間章四話 剣と魔法
「これ、本当にさっき―この間と同じ剣?」
「そうだよ。何か気になることでも?」
「この前見た時と、なんて言うか雰囲気が全然違うよ。輝き方というか、気配というか…」
「もしかしたら、勇者になったことで何か変化があったのかもしれない。僕には何か変わったようには見えないし。とりあえず、台座から抜いてみれば?勇者になって正式な持ち主になったから問題無いはずだよ」
さすがに台座ごと持ち運ぶのは大変だったから、さっさと持ち主に渡してしまいたい。物を保管しておくスキルを使っても、持って置ける量は無限じゃないからね。
「やってみる」
そのままヘレーネは剣へと近づき、軽々と台座から抜き去った。その瞬間、辺りが静まり返る。木々のざわめき、鳥の囀り、虫の鳴き声。すべての音がこの場から消え去った。その様子は、まるで世界が勇者の誕生を見逃さんとしているかのようだった。
「うわ」
静まり返った世界の中で唯一、彼女の元に集まったのは風。それは魔法で発生させたのでも、操った風でもない。純粋に生まれた風が彼女の周囲を穏やかに駆け回る。風の精霊である僕から見ても不思議な光景だ。
「この剣、すごく軽い…」
ヘレーネのその声で現実に引き戻されると、つい数瞬前までの光景はどこかへと鳴りを潜めてしまっていた。
「持ち主に最適化されたんだよ。オリハルコンの剣じゃなくても、そういう機能が付いた剣は宝剣って呼べるようなものの中なら珍しくない」
「そうなんだ」
そう言いながら剣を軽く振るヘレーネ。すると、開けた土地故、離れた場所に会った木々の内何本かが切り倒される。直接剣で触れたわけでもないのに、意味が分からない。
「どこが最適化されてるって?全然制御できてないじゃない」
「いや、僕に言われても…」
「私、剣術を学んだことなんて無いから、扱いきれてないってことなのかな…」
「その可能性が無いわけでもないけど…しばらく使ってみないと分からないね。とりあえず、普通の剣でも買って、練習してみる?」
「あえて剣を使う必要もなくない?風魔法も使えるようになったし」
そう言って、今度は風の刃で倒れた木を細かく切り刻んでいる。風魔法の継承はばっちりみたいだ。初めてやったけど、うまくいって良かった。
「そうかもしれないけど、使わないのも勿体なくない?君にしか使えない、世界最高の剣なんだから」
「そんなに言うなら、してみよっか。練習。たしか、剣技の講義があったはずだからそれでも受けてみるよ」
「いいんじゃない?何事も挑戦だよ」
「じゃあ、剣技の方はそれでいいとして、風魔法の練習をしてみる?」
「それこそ練習なんて必要ないよ。あれだけの知識を流し込まれたんだから。それこそソプラノ並みだと思う」
「そりゃそうか。まあ、とりあえず剣をしまっておこう。この鞘なら腰から掛けておけるから便利だよ」
使い手が見つかった時のために作らせておいた鞘をヘレーネに渡す。実はこれも特別製で、ほとんど重さを感じない素材で作ってある。
「準備がいいね」
そのまま金具を腰につけ、鞘に剣を収める。ヘレーネは割とドレス調の服を着ているから、剣の主張がすごい。ってあれ?鞘にヒビ割れが…
「この鞘だめじゃない。不良品?」
「いや、そんなはずは…だってこれ、高級素材を使った特注品だよ?」
「剣の方が強すぎてたえられなかったってこと?」
「そうとしか考えられない。これで収まりきらないとなると、どうしたものか…」
世界最高の剣には世界最高の鞘がいるってこと?もしかして、オリハルコンの鞘が存在するとか?いや、そんな話聞いたこと無いし…今までの勇者はどうしてたんだろう。ずっと抜き身で持ってたってわけじゃないよな…
「何とか方法を考えないとここから動けない。台座から抜いてしまって、持ち主が設定されてしまった以上、僕が持ち運ぶことは出来ないし、抜き身のまま持ち運んでいたら何かの拍子で、さっきみたいな斬撃が発生するかもしれない。人の密集地や、町中でそんなことが起こったら、笑えない」
「だったらもう一度台座に戻せば」
「そんなうまくいくわけ…」
僕の静止を聞くことも無く、再び台座に剣を差し込むヘレーネ。すると、台座が見る見るうちに変形し、見た目は革張りの鞘なった。さすがに意味が分からない。
「ほらね。だって、この剣はずっと昔から継承されていたものでしょ?だったら、台座だって一緒だよ。ずっと台座を持ち運ぶなんてことは普通に考えてあり得ないんだから、何か手段があるはずでしょ?」
冷静にそう諭すヘレーネ。この子、意外と頭が回るんだな…わりと即決で僕との契約を決めたから、あまり考えることはしないのかと思ってた。まあ、それならそれで、御しやすいってことだから、よかったんだけど。
「これで、さっきの鞘の金具を使えば…ほら。ばっちり」
再び剣を提げたヘレーネはやっぱりどこかチグハグで、全く勇者には見えない。まあ、魔法が使える勇者という時点で、ちゃんと鍛えれば歴代最高の勇者になるとは思うけど。
「完璧だね。じゃあ、そろそろ戻ろうか。突然いなくなったわけだし、少し騒ぎになってるかも。医者はもういなくなってるだろうし」
患者が動き回れるほど元気なのに、わざわざ医者を留め置いているとは考えにくいからね。
「そうだね。じゃあ、よろしく」
「了解」
とりあえずこれで、剣と魔法の確認は軽くだけど済んだわけだ。さっさと学院とやらを終わらせて自由な時間を得るためにも、今後も助力していこう。なんてことを考えながら、彼女の部屋へ再び移動した。
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