第百八十五話 情報の整理

 神の世界の名前を聞いた後も、情報交換は続いた。日本側から聞き出せたことは、聖勇戦争以降の話が主だった。歴史書なんかに書かれている内容と重複することも多かったけど、裏付けが取れたってことで割と有意義だったと思う。その中でも一番の収穫は勇者の誕生条件を知れたことだ。まあ、イエレミアスが持っているようなスキルで発生条件を変えられていなければだけどね。その条件っていうのは、一定以上の魔力を体内に内包した人間―私みたいに精霊魔法とか何かしらの手段で外部から取り込むのではなく、自前の魔力が一定以上ってことみたい。その魔力が一定量ある人が、オリハルコンの剣に触れながら呪文を唱えるというものらしい。オリハルコンの剣はあの台座から抜かないとだめみたいだから、達成するのは割と難しいそうだ。向こうの世界の伝説みたいに、それにふさわしい者じゃないと抜けないとかなのかな。勇者が誕生しなければ勇者と聖女の戦争である聖勇戦争も起こらないだろうから、オリハルコンの剣の行方を調べてみてもいいかもしれない。精霊の集会所に行くための条件としてテノールに渡してからどうなったんだろう。たしか、テノールも誰かと取引するとか言っていた気がするけど…もしや、その取引相手が勇者になろうとしているのかもしれない。もしくは、誰かを勇者にしようとしているとか…ただのコレクターとかならいいんだけど…


 日本側とは次回の交信の約束を結び、その後、私はそのまま神の世界と交信するのではなく、一度拠点に戻ることにした。情報の整理もしたいし、アルトたちの意見も聞きたいからね。さすがに、私一人で考えるには、得た情報が大きすぎる。ちなみに次回の交信はこちらの時間で二か月後ということになっている。数日後とか数週間後とかだと、日本で経過している時間が数分とか数時間とかになってしまうからね。こちらで二か月待ったとしても、向こうでは大して時間が経ってなくて、話すことも特にないだろうってことだった。ただ、また交信を途絶えさせるわけにはいかないから、定期的には行いたいらしい。数年途絶えただけで、こちらで数百年が経過してしまうんだから、その気持ちもわかる。それにしても、ちょっとついでのつもりで寄ったナハトブラオの教会だったけど、まさかこんなことになるとは…なんなら、ライナルト教の教会に行ったことすら、商会を起こすためのやり取りのついでだったのに…



 「ただいまー」


拠点に戻れば丁度夕食の時間で、ダイニングに入りながら、そう声を掛ける。自分でも疲れているのが分かるほど、声音が下がっていた。こういう日は美味しいものを食べて、さっさと寝るに限る。


「ずいぶん遅かったのね」

「ちょっといろいろあってね。まあ、食べながら話すよ」


ダイニングに来ているのはまだアルトだけ。いつもは一目散に飛んでくるイザベルもまだ来ていない。なにか仕事で絵も頼まれているのかな?まあ、すぐに来るだろうと、席に座って待つこと数分。アニとイザベルが同時にやってきた。


「あ、お嬢様。帰ってたんだね」

「おかえりなさいませ」

「うん。ただいま。それより早く座って。もうお腹ペコペコだよ」


全員が席に着いたところで、今宵の晩餐がスタートする。今日のメニューは魚のムニエルに、サラダ、それにカボチャっぽい野菜のスープだ。





「それで、今日起こったことなんだけど…」


ある程度皆の食事が進んだところで、そう話を切り出し、事の顛末を説明する。皆なんというか、難しい顔をして話を聞いていた。こんなことなら、食事の後に話すべきだったかもしれない。考え込んでしまって、食事どころではなくなってしまう。


「たった一日、一人にしただけでそんなことになるなんてね…」


少し重たくなった空気をほぐすように、アルトがそう言う。


「でも、別に悪いことが起こったわけじゃないよ?」

「そうだけど、今日だけで今までわかっていなかったことの重要な情報が得られたわけでしょ?悪運が強いというかなんというか…」

「面倒なトラブルにあうことも多いんだから、たまにはいいことが無いと割に合わないよ」

「お嬢様は割と幸運だと思いますが…」

「わたしも」

「私はそんなこと無いと思うけど…普通だよ」


悪いことが起こった後にいいことが起こっている気がする。まあ、そんなことはどうでもいい。


「そんなことより、みんなはどう思った?」

「どうと言われましても…さらに詳しい情報を得るには、その創造者の世界と交信をするしかないのでは?」


アニが至極当然とばかりにそう告げる。まあ、そう思うのは当たり前だよね。


「ですが、以前、テノール様がオリハルコンの剣を求めていたのは気になります。あれを欲していた人物が聖勇戦争の存在を知っていたとしたら、それを起こすために動いている可能性もありますから…もしかしたら、今頃どこかで勇者が誕生しているかもしれません」

「もしどこかに勇者がいたとしても、接触しなければ問題ないと思うけど…」

「でも、世界のシステム―理に組み込まれているものだよ?だったら、強制的に勇者と聖女―お嬢様を邂逅させるような仕組みがあるのかもしれないよ」


たしかに、イザベルの言うことも十分考えられる。すでに勇者が誕生してしまっているかもしれないと思うと恐ろしい。だって、やりたくもないのに世界を滅ぼしかねない争いを私が起こしてしまうかもしれないんだから。


 それからしばらく情報をまとめながら、各々の考察なんかを話しているうちに、すっかり夜は更けていった。まあ、最終的にはやはり創造主と接触するしかないという結論に落ち着いてしまう。だけど私は、なぜなのかそう上手くいくとは思えない。理性ではそれが一番なんだと理解はしているのに、感情はそんな簡単にはいかないと叫んでいた。それがどうしてだったのか、この時の私は全く分かっていなかった。

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