間章 もう一人の最上位

間章一話 候補者探し(ソプラノ視点)

 ようやくオリハルコンの剣を取り戻せた。全く、テノールの奴、あれの価値を知らないわけじゃないだろうに売り飛ばすなんて…あの聖女の娘―ハイデマリーを集会所に連れてくるにあたっての交換条件だったらしいけど、割に合わないよね。だって、アルトと契約してるんだから、基本的にいつでも来られんだし。まあ、あの時はアルトが寝てたからしょうがなかったんだろうけど、接触した精霊が悪かった。…いや、僕と会っていたとしても何か条件を出してただろうな…さすがに、オリハルコンの剣とまでは言わないけど。


「後は勇者になれそうなくらい魔力を持っている人間を見つけるだけか」


僕が何で勇者を誕生させたいかって言えば、人間と契約してみたいからなんだよね。ハイデマリー達は随分面白そうな旅をしているみたいだし。僕も知識の収集なんかのためにいろんな場所を回っているけど、誰かと一緒ってことはあんまりない。最近はバスと行動することもあるけど、あいつは話さないから別に楽しいとかわないし。でも、そう簡単にはいかない。精霊と契約するには最上位クラスじゃなければいけない。そのうち、人間がなることが出来るのは、聖女と勇者だけだ。聖女はもういるから、望みがあるのは勇者だけだけど、これもまた、今の人間には難しい。なんてったって魔力持ちが激減している。なんとか一人くらい、大量の魔力を持った人間がいればいいんだけど…その点、アルトの仲間のアニって子は見込みがあった。最近の人間の中では、トップクラスの魔力だと思う。まあ、彼女は勇者にはなれないけど。あれは随分薄くなってはいたけど、魔導士の血筋だ。対面してみればすぐにわかる。

 

「まあ、とりあえず、魔力探知でさがしてみるか」


自慢じゃないけど、僕の魔力探知の範囲は、世界で一番広いと思う。大陸一つ分くらいの広さなら軽く補える。これなら探すだけなら時間はかからない。まあ、見つからないかもしれないけど。


 手始めに今いる国から始めてみる。すると、大きい反応がいくつか。でも、勇者になるには心もとない。ここ最近の人類の中では多いってだけだ。一番希望がありそうな国は、やっぱりブランデンブルクかナハトブラオ、それに、ドラゴンを信仰してるとかいうあの―なんて国だったかな。あそこはコロコロ国名が変わるからな…


「ブランデンブルクにはアルトたちがいるから、多少希望はあるか…?」


あのあたりは、元々魔力が絡みやすい土地だ。ダンジョンも点在しているし、魔人の国に行くのにも一番近いだろう。


「とりあえず行ってみるか…」


 瞬間移動を使って別大陸まで移動した直後、早速魔力探知をしてみると、先の国とは違い、大きな魔力反応がいくつもある。勇者になれそうなほどの魔力量を持つのは…七つか。四つの反応がまとまっている場所と、二つの反応がまとまっている場所、あとは二つの反応から、そこまで離れた距離じゃない場所に一つ。距離的には数キロってところか。四つの反応は大きさが規格外なのが二つあるから、たぶんんアルト一行だろう。たしか、この国を拠点にしていたはず…もう二つの反応は宮廷魔導士か何かか?それだと勇者にして契約したところで国の傀儡になるだけで面白くなさそうだな…だったら、一つ離れた反応の場所に行ってみるか。となると、まずは会話を出来るようにしなければ…頭の中に声を伝える魔道具を使おうか。





 「お、あの子かな」


 反応の元に来てみると、魔力の持ち主はすぐに見つかった。こぎれいな建物の中には、上等な服を着た少年少女がたくさんいる。他の子供たちに比べて、その子は少し幼い。が、魔力量はピカ一だ。今後体が成長していくにつれて、どんどんと増えていくだろう。これは逸材を見つけたかもしれない。


 人気のない広い部屋に入り、一人になったのを見計らって、彼女の頭に小さな王冠をかぶせる。これが頭に声を伝える魔道具だ。突然頭の上に現れた重さに、驚いているみたい。外されてしまう前にさっさと話しを勧めよう。


『やあ。僕は風の精霊ソプラノ。今、君にかぶせた魔道具を使って頭の中に直接話しかけているんだ。君、僕と契約する気はないかい?』


きょろきょろと辺りを見回している少女。


『今君の目の前にいるんだけど、姿は見えないよね。精霊を認識したり契約出来たりするのは最上位クラスだけだから』

「ほ、本当に精霊…?」

『そうだよ。と言っても、言葉だけじゃ信じられないか。とりあえず、風の魔法で…』


風を操って、軽く彼女を浮かせてみる。室内だから、風を発生させるところからだ。これで少なくとも風を司っているってことはわかるだろう。風魔法は細かな調節が難しいから、


