第百八十二話 向こうとの接触
「これで全部かしら?」
「はい。こちらが現存しているライナルト教の聖典です。といっても、前半部分は失われてしまっていますが…」
聖典を読み終えたところでそう聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。どうやら、失われてしまったというのは、ナハトブラオの教会と同じらしい。でも、これでホントに終わりなのかな…あっちで見つけた聖典と、今読んだもの内容から、聖勇戦争が起こった理由と、どうやって終結したのかは分かったし、聖女と勇者が生まれてくる理由もわかった。だけど、聖勇戦争が今になって顔を出してきたのかが分からない。ナハトブラオで私が手に入れた、神々の扉。あの時、神の声が告げたのは、聖勇戦争に役立てろという言葉だった。神の声がそう告げたとなれば、聖勇戦争はそれこそ、世界の理とやらに組み込まれているということだ。どういう経緯でそうなったのかも分からない。多少の情報を得たことで、逆に分からないことが増えてしまった。もしかすると、初代勇者と聖女は封印されているだけで、死んだわけではないから、今も聖勇戦争は継続中、言うなれば休戦状態みたいな扱いなのかな。そうだとしても、やっぱり神々の扉のことが納得できない。もしかすると、あの賢者―ソプラノなら何か知っているかもしれない。でも、眠ってしまったアルトを起こすための情報を得たときみたいに、タダで教えてくれるってことはないと思う。あの時は、ブラックリリーっていう幻の宝石が見つかったら渡してほしいっていう、実質あってないような対価だったけど、今度もそんなに上手く話がまとまるとは思えない。どうせ無理難題を押し付けてくるに決まってる。精霊はそういうものみたいだし。テノールだって、世界に一本しかないオリハルコンの剣を持ってこいなんて言ってたからね。
「何か、問題でもありましたか?」
そのブラックリリーを見つけたら、向こう機嫌がよくなって色々話してくれないかな。なんて都合のいい話に思考が流れて始めていた頃、そんな声で現実に引き戻される。どうやら、随分と考え込んでしまっていたみたい。
「いえ、興味深い内容で読みふけってしまっただけです。前半部分が失われてしまっているのは残念ですね」
私が知っている前半部分について言うわけにもいかない。ナハトブラオとブランデンブルグで聖典を争う宗教戦争が起こってしまう可能性があるからね。せっかく友好関係を築けている国なのに、そうなるのは勿体ない。お父様だって向こうで暮らしているんだし。
「長い歴史の中で失われてしまったものです。残念ですが…」
「いつか見つかればいいですね…こちら、約束の寄付金になります」
「確かに受け取りました」
「では、私はこれで。失礼いたします」
「キースリング伯爵にもよろしくお伝えください」
軽く別れのあいさつを交わし、教会を後にする。なんというか不完全燃焼感がすごいけど、次の目的地へ移動する。喉の奥に魚の小骨が刺さっている時のような不快感と共に。
教会を後にした私は、拠点に戻るのではなく、ナハトブラオの教会―神々の扉の前に立っていた。この教会の礎を担っているという魔道具。きっと―いや、確実にそれ以外にも何か重要な役割、使い方があるはずだ。どうにかしてそれを見つけられないかと、ここに来たわけだ。
「といっても、特におかしなところは無いんだよね…お父様も、最初の時に言ってたこと以外は知らないらしいし…」
最初に来た時と違ったのは、神々の扉を満たしていた魔力が多少減少していたってことだけ。それも再び魔力を込めれば元通り。変わったところなんて一つもない。扉っていうくらいだから、どこかに繋がっているとかそういう物だと思うんだけど、この巨大水晶玉の中には入れるとかそう言うことも無さそう。触っても特に何も起こらないし。
「全く、使い方も分からないのにどうやって役立てろって言うのさ」
水晶に寄りかかりながら、そんな呟きが漏れる。誰もいないと独り言が増えてしまうのは、前世からの私の癖だ。口に出すと考えをまとめやすいっていうのもあるけど、行き詰った時なんかは気分が楽になる。
『要求を受理しました。これより、神々の扉の使用方法を享受します』
その途端、私の呟きを聞いていたかのようにそう機械音声が響いた。神の声によく似た、けれど、確実に別物だと分かる音声。その声音は、どこか不気味さを孕んでいるかのようだ。
「は?」
そんな素っ頓狂な声が出てしまった私を許してほしい。いくら何でも、口に出しただけで説明してくれるとは思わなかった。まあ、不気味でもなんでも、教えてくれるのならありがたい。
『神々の扉は別世界に存在する同じ扉と交信をするための魔道具です。使用者が指定した世界に扉が存在する場合、交信をすることが可能です。方法は、魔力で満たした神々の扉に触れた状態で、交信を宣言した後、世界を指定してください』
他の世界と繋がる魔道具。だから「扉」か。超大規模な通信の魔道具だったわけだね。おそらくだけど、この世界は「日本」とつながりが強い世界だったんだろう。だから、音声言語が一致しているし、向こうの慣用句なんかが普通に使われていたわけだ。直接、交易なんかをすることは出来なくても、情報のやり取りは出来るからね。もしかすると、神々の扉の存在以前は、この世界の言語は全く別の物だったりしたのかもしれない。でも、「日本」の存在を知らないと、神々の扉があったところで、交信は出来ないよね。ということは、大昔から、転生者が存在していたってことになる。これも調べてみてもいいかもしれない。歴史上の偉人なんかは可能性がありそう。幼いころから、大人並みの思考力があるわけだし。
「まあとりあえず、試してみようかな…交信。日本」
やり方があっているのか分からないままとりあえず、試してみる。すると、魔力で満たされ光を放っていた神々の扉の光が一瞬消え失せた後、男の顔が浮かび上がった。それは前世で見慣れた、日本人らしい顔立ちで、こちらを観察するかのような視線を向けている。どうやら、こっちの映像も向こうに送られているらしい。
「交信が来るのは数年振りですか。そちらの世界では、どれくらいの時間が経っているのやら…」
まるで、直接会話しているかのようなクリアな音声が、私以外誰もいない空間に木霊した。
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