第百八十八話 聖勇戦争

 あれからどのくらい経ったんだろう。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。相変わらず、辺りは真っ暗のままで私とアルト以外に誰の姿も無い。本当にこの場に最上位クラスが集まってきているんだろうか…


「あなた、よくこんな場所で眠れるわね」

「最近ちょっと寝る時間が遅かったから…」


魔道具作りをしていると、どうしてもキリがいいところまで進めなくちゃいけないわけで、どうしてもその日の作業を終わらせるのが遅い時間になってしまうことが多いのだ。


「どれくらい眠ってた?」

「ほんの一時間とかそこらよ。まあ、外の世界でどのくらい経ったのかは分からないけど」

「まだそれだけしか経ってないんだ。いったいどれだけ待たされるんだろう…」


そんなに待つなら一度帰りたい。こんな何もない空間でひたすら過ごすなんて拷問以外の何ものでもない。仮にアルトがいない状態で長時間過ごすことになっていたら気が狂っていたかもしれない。確か、人間の精神は何もない空間で耐えるのには限界があると何かで読んだ気がする。話し相手がいてくれて本当によかった。



 『下位三名を除く全ての最上位クラスが終結しました。なお、剥奪されたクラスは鬼神、亜人王、大天使となります。続いて上位三名における特権を付与します。一位勇者の特権は本戦争において死亡した場合、一度だけ自動的に蘇生することが可能となります。二位聖女の特権は現在存在する全てのスキルから、任意のスキルを一つ無条件で獲得することが可能となります。ただし、スキル保有人数上限を超えているスキルは獲得することが出来ません。三位ドラゴン王の特権は任意の人物を本戦争に味方として引き入れることが可能となります。以上で特権の付与を終了します。続いて、本戦争―聖勇戦争の説明に移ります』


その声が響いたのはまたもや突然で、矢継ぎ早にそう告げる。やはりと言うべきか、私たちは聖勇戦争のために集められたらしい。さっきの特権もそこで活かせということだろう。それに、どうやら聖勇戦争について親切にもこれから説明してくれるみたいだ。事前情報がほとんど得られていなかったから不幸中の幸いだ。もちろん、こんな訳の分からないことに巻き込まれたのは最悪なことこの上ないけど。


『聖勇戦争は全ての最上位クラスが埋まった場合に発生するものです。参加者は無作為に聖陣営と勇陣営に分けられ、争うことになります。なお、原初の最上位クラスである勇者と聖女はそれぞれの名を冠する陣営に割り当てられます』


要するに私は聖陣営、勇者は勇陣営ってことか。二つの陣営に分かれて争うというのは分かったけど、なぜこの戦争が起こるのか、勝利条件が何なのかとかは全く分からない。


『所属陣営の人数が開始時点の半数未満となった場合、その陣営の敗北となります。自らが所属する陣営が敗北した場合、所属している者のクラス、スキル、魔力がすべて剥奪され、世界を維持するためのエネルギーとして使用されます』


続いて発せられたその声で察しがついた。聖勇戦争はその、世界を維持するためのエネルギーを得るために行われる戦争だということだ。世界の頂である最上位クラスの半数が保有する力は莫大なものになると簡単に想像できる。だからこそ、長い間行われていなくても、世界が維持できなくなり、崩壊することはないのだろう。


『なお、本戦争では相手陣営からの引き抜きが可能となっており、当人の合意と加入側陣営の半数の賛成で受理されます。なお、引き抜きが行われたことによって陣営の人数が開始時点の半数以下となってしまう場合、引き抜きは不可となります』


引き抜きは可能だけど、それで戦争を終わらせることは出来ないということか。まあ、それが出来たら、どちらか片方の陣営に人を割り振り、敗者陣営に誰も所属していない状態で終えることが可能になってしまう。それだと、エネルギーが得られないから、それを防ぐための措置だろう。


『それでは自らの陣営に所属する者の認識阻害を解除します』


その瞬間私たちのほかに、五人の生物が突然現れる。基本的に人の姿を取っているようだけど、明らかに人間ではない気配がする。どうやら、神の声による説明はそれですべてだったらしく、それから聞こえることは無くなった。今の説明では、大まかなことしか分からなかったから、情報不足感は否めない。


「よもやよもやだな。最上位クラスがこれほどまでに集まることがあるとは…我々には見えないだけで、相手陣営とやらの最上位もこの場にいるのであろう?形容しがたい気分になるな」


そう言ったのは赤の鱗に囲まれたしっぽを生やしたお姉さん。真っ赤な瞳と白に近い金色の髪がどことなく高貴さを漂わせている。


「まずは自己紹介といこう。我々はこれから共に戦う仲間同士なのだからな。我はヘルシャー。見ての通り、ドラゴンの王だ」


そう一方的にまくしたてた人物はドラゴンの王だったらしい。となると、聖陣営には特権持ちが二人いることになる。これはアドバンテージになるのではないだろうか。


 ドラゴンの王を皮切りに、各々自己紹介が進められていく。基本的にはみんな戸惑っているみたい。まあ、いきなりよく分からないことに巻き込まれているわけだし、無理もない。平静を保っているように見えるのはそれこそヘルシャーくらいだ。自己紹介の結果、こちらの陣営に所属しているのは、聖女である私と契約精霊アルト、ドラゴンの王、デーモンのトップであるらしい悪魔公、エルフの長老―と言っても別に年老いている風には見えない―ヴァンパイアの女王と、神を名乗る不遜な男だ。


「ハッ。俺がこの陣営に所属する限り、敗北はない。愚民ども我を崇めるがいい」


そう言ったのは先ほどの自称神。クラスさえ教えてくれないその男は傲慢な態度を取り続けている。これは、厄介者を抱え込んだ感が否めない。悪魔公は無口で何も言わないし、ヴァンパイアの女王はしきりに周囲を観察していて上の空、エルフの長老に至っては居眠りをしている。まともなのが私とヘルシャーしかいない。大丈夫なんだろうかこのチーム…

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