「す、すごい…」

『信じてもらえたかな?それで僕と契約する気はあるかい?してくれるなら、君に魔法の真髄を授けられるよ』

「ど、どうして私が…」

『それは君の魔力量が多いからさ。これから肉体が成長していけばさらに増えていくだろう。さっきも言ったけど、精霊と契約するのは最上位クラスになる必要がある。人間がなることが出来る最上位クラスは残り一つで、その条件の一つに魔力量の基準があるんだよ』

「でも、私じゃなくたって…」

『君は卑屈だなあ。少なくとも、君の年代でこの魔力量ならある一人を除けば世界で一番かもしれない。そう聞いたら、君が最上位クラスにふさわしいとも思えてこないかい?』


聖女であるハイデマリーを除けば、近い年ごろの子供でこの子の魔力量を超える者はいないだろう。それほど、この子の魔力は多い。実際に見るまでは、子供だなんて考えもしなかったくらいだ。


「私、自分の才能の有無など分かりません。ただ、ある御人から言われました。貴方には才能があるから、鍛錬を続けろと。言われた通り、鍛錬を続ければ、少しづつですが魔法は上達していきました。ですが実を言うと、私は魔法がそれほど好きではないのです。それでも、鍛錬を続けたのは…ある男性に振り向いてほしかったからでした。その男性の妹君も特別優れた魔法使いだったので、同じ魔法使いなら興味を持ってもらえるのではと思っていました。ですがそうはなりませんでした。私に振り向くことは無く、学院―この場所を去っていきました。だから、私にはもう魔法を学ぶ意味がありません。学院を卒業できる最低限でいいのです」


悲哀と諦観が混ざり合ったこの子の言葉を聞いても、僕には失ったものの大きさが分からない。これはきっと、色恋沙汰の話だけど、精霊は死ぬことがなく、生殖の必要が無いため、恋愛感情を持たない。でも、人間にとって、それが感情の深い部分に食い込むことは知識として知っている。ときに、自ら命を絶ってしまうほどの傷を与えることだってある。この子にとって、それがどの程度の物なのかは分からない。だけど、僕にはあきらめるのはまだ早いと思う。


『別に、まだあきらめる必要はないんじゃない?精霊と契約してるともなれば、君を見直すことだって全然考えられるし。見た所、君は貴族だよね?随分いい服を身に着けているし。それなら、その相手も貴族でしょ?貴族は利を求めた婚姻をすることが多いから、精霊の契約者と結婚が出来るともなれば、向こうから声を掛けてくる可能性すらある。妹が優れた魔法使いでも精霊の契約者ともなれば縁を持とうとするはずだよ


僕のその言葉に、目を輝かせる眼前の少女。その瞳に移っていた諦めはどこかに消え去り、少しばかり、輝きを取り戻していた。…さてはこの子、絆されやすいタイプだな?


「私、貴方と契約します」


どうやらこの場で即決してしまうほどの未練がこの子にはあるみたい。まあ、僕にとっては好都合。これで契約者が見つかった。とりあえず、さっさと勇者にして退路を断ってしまおう。


『じゃあこの剣に触れながら、「フェアザーゲリン」と唱えて。そうすることで君は最上位クラスに生まれ変わる』


オリハルコンの剣を彼女の目の前に浮かせ、そのままドスンと床に降ろす。台座に刺さった状態のままだから、どこにでも置けて便利だ。持ち運びは大変だけど。


「きれいな剣…」


恐る恐ると言った様子で剣の柄に触れながらそう呟く少女。剣に触れることが出来るなら、勇者になる資格は問題なさそうだ。


『まあ、世界に一つしかないものだからね。滅多なことじゃお目にかかれないよ。さあ、早く呪文を唱えて』


オリハルコンの剣の存在は有名だけど、実物を見たことがあるわけもなくこれがそうだとはおもっていないみたいだ。黄金に輝く、世界に一つしかない剣と言ったらすぐに予想が付きそうだけど。


「フェアザーゲリン!!」


そう彼女が呪文を唱えた瞬間、彼女の中の魔力が一気に膨れ上がる。クラスチェンジの始まりだ。おっと、そんなことを考えている場合じゃない。神の声を秘匿しておかないと。神の声は、本人と契約者なんかの近しい者にしか聞こえないけど、どこかで盗み聞くことが出来るスキルが存在するって話を聞いたからね。便利だけど、垂れ流しはよくない。


 数分で、彼女の中の魔力が落ち着き、閉じていた瞳が開かれる。無事に勇者になることが出来たみたいだ。


「…驚きました。精霊とは、こんな見た目をしているのですね…とても美しいです」

『おほめにあずかり光栄だね。そういえば、君の名前をまだ聞いていなかった。なんていうの?』

「ヘレーネ・ブルグミュラーと申します。以後よろしくお願いします。ソプラノ様」


こうして世界に勇者が誕生した。

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