第百九十三話 引き抜き計画

 「ねえ。この勇者、引き抜くことは出来ないかな?」


なぜそんな言葉が自らの口から零れたのかは分からない。でも、そうしなければいけない気がした。ただでさえ身勝手な世界のシステムに巻き込まれているというのに、王族にまで迷惑を―理不尽を強いられている彼女を放って置けないという独善的な感情だけなのかもしれない。ただ、なぜかそうしなければならない、いけないという強い焦燥感が私の中に生まれていた。


「なぜ急に…そもそも可能なのか?勇陣営の旗頭である勇者の引き抜きなど…」


ヘルシャーが思案顔でそう呟く。彼女は引き抜きに賛成とも反対とも意見を示さない。理屈さえこねれば、なんとか賛成派に回ってくれそうだ。


「そうね…勇者を失った勇陣営は何陣営になるのかしら…」

「いや、そうじゃなくて…」


見当違いのアルトの言葉にそう返し、私は頭の中の整理を開始する。ここでどれだけ、私たち、聖陣営にとっての利を説明できるかがカギになりそうだ。


「神の声は、相手陣営から引き抜きを掛けることが出来るとは言っていたけど、勇者や聖女を引き抜くことは出来ないとは言っていなかったから、可能だとは思う。まあ、相手陣営がどうなるのかは分からないけど…もしそれでこっちが勝利になるとか、聖勇戦争自体が不成立になるなら結果オーライだし。ヘルシャーだって、この戦争をやりたくて参加しているわけでは無いでしょう?」


聖勇戦争が不成立になった結果、世界を維持するためのエネルギーが不足し、世界が崩壊するなんてことになる可能性もあるかもしれないけど、あえてそれは指摘しない。こっちに話を有利に進めたいし、おそらく、聖勇戦争が不成立になることは無いと思うからだ。そんな簡単に回避することが出来るものだとは思えないからね。


「まあ、そうだが…さすがに、勇者をこちらに引き入れただけで終結などありえるか?そもそも、なぜわざわざ勇者なのだ?不確定要素が大きい勇者を引き入れるなど、我は賛成できん」


聖勇戦争の終結に対しての考えは私と同じみたいだけど、勇者を引き入れることに関しては違ったらしい。随分と深い思案を巡らせているような顔をしているのが見て取れる。


「私が勇者を引き入れたいと思うのは…うん。私情だよ。単に知り合いなんだ。この勇者。まあ、私たちが知り合った時は多分、まだ勇者じゃなかったけど…」

「そう言えば、この勇者は男爵の娘で、おぬしは伯爵の娘―いや、今は妹だったか。貴族同士、多少は縁があったのか」

「まあ、そうだね」


どうやら、こちらのことも調べているらしい。情報収集が重要なのは分かるけど、なんだか信用していないぞと言われているような気がする。まあ、昨日今日会ったばかりの関係で、信用しろという方が無理な話か。


「にしても、知り合い同士で聖女と勇者とは…世間は案外狭いのかもしれぬな。まあ、勇者を引き入れたい気持ちは分かった。だが、それだけではな。我はともかくとして、他の山道が得られないであろう。調査の結果には、勇者として覚醒してからまだ間もないとある。それではまだそんなに力をつけているわけでもないだろう。この資料はこちらの陣営の者にはすでに配ってしまっているから、今更隠すことなどできないぞ。むしろ、弱点とみて嬉々として攻める可能性すらある」

「でも、ホントに勇者を引き抜くことが出来たら、相手陣営のやる気というか、士気を大きく削ぐことが出来るんじゃない?」

「それなら倒したとて、同じことではないか?」


クッ。手ごわい。今まで私の近くにはいなかったタイプだ。でも、私には現代日本で鍛えられた話術という皮を被った、言い訳と屁理屈がある。決して負けやしない。


「仲間として引き入れることが重要なんだよ。倒してしまうと、むしろ相手がやる気になる可能性だってある。自分の仲間をやられた仇討ち的な…向こうの陣営がどんな状態なのかは分からないけど」

「相手の士気をそぐという意味で、勇者の引き抜きに利があるのは分かった。だがそれだけだ。それをしたいなら、複数人に引き抜きを掛ければ同じことが起こるだろう」


その言葉に、私は勝機を見出した。


「実際、複数人を引き抜けるほど、こちらに入るメリット、利を示せる?そもそも、最上位クラス以外の協力者を除いたら、今のうちの陣営で、ちゃんと動いてくれそうなのは四人しかいないじゃない。特権で今後加入する人を含めても五人だけだよ?そんな陣営に、あなたなら入りたいと思う?」

「まあ、確かに入りたいとは思わないだろうな。向こう陣営の状態がどうなのかは我も知らんが、こちらよりはマシだろうしな」

「でも、私たちともともと知り合いの勇者ならそれが出来るかもしれない。まずは王家による洗脳を解くところからになると思うけどね」

「……分かった。やってみるがいい。成功した時には我も賛成票へ回ることとしよう。陣営に引き入れるには、半数の同意が必要らしいからな」

「じゃあ、私は早速ヘレーネ、勇者のところに―」

「いや、それは少し待て。こちらでも、更に勇者について詳しく調べさせる。情報は多い方が良いだろう?そうだな…二、三日時間を貰えないか?その間は先ほど渡した情報を精査しながらでも、この国を楽しんでくれ。人間の世界にはないものがたくさんあるぞ」

「それは興味深いわね」


アルトがそう呟くのが聞こえる。まあ、私たちの本来の目的は、この世界を見てまわることだ。ドラゴンの国なんて来られるとは思って無かったから、確かに、丁度いい機会かもね。


「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「うむ。では城に客間を用意しよう。この国は人間の世界とは隔絶された空間故、通常の転移スキルでは行き来ができんからな。毎晩、帰宅するわけにもいくまい」

「転移スキルって、もしかして、精霊の集会所から戻る時はそれを使っていたの?」

「そうだが…もしやお主、転移スキルを持っておらんのか?最上位クラスになれば、覚えられるぞ」

「スキルは無いけど、魔法で転移は出来るからとりあえずは平気」


なるほど。これで一つ疑問が解けた。魔法が使えないはずの精霊の集会所から、みんな精霊の助けも借りずに、帰ることが出来ていたのはそういうスキルがあったからか。ちょっと不思議だったんだよね。転移スキルか…魔法が使えない場所や封じられている状況でも使えるってことだよね。余裕があれば取得してもいいかもしれない。


「そうか。スキルを魔法で補うなど、やはり聖女は魔法適性が規格外だな…ああ、そうだ。これを持っていけ」


そう言うヘルシャーから投げ渡されたのは、金色をしたピンバッジ。…いや、これ本物の金だ。かなりずっしりとした重みを感じる。


「それをつけていれば、この国の中ならどこでも国賓待遇を受けられる。使った金も国持ちだ」

「ありがとう。使わせてもらうよ」

「うむ。楽しんでくるといい」


 その言葉を合図にして私たちはこの場を辞す。さて、久々の人類未踏領域だ。どのようにして見てまわろうか。

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