間章五話 今後の計画

 あれから数週間ほど、ヘレーネは学院内で行われている講義に集中していた。僕と同じ考えで、早く自由になる時間が欲しいってことらしい。その間は宣言通り、剣術についても追加で学んでいるみたいだった。何度様子も見に行ったけど、素人目にはよくできているように思えた。僕が剣術について知っているのは知識だけで、実技とでもいうのかそっちの方は全然ダメだからね。


 ヘレーネが講義に力を入れている間、僕は何をしていたかと言えば呪文を使う魔法の研究だ。僕の姿を認識できる人間がここにはヘレーネしかいないことを利用して、魔法の講義に入り浸りながら情報を集め、いろいろと調べてみることにしたのだ。要は、言葉に魔力を込めて、言葉によって魔力を変質させることで魔法として発動させているらしい。よく考えてみると、これは魔法とは呼べないかもしれない。イメージを具現化する魔法とは全くの別物だ。魔力を応用した新技術ってことになる。まあ、威力の大小や多少の差があったとしても、起こったことの結果だけ見れば魔法と大して差はないんだけどね。魔法と完全に異なっている点はというと、呪文を使用する方法だとイメージした事象が起こるのではなく、同じ呪文を使えば誰が使用しても同じ結果になるってことだ。込めた魔力の量で威力自体は変わるだろうけど。新技術について分かったのはそのくらいだ。詳しく知る前は割と利点があるように思えたけど、これだと明らかに魔法の方が優れている。唯一、勝っている点は覚えるのが簡単だってことだけだ。発動にも時間が掛かるし、やっぱりそれくらいしか利点はないと思う。


 「それで、明日の講義で合格を貰えれば今期の講義は全部終わりだけど、それからはどうするの?」


自由な時間を得るためとはヘレーネ自身が言っていたけど、特にその後の予定を聞くことは無かった。僕的にはとりあえず、彼女と面白おかしくいろんなところに行けたらいいな。なんて思っているけど。


「まずは一度、領地に戻らないと。お父様に学院で起こったことを報告したら、後は自由かな。私は執務なんかは任されていないし」

「じゃあ、君の恋路のためにも何か実績を作ろうか」


ヘレーネの思い人というのは最近爵位を継いだばかりの若い伯爵みたいだ。男爵令嬢である彼女には身分的に嫁ぐことは難しそうだということで、なにか特筆すべき実績を作るという作戦をたてた。現時点では向こうに齎すことが出来る明確な利がないからということらしい。貴族の婚姻は恋愛重視ではなく、利を重視する。要するに家と家が結びつくための手段のようなものだ。恋愛結婚も無くはないみたいだけど、ごくわずかしか例はないとヘレーネが言っていた。


「実績と言っても何をしたらいいのやら…あの家には、あの方がいらっしゃるから多少の実績では目がくらんでしまうだろうし…」

「あの方?」

「まあ、ソプラノに隠しておいても仕方ないか。一応、他の貴族には口外しないでね。私の思い人のご令妹はものすごい人でね。まだ幼いのに、国王陛下から勲章まで賜っているの」

「それはまた…」

「そう。だから、とんでもなく強烈な実績がいるの。いくら勇者になったとはいえ、特に実績もないままだと、やっぱりアプローチするには力不足かな」

「実績ねえ…だったら、ドラゴンでも倒しに行ってみる?」

「は?」

「確か、一頭人里からほど近いところに巣を作っている個体がいたはずだよ。あの個体はだいぶ年齢を重ねてて、ほとんど知能も残っていないみたいだったから、いずれは人に害をなすよ。なんなら、直接的な被害はなくても間接的にはすでに何か起こっているかもしれない。周辺の生態系が崩れてたりとか」

「生態系?それが崩れるとどうなるの?」

「生態系が崩れれば、食料になる動物なんかも獲れなくなるから、餓死者が増えるとかそういうことは起こると思うよ。農村とかだったらまだしも、狩猟で生計を立てているような集落ならひとたまりもないね」

「一大事じゃない…でも、ドラゴンを倒すなんてそう簡単にいかないでしょ?とんでもない危険が伴うだろうし、私がやらなくても…」

「勇者がドラゴンを討伐するのは割とセオリーだよ。まあ、勇者くらいにしか倒すことが出来ないからだけど。ドラゴンを討伐するには、首を切り落とすしかないんだけど、並みの刃物じゃ鱗でかこまれたドラゴンの皮膚に傷をつけることすらできない。それこそ、オリハルコンの剣くらいだと思う。魔法で倒せないこともないけど、少なくとも君には無理だね。風魔法だけじゃどうしようもない。呪文を唱えても、成立する前に殺されて終わりさ」

「ソプラノなら?」

「個体によりけりかな。末端から中位個体くらいまでならどうとでもなるけど、上位個体や王クラスになってくると勝つのは無理。仮にオリハルコンの剣を僕が使えたとしてもきついかな。あの剣の真の力を引き出せるのは勇者だけだしね」

「真の力?」

「実戦で使って見れば分かるはずだよ。僕も古い文献でしか見たこと無いけど、なんでも実際に戦闘行為を行うと、普段とは全く違ったことになるらしい。こんな書き方だったけど、悪いことが起こる風には書かれていなかったよ」

「だったら、ドラゴン討伐するしないは置いといて、普通の魔物とかでどんなことが起こるか試してみようか」

「まあ、いきなり本番は危険かもしれないしいいんじゃない?あまりに弱い魔物だとかえって意味が無いだろうから、そこそこの魔物を見つけないとね」


とりあえず、目先の計画は決まった。僕もオリハルコンの剣の力には興味があるし、今から少しワクワクしてきた。

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