間章二話 風と勇の契約
ヘレーネを勇者にしたところで、そのまま契約に移ろうとしたら彼女に止められてしまった。まさか、最上位クラスになれたから僕との契約はいらないとでも思われて逃げる気かと思ったら、なんでも講義というものが始まる時間で単純に自由な休憩時間が終わるからということだった。彼女が受けているのは、魔法の指南と、一般常識、それに貴族のマナーの講義だという。これから始まるのは魔法の講義らしい。それには少し僕も興味がある。人間の魔法事情はあまり知らないけど、無詠唱行使の方法は失われて久しい。今はどうやって魔法を使っているのやら…
いざ魔法の講義が始まると、なかなかに興味深い内容だった。現在の魔法は魔力を呪文で変質させて使っているみたいだ。さすがに、一度見ただけだと、どのような言葉がどのようにして魔力を変質させるのかってことまでは分からなかったけど、これは意外と有用かもしれない。なにせ、イメージすることが出来なくても、呪文さえわかれば、どんな魔法でも使うことが出来るわけだ。過程を鑑みず、結果だけを求めるようなことが出来る。理屈で覚えるような使い手にはこっちの方があっているかもしれない。まあ、発動まで時間が掛かるから、一対一の戦闘とかだと役に立たなそうだけど。いつか時間があったら研究してみようかなと思えるくらいには有用だ。
魔法の講義が終われば、今日の講義は終了ってことで、ヘレーネの自室に戻ることになった。なんでも、男爵家である実家を離れて、学院寮で生活しているみたい。
「さて、早速契約をしようか。僕が君へ齎す利は知識と魔法の力。後は、君の恋路の手助けかな。僕、これでも昔は賢者とか呼ばれてたから、信用していいよ」
「最上位クラスの人以外には認識されないのにですか?」
「まあ、そのころは魔道具を使って人間みたいな生活をしてたからね。あの頃はあの頃で面白かったけどあくまで偽りの肉体だったから、何年たっても見た目が変わらなくて不老不死の術を持っているとか言いがかりを―まあ、精霊は似たようなもんだけど。とにかく、そんな言いがかりをつけられて、いろんな組織とか国から追われるようになって、賢者としての生活はおしまい。そこからはあんまり人間に関わることは無かったけど、この間、他の精霊と会う機会があってさ。そこでちょっといろいろあって、僕も誰かと契約していろいろやってみようと思って」
まあ、僕は依り代に縛られているわけでもないし、一人で自由に動き回れるから契約する意味も無いのかもしれないけど、いずれは依り代を復活させるつもりだし、契約しといて悪いことは無いと思う。何より楽しそうだし。
「ソプラノ様が契約を結ぼうとしている理由は分かりましたけど、私の方からソプラノ様に齎せる利がありません…契約というのは双方に利が無ければならないものでしょう?」
随分と律儀だな。別に僕はそんなこと気にしないのに。契約があることで、何の憂いも無く一緒に行動することが出来るっていうことが重要なだけだ。それにしても、普通なら精霊と契約できるなんて、無条件で飛びついてもいいくらいなのに。この子の頭の中を覗いているから分かるけど、建前としてそう言っているんじゃなくて、本気で言っている。乗り気じゃないってことではないんだけど…
「まあ、そんなのは気にしないでくれていいんだけど…そうだな。じゃあ探し物を手伝ってよ。僕が探しているのはとある遺物。なかなか見つからなくてね。まあ、存在しているかも定かじゃないから仕方ないのかもしれないけど。あ、その遺物と似たような効果をもつものでもいいよ」
「そのくらいでいいのなら…」
「じゃあ、決まりね。今から、精霊契約を始めるよ。君は契約を実行するということだけを頭で念じてて」
『我、汝との因果を望むもの也。風と勇。この契り破られること決して無かれ』
この言葉を使うのは今まで生きてきた長い時間でも初めてだ。あ、ヘレーネも光ってる。ちゃんと契約は結べたみたい。
『契約の締結を受理しました』
やば。神の声の秘匿忘れてた。まあ、契約の受理に関することなら、誰かに聞かれていても別にいいか。
「今の声は…」
「ああ。そうか。君は最上位クラスになったばかりだから知らないよね。今の声は神の声っていって、最上位クラスやそれに準ずる者だけが聞くことが出来るものだよ。まあ、あんまり気にしなくていいと思う」
「そうですか…」
「そんなことより、これで僕と君は対等になったわけだから、敬語は無しね。ああ、後様付けで呼ぶのも禁止。堅苦しいったらありゃしない」
「ソプラノがそう言うなら」
そう言いながら、可愛い笑顔を浮かべるヘレーネ。
「君みたいな美人を振るなんて、君の思い人も随分と高望みをしているみたいだ」
「何よ、急に…からかってる?」
「いやいや、本心さ」
この子のような美形なら、恋人候補や婚約者候補なんて腐るほどいるだろう。男爵家だからそれより上位の家だと、あまり利がないってことなのかもしれないけど、それを補って余りある美しさだ。あと数年もすれば、国一番の―いや、それは無理だな。ハイデマリーがいる。あの娘が順調に成長したら、まさに傾国の美女と呼ばれる存在になるだろう。
「さて、無事契約することも出来たわけだし、まずは、風魔法を教えてあげよう。属性魔法の中で一番優れていると言っても過言ではない魔法さ!!」
「確かに、風魔法は呪文も高度で難しいけど…そんなに簡単に覚えられるの?」
「風の精霊である僕と契約したんだから、簡単さ。しかも、現代の魔法と違って、無詠唱で使えるよ」
「無詠唱魔法…」
「興味ありそうだね」
「無詠唱ということは、瞬時に発動できるってことでしょ?役に立つ場面がものすごくありそう」
「呪文を使った方が良い場面もあるかもしれないし、善し悪しだと思うけどね。まあ、とにかくやってみよう。手を出して」
ヘレーネが差し出した手を握り、そのまま契約の繋がりを使って、風魔法に関する知識を流し込む。これが出来るのは、精霊の中でも僕だけだと思う。ちょっとしたスキルをいくつか組み合わせなければいけないうえ、契約の繋がりについて熟知していないと出来ない技術だからね。
「って、うわ!?」
そのまま、知識を流し込んでいると、ヘレーネが気を失って倒れてしまった。もしかして、知識が一気に流れ込んだことに脳が耐えられなかった…?風魔法の知識だけなら大丈夫だと思ったのに。たぶん、三百年分くらいしかないよ?
「参ったな…これだと、回復魔法をかけた所で意味ないだろうし…とりあえず寝台に運んでおこう」
風魔法を使って、気絶したままのヘレーネを寝台へ押し込むと、いつのまにか僕も眠ってしまっていた。
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