間章十話 とある町民の手記
その町は異様な静けさに包まれていた。ここ最近、近くの森にドラゴンが住み着いたことにより、人々は離れていき、旅人や、冒険者ですら寄り付かなくなった。町に残っていたのは、居を移すことの出来ない貧民と、町を維持するために離れることが出来ない職に就いている者たちだけだった。具体的な被害は出ていなかったが、近くに強大な生物が住み着いているという事実は、恐怖を植え付けるのだ。だが、その静寂と恐怖を打ち払う者が現れる。それは突然のことだった。
ドラゴンが森に住み着いてから、毎日のように聞こえていた不気味な咆哮がその日はなぜか聞こえなかったという。町に残った数少ない人々は不思議に思いながらも、日常通りの生活をしていた。人々が仕事を終え、帰路に就く夕刻頃。その者は町の門に現れた。長らく人が訪れることのなかったこの町に、入町希望者が現れただけでちょっとした騒ぎになりそうなものだったが、「ちょっとした」で済むことは無かった。その者は、件のドラゴンの首を携えて現れたのだから。
最初は誰もその者がドラゴンを討伐したなど誰も信じなかった。年端もいかぬ少女がたった一人で討伐したなど誰が信じるだろうか。誰もがドラゴンの首は偽物だと疑っていた。だが、そうでは無かった。騒ぎを聞きつけ現れた教会の司祭が鑑定を行ったところ、その首は本物であったのだ。
ドラゴンの首が本物だというのは誰もが理解したが、今度はどうやって倒したのかというのが誰もが抱える疑問となった。そうなれば取られる方法は一つ。今度は少女自身に司祭が鑑定を使ったのだ。その結果、さらなる事実が判明した。なんと、少女は勇者であったのだ。
翌日。冒険者ギルドを通して新たな勇者の誕生は大々的に公表された。なんでも冒険者ギルドには離れた場所とも連絡を取ることが出来る手段がり、勇者がドラゴンの素材を売りに訪れたときに話をつけたらしい。新たな勇者が誕生したことは国民誰もが知ることとなったが、その正体は秘匿された。我々、正体を知るこの町の住人にも王家の名の下に戒厳令が敷かれることとなった。どうやら勇者は高貴な身分のお方だったようで、正体まで知れ渡ることは都合が悪いということだった。正体を知った我々を処分されないのもその勇者の口利きによるものであった。
その後、我々平民の元へ勇者の情報が下りてくることは無かった。ただ、勇者が名乗りを上げた地だと有名になり、この町は長らく失っていた賑わいを取り戻すこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます