間章六話 試し斬り

 数日後。ヘレーネの故郷、ブルグミュラーに戻った。移動は不信感を持たせないためにということで、僕の瞬間移動ではなく、馬車での移動だった。あんなにゆっくりで乗り心地の悪い乗り物が人類最速の乗り物だとは笑わせてくれる。


 ヘレーネが父親であるブルグミュラー男爵に報告している間、僕はこの周辺に生息している魔物の種類や生態を軽く調べてみることにした。今のヘレーネが戦って危険が無いかも知っておかなければいけない。結果としては、特に危険はなさそうだった。近くの洞窟に少し大きめの魔力反応があるけど、剣技を軽くだけど修めたヘレーネにとっては敵にもならないだろう。まあ、いざとなれば僕が瞬間移動で連れて逃げればいい。


 魔物の生態を調べてもまだまだ時間に余裕があったから、今度はドラゴンについても調べてみることにした。情報源として、ものすごく便利な物を持っているわけだし、調べないわけにもいかない。それによれば、今回人里近くに現れたドラゴンは、ドラゴン内の序列では末端も末端ほぼ最弱の個体みたいだ。まあ、それでも並みの生物が敵わないくらいの強さはあるみたい。勇者にかかれば楽勝だと思うけどね。僕も協力するわけだし。これくらいなら、ヘレーネの初陣にはもってこいじゃないかな。弱すぎず、強すぎない。首でも斬り落として持ち帰れば、名声も得られると来ている。これは早々に行くべきかもしれない。





 翌日からは、ヘレーネの戦闘訓練だ。ブルグミュラー家の使用人たちには魔法の練習のため森に行くと言ってあるみたいだ。それでも、使用人が付いてこなかったのはどういうことだろう。普通、貴族の令嬢が出かけるなんて言ったら、護衛なりなんなりで大所帯になるものなのに。僕が人間との関わりを断っている間に、貴族の常識が変わったのかな。まあ、今回は好都合だけど。


 「で、剣の柄居心地はどう?」


今も魔物を屠り続けているヘレーネにそう声を掛ける。


「うん。ちゃんと使いこなせていると思う。剣技を習ったからかしら…」

「剣技を覚え始めてまだ全然時間が経っていないとは思えないね」


恐らく勇者の補正だろう。聖女に魔法補正がかかるように、勇者には剣技の補正がかかる。確か、体術とかそっちの方面もだっけ?ちょっと曖昧だから、後で調べておこう。


「才能あるぞって先生にも褒められた。私、魔法に関しても似たようなこと言われてたから、多分、受講生みんなに言っているんだと思うけど」


そんな自己評価の低いことを言うヘレーネ。そこでわざわざ、そんなこと無いなんて声は掛けない。それはきっと、彼女の成長を阻害する言葉だから。才能に驕って、落ちぶれていく人間なんて腐るほど見てきた。


「まあ、他人の評価に何か拘らず、これからも鍛錬を続けていけばいいんだよ」

「そうだよね」

「さて、ある程度魔物も狩れたわけだし、素材を売りに行こうか」

「え、だったら、今まで倒したやつ、回収しておいたのに…」

「そこは抜かりないよ。僕が回収してあるから。まあ、自由にできるお金も必要でしょ?ある程度僕も持って入るけど、あって困ることは無いし」

「自分でお金を稼ぐなんて…」


魔物を屠っていた時よりも、明らかに表情を変えるヘレーネ。え?そこに忌避感があるの?自分で稼ぐことがそんなに嫌悪を示すとは思わなかった。…いや、もしかすると、貴族だからこそのものかもしれない。領民から納められる税金で生活している貴族は、自ら稼ぐということをするのは少ないと聞く。それは、爵位の低い貴族の方が顕著だって話も聞いたことがある。なんでも、流行を発信したり、事業を起こすことが少ないからだとか…身分社会は上へ倣えとなることが多いのに珍しいことだ。逆に言えば、それほど忌避感を抱いているともいえる。


「仕方ないでしょ?普段は領民からの税だけで何とかなっているかもしれないけど、そのお金は君の父親、ブルグミュラー男爵が管理していて自由に使えない。それなら、自分で稼ぐしかないでしょ?そもそも、普通はお金なんて働いて稼ぐものなんだから。上位の貴族になれば、事業をしてお金を稼いでいる貴族も多くいるよ」

「そうなの?」

「知らなかったの?」


もしかすると、意図的に教えられていないのかもしれない。となるとこれは、家での教育のせいかな。そもそも、なんで忌避感を持っているのかも分からない。事業を起こせば、その利益分だけ、家が成長していくのに。お金を稼ぐのは卑しいこととでも思っているのだろうか。


「爵位の高い貴族家―大貴族ともなれば領地も広いし、それだけ税収が多いでしょ?それこそ、税収だけで生活しているのかと思ってた」

「大貴族、大領地ともなれば、それだけ出ていくお金も多いでしょ?税収だけで生活するのは厳しいと思うよ」


家格に見合った生活を送るだけではなく、他大貴族との社交や衣装代なんかにかかる費用もばかにならないだろう。それだけのことを税収だけで賄うのは無理なんじゃないかと思う。


「そうなんだ…まあ、お金を稼がないといけない理由は分かった。それで、素材を売るってどうすればいいの?」

「冒険者ギルドに持っていこう。あれはどの町にもあるし、魔物の素材なら喜んで買ってくれると思うよ」


ヘレーネの今の動きやすさ重視の服装なら、このまま向かっても問題ない。さすがに貴族の服だと荒くれ者が多い冒険者が集まる場所に連れて行くのは憚られる。


「もう日も暮れるし、早速行こうか。剣の試し斬りはもう十分だよね?」

「そうね。嫌なことはさっさと済ませるに限るわ」


僕の説明を受けても、簡単に染みついた忌避感が消えることは無いようで、ヘレーネがそう小声で呟いた。


 冒険者ギルドで素材の売買を済ませ、小金を稼ぎ屋敷に戻ると、ものすごい表情を浮かべた男が待っていた。僕はヘレーネの屋敷に入るのが初めてだったから、誰なのかわからず、聞いてみると、この男がヘレーネの父親―ブルグミュラー男爵だという。その男爵がしている顔は怒りとも、悲哀だとも言えない。とにかく、様々な感情が入り乱れたかのような壮絶な表情だった。


「ヘレーネ。其方、冒険者になりたいのか?」


溜息と同時に放たれたその声に感情を見出すことは、僕にはできなかった。

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