間章九話 VSドラゴン②

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。ものすごく長い時間が経ったように感じていたけど、きっとそんなことは無い。まだ日も傾いていないのだから。だが、そんな短い時間が永遠に感じられてしまうほど、ヘレーネとドラゴンの戦闘は苛烈な勢いで続けられていた。劈く咆哮の中、縦横無尽に駆け回りながら剣で切りつけ、魔法を放つヘレーネ。それに対してドラゴンは、火を吹き、恐ろしく頑丈なしっぽを持って打撃を加え、爪で薙ぎ払う。互いにダメージを受けているのを見て取れるが、今はヘレーネの方が優勢に見える。僕が授けた知識を使った、風魔法の手数の多さゆえだ。剣の一振りと共に風の斬撃を放ち威力を増したり、瞳に向かって風を放ち、瞼を閉じさせて目をくらませるなど僕には思いつかなかった使い方まで見て取れる。でも、少し不思議だな…今までのヘレーネの魔力量からすると魔法の発動はそろそろ厳しいはず。だけど、魔力切れの兆候は見られない。精霊魔法は常人と比べれば魔法適性が高い彼女でも、聖女ほどの適性があるわけでは無いから、そう簡単に使えるはずもない。そもそも使い方教えてないし。まあ、魔力切れで危険な状態にならないならそこまで気にしなくてもいいだろう。原因究明は片付いた後でいい。


「このままいけば、普通に倒せそうかな」


これだけ動き回っても、行き一つ乱している様子の無いヘレーネ。だからと言って、余裕過ぎるというようにも見えない。うん。初陣にはちょうどいい難易度だったかな。


「もうすぐ決着か」


少し前から、ヘレーネの攻撃が首元へと集中している。固い鱗を貫通するために、ダメージの蓄積を目指しているのだろう。相手が知能を失っているからこそできる技だね。普通なら狙いが簡単に察知され、防がれてしまうだろう。


「お」


太陽の光を乱反射した黄金の剣に炎を纏わせ、渾身の一閃が放たれる。それはドラゴンの硬い鱗を貫き、胴と頭を切り離したその瞬間、周囲に急激な静寂が訪れる。これがこの森の本来の静けさだ。恐ろしいほどの長時間だったというわけでもないのに、酷く懐かしく感じる。


「ふう。疲れた」

「お疲れ様。手ごたえはどうだった?」

「うーん。口で言うのが難しいわね…ものすごく大変だったわけでも、楽勝だったわけでもない…でも、自分が思っている以上の動きは出来たかな。なんていうか、こうしたいって思った通りの動きが出来たというか、体が勝手についてきたというか…」

「さすが勇者の能力に肉体が順応した証拠だよ」


戦闘を行った結果、急激に成長したともいえる。命のやり取りをしていたんだから、少しも成長しないということは無いだろう。今回は初陣だったことで、それが顕著に出ただけだ。下地はあったわけだしね。


「まあ、とにかく今は素材を回収しよう。ドラゴンなんて滅多に出回るものじゃないから、売れば相当な値段が付くと思う。血液の一滴だって無駄には出来ないよ」

「でも、これだけ大きいと…」

「まあ、解体するしかないね。僕が指示を出すから、君の剣で解体しよう。切れ味がいいし」

「伝説の剣を包丁みたいに…」

「いや、普通の刃物じゃ解体なんて無理なんだから仕方ないよ。さて、まずは鱗を剥がそう」

「これを全部…?恐ろしく時間が掛かりそうだけど…」

「表面の皮ごと切り落とせばいいんだよ」

「ああ、なるほど」


 そんな感じで解体を進めていき、鱗、血液、肉、骨と余すところなく回収したころには日も落ちるかというくらいの時間だった。あ、もちろん切り落とした頭も回収したよ。角とかも高く売れるし。もちろん持ち運ぶのは僕の担当だ。普段、物を保管しておくのに使っているスキルは、容量に制限があるけど、オリハルコンの剣とその台座、それに不要なものを放出した結果、幾らか余裕がある。と言っても、素材を入れたらギリギリだと思うけど。


「この時間だと売りに出すのは明日かな。この間みたいに、君の父上に何か言われてもあれだし、この近くの町のギルドで売りに出そう。ブルグミュラーとこれだけ距離があれば知られることも無いだろうし。というか、そもそもなんで知られたんだろう」

「ああ。それなら…お父様はある冒険者について情報を知るためによくギルドに出入りしているからよ。大ファンだから」

「冒険者のファン?」


へえ。ファンが付くなんて話、小説家や芸術家くらいのものだと思っていた。


「そう。高ランク冒険者になるとそこそこいるみたいだよ」

「そうなんだ。冒険者なんて、昔は他に仕事が出来ないような人がなるものだったのに」

「今もそうだよ。あえてなろうなんて人は相当腕に自信がある人かな」


時代は移り変わっても、冒険者という職業への意識は昔と大して変わってないらしい。


「まあとにかく、ブルグミュラーでさえなければ、冒険者ギルドも普通に使えるわけだね。これで実績も出来るわけだし、君の思い人へアプローチを始めようか」


彼女が僕と契約し、勇者となった理由は、自分よりも身分が上の伯爵へ求婚するための実績作りが大きな要因だ。


「今日は、そろそろギルドが閉まるから素材を売ることは出来ないし、ドラゴンを倒した英雄として直近の町で名乗りを上げよう。オリハルコンの剣もあるし、新たな勇者の誕生を知らしめることが出来るしね」


彼女に向かいそう言うと、誇らしげに柔らかい表情を浮かべていた。

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