第百九十一話 女王の権能

 「向こうに所属している最上位クラスで知っている人とかいる?」


私が発したその言葉に色よい返事は帰ってこない。まあ、それが普通の反応だ。私だって、最上位クラスの中では一番身近である、勇者の正体すら知らないんだから。


「まずはそこを調べるところからかの。相手が分からないことには、引き抜きをかけることもできん」

「それは我に任せてもらおう。ドラゴンの国には面白いスキルを持った奴がいる。そいつにかかれば…そうだな。二日ほどですべての最上位クラスを割り出せるはずだ」

「なら、二日後にまた集まりましょう。場所はここで―おっと、この場所は精霊の力を借りなければ来ることが出来ないのでしたね。アルトさんに全員を迎えに行かせるわけにもいきませんし、ほかの精霊とすぐに接触できるかもわからない…ここに来るのは難しそうですね」

「別にあたしは構わないけど…」


悪魔公の言葉にそう返すアルト。アルトは全員を迎えに行くことも視野に入れているみたい。


「妾もこの場所は好かぬ。魔法が使えぬなど不便で仕方ないわ」

「それは私も賛成」


魔法が使えないのはいろいろ困ることも多い。戦闘能力もゼロになるわけだし。


「ならばドラゴンの国へ招待しよう。いろいろな伝説はあるが、正しい場所はドラゴン以外誰にも知られていない。となると、勇陣営の者共に攻められる恐れもない。二日後、各々に使いを送ろう。ここにいない者たちにも、念のため事の顛末を伝えておく」


国一つを治める者の言うことは違うね。使える人材も豊富にあるみたいだ。でも、アルトは割と露骨に嫌な顔をしている。そういえば、ドラゴンが嫌いみたいなことを前に言っていた気がする。でも今回は仕方ない。他に完全に秘匿されている場所が無いからね。私たちの拠点に集まるのもあまり気が進まない。一応人里の中にあるわけだし、その中に勇陣営の者が紛れ込んでいるかもしれないからね。


「妾の国に集まってもいいが、周りはヴァンパイアだらけじゃからの。血を吸われるかもしれん。まあ、自らの衝動を抑え込めぬものなどおらぬとは思うが…」



そうか彼女も女王だった。ヴァンパイアの国か。行ってみたい気もするけど、血を吸われる危険があると…行くなら割と覚悟がいるかもしれない。


「では、後のことはドラゴン王陛下にお任せするということで。また二日後お会いしましょう」


そういうと、ドラゴン王と、悪魔公はおそらく、私のテレポートと似た方法を使って去っていった。


「じゃあ、私たちも…」

「いや、少し待て。聖女、少しでいい。其方の血を妾に分けてくれ」

「え?」


あまりに突然な内容に素っ頓狂な声が漏れてしまう。まあ、ヴァンパイアなんだから血を欲しがるのは当然か。


「いきなりどうして?」


アルトも疑わし気な表情だ。さっきから警戒しっぱなしだね。


「妾の女王としての権能は、摂取した血液の持ち主の状態が分かるというものじゃ。体調だとか、心理状態だとかの。まあ、あまり使えぬ力ではあるが、今回は役に立ちそうじゃから使っておこうと思った。この陣営―聖陣営の要ともいえる聖女の状態を知っておけるのは大きい。其方も気が付いておるじゃろ?この陣営の中で一番の力がある者は誰なのか…」


それが魔力的な意味だとしたら、間違いなく私のことだ。まあ、私は精霊魔法で取り込んだ魔力を溜め込んでいるわけだから多くて当たり前なんだけど。たぶん、彼女なりに、私が勇陣営に引き抜かれないようにするための対策だろう。心理状態も知ることが出来るなら、私が引き抜きに応じそうになればすぐに分かるだろうし。


「わかった。どれくらい必要なの?」

「ちょっと、いいの?あなたの情報が筒抜けになるってことなのよ?もしかして、まだ魅了に…」

「それはもう解けてる。…と思う。確かに私の状態は知られることになるけど、危険になったら助けに来てくれるってことでしょ?」

「そのための権能じゃからの。それに、妾が知ることの出来るのは、肉体の情報と心理状態だけじゃ。細かい秘密なんかを知ることは出来ぬ。まあ、魅了を使って聞き出すのなら別じゃが、そんなことはせぬ。嫌われたくはないからの」


そこにあったのは美しいほどに真摯な瞳。先程まで浮かべていた蠱惑的な色はどこかへとなりを潜めてしまった。まるで別人のような雰囲気を醸し出す彼女にこちらも真摯に応えたい。


「少しでも怪しい素振りを見せたら…」


尚もアルトは疑いの色を隠さない。彼女は彼女で様々なことを考えている故のことだとは思うけど、少し警戒しすぎじゃないかな?


「安心せい。血を飲むと言ってもほんの一滴やそこらで十分じゃ。指の先に少しばかり傷をつけるだけでこと足りる。噛み付いたりはせぬ」


なんだ。首元とかに噛みつかれるのかと思ったけど、そんなことはないらしい。少しばかり気合を入れないとと思ってたけどその必要はなさそうだ。


「じゃあ、はい」


親指を軽く噛み、切り傷をつけ差し出す。すると、傷口を舐め取られた。不思議なことに彼女の舌が離れると、傷口が消失していた。まさか、傷口ごと舐めとるなんてことができるのかな?


「これで、其方の状態は妾に伝わるようになった。うむ。問題なく作用しておる。しかし、其方の血はなんというか、絶品じゃな」


今度は捕食者を連想させる、ギラつく瞳を向けてくる。ちょっと怖い。


「もうあげないよ?」

「分かっておる。妾もまだ死にたくはないからの。隣の精霊がブチ切れておるわ」


そう言われ、アルトの方を向くと、憤怒の表情を浮かべていた。私なら浄化の治癒の力を使いながらなら血を吸われても死ぬことは無いのにね。


「じゃあ、妾もこれで失礼する。何かあれば会いに行こう。其方の心理状態を見ればタイミングはこちらが分かる」


そう言うと、彼女―ヴァンパイアの女王も去っていった。結局名前を聞き忘れてしまったね。

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