第百九十四話 新たなる情報

 それから二日間、私たちはドラゴンの国で生活していた。建物が大雑把な作りをしているというだけで、他は人間の国の町と大して変わらない。強いて言えば、食事の量がドラゴンサイズでえげつないのと、冒険者ギルドが無いってことくらいかな。まあ、ドラゴンは強大な生物だから、わざわざ冒険者に依頼しなくても、大抵のことは自分の力で解決できるだろうし、必要もないだろう。後は、向こうには無い、ドラゴン由来のものが多かった。生え変わる部位―歯や、しっぽ、爪などを使った薬や武器なんかは物珍しさからいくつか買ってみた。通貨自体は私たちが使っているものと同じもので問題なかったからね。


「それで新しい情報って?」


 そして現在、私たちは再びヘルシャーと会談をしていた。約束の二日が過ぎ、新たな情報が集まったということだった。一応、こっちでも通信の魔道具を使ってエーバルトやオリーヴィアにブルグミュラー男爵家へ探りを入れるように頼んだけど、まだ連絡は帰ってきていない。つまり、大した情報は得られていないってことだろう。まあ、まだたった二日しか経っていないから当たり前ではあるんだけど。普通にヘルシャーの情報収集能力は異常だと思う。


「ああ。もちろん。舐めてもらっては困る。まず、例の勇者―ヘレーネ・ブルグミュラーは現在、主らの国の王城に滞在しているようだ。まあ、滞在というより、軟禁に近い状態だがな。名目は現王、ディートフリート・ブランデンブルグの夫人候補となっている。どうやらまだ婚約や、婚姻まではいっていないらしい。さすがに男爵の娘と国王では身分に差がありすぎるということみたいだな。それで、城内は何としても、勇者を引き入れたいものと、それに反対するもので二分化されていて、国王はどうやら静観しているようだ。まあ、それを聞くだけでも、王としての器では無いのが見て取れるな。それで、問題の洗脳だが、どうやらその勇者を引き入れたい側の者が行っているみたいだ。それも、勇者に近しい者や本人に悟られぬよう、多少、思考を誘導するくらいで留められているらしい。小癪なことだ」


 そこまでほとんど一息で告げた後、一口お茶を飲んだヘルシャー。どうやらヘレーネは城内の権力争いに巻き込まれているようだ。全く、あの国の権力者は碌なことをしない。うーん。思考を誘導されてるってことは、私が仮に接触しても、説得を聞き入れてもらえない可能性も高い。どうせ、私のことは王家への敵対者として伝えられているだろうし、聖勇戦争のシステムを見ても今は敵同士だ。うーん…困ったな…いっその事誘拐でもしてみるか?魔法で意識を奪って連れてくるだけなら簡単だろう。透明化してこっそり近づけばいいだけだし。まあ、それだと、意識を取り戻した後に同じ問題が湧いてくる上に、勇者としての力を得たヘレーネが抵抗してくるだろうから、問題の先送りにしかならないんだよねえ…誰か、ヘレーネに私たちと話をするように説得できる相当信用されていて、事情を知っている人物がいれば何とかなるかもしれないけど、心当たりが全くない。ブルグミュラー男爵が一番の有力候補だけど、おそらくは自分の娘が国王と婚姻を結ぶかもしれないという事実がある以上、そちらの利をとるだろうし、聖勇戦争のことを説明しても信じてもらえないだろう。


「うーん。手詰まりか…」


さてどうしたものかといくら思考を巡らせても具体的な解決策は見えてこない。そんなとき、思いもよらぬところから助け船が出された。


「そういえば、先ほど分かった情報だが、勇者は風の精霊と契約を結んでいるらしい」


ヘルシャーからもたらされた新情報に私は小さな光明を見た。ソプラノがヘレーネと契約していることが本当なら、洗脳について思わないところが無いわけがない。特に何も対処をしていないがため、今もなお、洗脳状態が続いているわけだから、ソプラノすら気が付けていない可能性が高い。だったらその情報を流せば―


「あれ、そう言えばソプラノは依り代を失っているから契約とかできないんじゃなかったっけ?」


たしかその依り代を再生させるために必要な遺物とやらを得るために私と取引したんだよね?それなのに契約を結んだということは自力で見つけたってこと?


「いいえ。契約をすること自体は出来るわ。ただ、依り代が無いと大きなダメージを受けた場合、短時間で再生することが難しいってだけだから。そうなったときは、契約者の寿命の内に再生するのは難しいから、契約を結ぶのにリスクがあるってことね」


アルトが私の疑問にそう答える。ああ。確かにそんな話だった。ならまだ、例の遺物を見つけていない可能性も高いのか。それを先に見つけてコンタクトを取るのも手だけど、今まで全く手がかりもつかめていないものがそう簡単に見つかるとも思えない。だったら、アルトを通して洗脳のことを話すのが一番かな。


「とりあえず、ソプラノに洗脳のことを教えよう。それが事実だと分かれば、きっとヘレーネと話す場を整えてくれると思う」

「ソプラノというのは風の精霊のことか?」

「そうだよ。風の精霊がソプラノ、雷の精霊がバス、火の精霊がテノール、水の精霊が知っての通りアルトだね」

「精霊の名までは我も知らなかったな」


彼女の疑問に答えると、感嘆するようにそう言ったヘルシャー。まあ、普通の人は精霊と関わることすらないんだから、名前なんて知らなくて当然だ。


「話が逸れたね。とりあえず、その風の精霊であるソプラノを通してヘレーネに接触してみるよ」

「そうか。助けがいるようならいつでも頼ってくれ」

「ありがとう」


そう礼を言った後、私たちはヘルシャーの元を去り、拠点に戻ることにした。

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