第百八十四話 世界の過去

 「では、過去の交信から我々が得ている情報をお話ししましょう。何か具体的に聞きたいことなどありますか?」

「こちらも当時の情勢が聞きたいです。それが分かれば、こちらに残っている歴史情報から、ある程度、時代を推測できるかもしれません。数はものすごく少ないですが、一応、歴史書も見たことがありますから。正確性まで期待できないですけど…」


歴史書の数が少ないため、比較検討をすることが出来ないからね。書いてあることを鵜呑みにするしかないわけだ。聖典だってそう。ほかに同じことが書いてあるものなんかが無いと、正確だとは言い切れない。


「では、まず初めての交信の時のことを話しましょうか。私たちの世界―日本国とそちらが初めて交信したとき、そちらは、創成期とも呼べる時代であったと思います。こちらの時間で言うと、そうですね…およそ二十年前と言ったところでしょうか。なにせ扉が設置されてすぐのことでしたから。扉は世界が創られた際に創造者によって設置されます。言うなれば、その創造者は神に近い存在です。こちらでは、最初の人間が神々の世界から降りてくる時に、持ち出したということになっていますが、そちらはどうですか?」


たしか、聖典の前半部分に、旅の神がそれっぽいものを残していったって記述があったよね。神の世界に戻る前に選別としておいていったとか…


「ええと、こちらでは、旅の神なる存在がこの世界を去る前に選別として与えたということになっています」

「それは興味深いですね。世界に創造者が滞在した記録が残っているのですか」

「その創造者というのも複数いるみたいです。初の知的生命体―人間が生まれてから数十年が経過し、土地不足による争いが始まるまでは、多くの神が滞在していたという記述がありました」

「複数の創造者がいるというのは、珍しいことでは無いと思います。世界がいくつも存在しているわけですからね。すべての世界を一人の創造者が作っているというのは考えにくいですし」


そう言われればそうなんだけど、そもそも創造者っていう存在の知識が圧倒的に足りないんだよね。旅の女神が一番近い存在だとは思うけど。まあ、追々聞いていけばいいかな。


「少し話が逸れてしまいましたね。―その創成期には、扉を動かせる者は経った二人しかいなかったようですが、こちらで数日経つ頃には、何千人にも増えたという話を聞いたときにはさすがに疑いましたね。まあ、それでこちらとあちらでは時間の流れが違うということが分かったのですけどね。そのころからは農耕技術なんかを流しましたね。あまり意味は無かったみたいでしたが…」

「どうしてですか?」

「そのすぐ後―こちらではなく、そちらの基準ですが…何かとんでもない事件が起こり、世界が、土地が荒れ果ててしまったようです。その事件の間も交信はほとんどありませんでしたから、詳しい内容は分かりませんが、どうも大きな戦争があったみたいですね。おそらくその影響でしょう。戦争が終結したという交信を受けてから徐々に扉を動かすことが出来る者が減っていき、終結後しばらくは高頻度で行われていた交信が完全に途絶え、今日この瞬間まで、そちらの世界と交信が行われることはありませんでした」


その戦争って、たぶん、聖勇戦争だよね。この感じだと、日本側にも情報はないのか…まあ、私が知りたいのは、戦争がどうして起こったかじゃなく、なぜ今になってまた起こる可能性が出てきたのかということなんだけどね。


「その戦争が再び起こるかもしれないんです。何か少しでも、分かることは無いですか?」


これまでの経緯と、聖勇戦争について分かっていることを軽く説明した後―もちろん、私が聖女であることは伏せておいた。それを白状してしまうと、聖勇戦争についての情報の価値が爆発的に上がってしまう。―そう問いかける。藁にも縋るとはこのことかもしれない。何せもう他に当てがない。今回神々の扉の使い方が分かって、こうして更新できているのも偶然というか、奇跡のようなものだ。ここで少しでも情報が得られるか、もしくは情報源の情報とでも言うのだろうか。新たな情報を得られそうな手段が欲しい。


「申し訳ありませんが、私には分かりかねます。その聖勇戦争について詳しく知ったのも今が初めてでしたし…終結後は専ら復興についての意見交換ばかりでしたからね…でも、どうして、その聖女と勇者が自らの死を求めて争った戦いがまた起ころうとしているのでしょう?その二つのクラスの不死性は取り除かれたのですよね?そして現在の聖女と勇者が敵対しているわけでもない…なぜかそちらの世界のシステム―失礼、理に組み込まれてしまっているというわけですか。ほかに情報源が無いとなれば、もう創造者とコンタクトを―接触を図るしかないのでは?」

「そんなことが出来るのですか?」


要するに、神と接触するということだよね?聖典に登場した旅の女神なんかの神々が本当に存在しているのだろうか。私的には、神ということになっていた、普通の人間の権力者とかのことじゃないかと思っているんだよね。神々の扉だって、別世界からの転生者がいれば作ることは可能だと思うし。時間軸だって統一されていないわけだから、この世界の創成期に、別の世界のはるか先の未来から転生してくる人がいても不思議じゃない。


「可能ですよ。創造者がいるのも、別世界ですからね。その世界の名前さえわかれば、扉を使って交信が出来ます。幸い、そちらの世界の創造者の世界の名はこちらが存じております。そちらにとっては、何百年、なん千年も前のことだとしても、こちらにとっては数十年の話ですからね」


もし、それが可能となるなら大きな情報が得られるだろう。是非その世界の名前を教えて欲しいところだ。でも、時間の流れが違うっていうのがこうも便利に働くとは思わなかった。どうせなら、もっと詳しい情報を日本に流してくれていればよかったのに。しっかりしてよ。過去の人たち…


「そうなんですか。それで、その世界の名前は―」

「ヒンメルと言います」


彼の口から告げられた世界の名は、私たちが住む世界では、天国を意味する言葉だった。

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