…そもそもどうして巨人がいきなり?」
「聖女を出せとしきりに叫んでいたようですがお知り合い…なわけありませんね」
聖勇戦争が始まったばかりのこのタイミングでここに来るってことは、もしかしなくても関係者―勇陣営の最上位クラスだろう。この感じだと、引き抜きに来たんじゃなくて、私を倒しに来たんだろう。
「とにかく、ここで巨人が来るのを待ってるわけにもいかないし、とりあえずアルトと出るか。――って、アルトは?」
「アルト様なら、ヨルダンと商会です。新しい物語がかけたらしく、店に出しに行くそうです」
「タイミングが悪すぎる…仕方ない。私とアニで出よう。アグニとイザベルは非戦闘員―使用人たちの安全確保をお願い」
「了解」
「かしこまりました」
よし、そうと決まれば外に出ないと。さっきから障壁にガンガンダメージが来てるのを感じるし。
「アニ。行くよ」
「はい!!」
アニの元気のいい声で外に出ると、文字通り巨人が私の障壁に向かって金棒に斧の刃をつけたような武器でバンバンと攻撃している所だった。ていうか、巨人さん。その見た目はいくら何でも巨人過ぎないかい?蛮族が付けているような皮の腰巻だけとは…ホントに最上位クラスなのか?まあ、二十メートルはあるだろうから、服をこさえるのも簡単じゃないだろうけど。
「む。お前。聖女だな。聖勇戦争の名において、その命もらい受ける」
「やっぱりそうか…そういうことは、この障壁を壊してから言うべきだよ」
「フッ。こんなもの、叩き壊してくれるわ」
そう叫びながら、再び金棒斧を振り下ろす。そんなので叩いていたところでいつまでも壊れることは無いと思う。確かに、衝撃は感じるけど魔力が尽きない限りは大丈夫なはず。
「お嬢様、あれ…」
アニがそう言って指し示す場所には小さなひび割れに見えるものが発生していった。
「まさか…」
さすがに力だけで障壁を壊すなんて無理だよね?だって、今も普通に魔力が出て行ってるし、ほころびがあろうと強化されるはず…まさか、障壁が強化され、補修されるよりもダメ時の蓄積の方が大きく、早いってこと?
「まずい!!」
魔力が一気に流れ出る感覚と共に、バリンというガラスのコップが砕け散るような音が鳴る。障壁が破られた。まさかホントに破られるとは。これが最上位クラスの力か…
「俺の力を甘く見たな。このようなもので止められるとでも思ったか!!」
「自慢気なところ悪いけど、破られたならもう一度張るだけだよ。ここを壊されるのも困るし」
そう言って、障壁を張り直した私を見た巨人は、素っ頓狂な表情を浮かべた後、少しの絶望を見せた。
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