第百九十二話 ヘルシャーからの呼び出し

 精霊の集会所に全最上位クラスが集結し手から数日後、私たちはヘルシャーの招きでドラゴンの国まで来ていた。もちろん、今日はアニも一緒だ。でも、イザベルはお留守番。彼女の実力だと、仮にドラゴンと何か―戦闘になった時に困る。無いとは思うけど、アルトが言うにはいろいろと問題がある種族らしいし…


 ドラゴンの国の場所は、空の上にあるとかいろいろな伝説があるらしいけど、実際のところは、私たちがいる場所とは隔絶されている場所にあった。別の世界というわけでは無くて、精霊の集会所のような空間だ。このことはアルトですら知らなかったらしい。



 この国は隔絶された空間だとは言っても、精霊の集会所とは違って、普通に空もあるし、建物だってたくさんある。その空には大小さまざまなドラゴンが飛び交っていて、建物にはヘルシャーのように人型のドラゴンも出入りしている。なんでも、ありのままの姿でいる方が解放感はあるけれど、人型でいる方が日々の生活を送るのには適しているみたいだ。たしかに、ありのままのサイズだと、大きすぎてそれに合わせたサイズの建物を建てるのも一苦労だし、知的生命体としての生活を考えると不便なことも多いだろう。繊細さが求められるようなことはほぼ実行不可能だ。まあ、ドラゴンが繊細な作業などするとは思えないけどね。なんか、大雑把で荒っぽい種族のようだし。現に、そこらへんに建っている建築物も若干傾いていたり、同じ建物でも壁面ごとに木材で作られたり、煉瓦でつくられていたりと随分粗雑な作りをしている。使えないことは無いだろうけど、美しくはない。まあ、使えればいいってことなんだろうけどね。


 それで、別空間であるここへどうやって来たかと言えば、普通にヘルシャーの部下のドラゴンが迎えに来た。どうやって、私たちの拠点の場所を特定したのかは分からないけど、いきなりのことでものすごく驚いた。またまた警備のアグニがすっ飛んできたけど、何とか戦闘にならずに済んでよかったよ。…うちにテレポートで来るのはやめていただきたい。


 「よく来たな主ら。む。其方は新顔だな…」


ドラゴンの国の中で、唯一だろうと思われる緻密な作りをしている大理石の建物まで、私たちの拠点まで迎えに来たドラゴンに案内され、広間のような部屋へ案内されると、ヘルシャーが声を掛けてきた。ここは玉座の間とかなのかな。少し高くなっている場所に彼女が着席しているし、多分そうだと思う。


「お初にお目にかかります。ドラゴン王。わたくし、聖女であるハイデマリー・キースリング様が眷属、アニと申します。以後お見知りおきを」


深々と礼をしながらアニがそう挨拶をする。人間の畏まった挨拶がこっちの国でどんな風に取られるのかは分からないけど、まあ、失礼に当たるってことは無いだろう。


「うむ。覚えておこう。さて、今日主らを呼んだのはほかでもない。向こうの陣営―勇陣営に所属する者が幾人か分かったからだ」

「ん?なんで私たちだけなの?」


そんな重要な情報陣営全体で共有するべきもののはずだ。私たちの居場所だけじゃなく、相手陣営のメンバーまで特定したんなら、自陣営のみんなに声を掛けることなんて簡単なはずだ。それなのに私たちしか呼ばないなんて、何か理由が―


「単純に、捕まらなかったのだ。最後まであの場にいなかった者共が捕まらないならまだしも…悪魔公は何か調べることがあるとかで、ヴァンパイアに至っては、昼間だから嫌なんだと。あ奴、日光は克服しているとか言っていなかったか…?」

「克服はしていても、苦手なのには変わりないんじゃないかしら」


アルトがそんなことを言う。確かに、女王という最上位クラスを得るまでは日光は弱点だったはずだし、克服したとしても、苦手意識があって当たり前だ。


「まあ、一応使いの者に情報だけは伝えるように言っておいたが…まあいい。とにかく今は主らにも情報を―これが判明した相手陣営の者だ」


ヘルシャーのその声で、三枚の紙が一枚ずつひとりでに私たちの元へ飛んでくる。これは魔道具なのか、魔法で紙を運んだのかどっちだろう。まあ、どっちでもいいか。魔道具だとしても、あんまり使い道なさそうだし。


「えっと…」


手元に収まった質のいい紙を見てみると、そこに書かれていた内容に、いや、書かれていた一人の人物の名を見て言葉を失った。


「勇者―ヘレーネ・ブルグミュラー。ブランデンブルク国王室に取り込まれている模様。洗脳されている恐れ有り」


精巧な似顔絵と共に載せられているいくつかの名前の内、その名前だけに意識の全てを奪われる。どうして彼女が…それに洗脳って…いや、あの王家ならやりうる。王子に王位が継承されてある程度マシになったと思っていたけど、思い返せば、部下の制御が全くできていなかった。その結果、私とさらに関係を悪化させたわけだし…おそらく、なぜか勇者になったヘレーネを取り込んだのは、私への対抗手段という側面もあるだろう。ヘレーネとは、そんなに頻繁に会っていたわけじゃないけど、割と関係は良好だった。それがいきなり敵対するとは考えにくい。洗脳されているというのも十分に考えられる。まあ、この予測がすべて外れていて、ヘレーネは勇者として王家に保護されているだけというのも考えられないことは無いけど、その可能性はごく低い。普通の貴族でも大きな力は利用しようとするのだ。王家が何もしないはずがない。知り合いがそんな状態ならできれば助けたいけど、ネックなのは敵陣営ってこと―


「ねえ。この勇者、引き抜くことは出来ないかな?」


思考の海から意識を引き上げた私の口から出た言葉は、自分でも想定外のものだった。

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