幕間 聖典②

 一対の争い、お互いの死のための争いに巻き込まれたのは、世界に生きるすべての生物。一対の生み出す影響はそれほどだった。環境は破壊され、水は濁り、食物も取ることが出来なくなる。生き残ったのは、一部の人間と動植物だけだった。


 その現状を憂いたのは神々であった。だが、それは多くの命が失われているからではない。自らが作り上げたものが崩壊に向かっているからというだけだ。言うなれば、苦労して作り上げた「作品」が損なわれるというような感覚だろうか。そこに、命に対する執着など、まるで存在しないのだ。


 天界へと戻った神々は、我々の世界の現状を憂いてこそいたが、直接介入することは出来なかった。すでに、天界と我々の世界を結ぶ道は消滅していたからだ。だが、何とか世界を維持しようとした神々が行ったのは、新たな知的生命を産み落とすことだった。すでに世界に存在していた、魔力を持つ動物―魔物に知能を与え、人間と敵対させたのだ。新たなる敵が現れることで、一対の争いをやめさせるという目論見だった。


 数年後、人間と知恵を持つ魔物―魔人の間で、小競り合いはあるものの、大きな争いに発展することは無く、一対の争いの影響を除けば、比較的穏やかともいえる世界が流れていた。そんな中、魔物の中にいわば、特別ともいえる個体が生まれる。その個体は、圧倒的な力と知恵で、魔人を統率し、後に魔王と呼ばれるようになった。


 魔王が世界の以上の原因が一対の争いだということに気が付くまでに時間はかからなかった。だが、その時点で、一対と魔王の間には、恐ろしいほどの力の差が存在していた。それこそ、一対にとって魔王は路傍の石にもならない存在であった。


 魔王は研鑽した。だがそれでも、永遠とも呼べる時間を生きていた一対に迫る力を得ることは出来なかった。ただ、唯一無二とも呼べる力を手に入れた。その力は、世界の理に干渉する力。それに、強力な封印術であった。


 魔王はその力を、一対に使うこととした。まず、行ったのは一対の封印だ。この強力な封印術は、対象に直接近づくことなく発動することが出来る。特に危険を冒すことなく、封印術を施すことが出来た。だが、強力すぎる一対を完全な形で封印することは不可能であり、一対の遺志を継いだ者が後世に生れ落ち続けることとなってしまった。それでは、また今のような荒れた世界が訪れると考えた魔王は、世界の理に干渉し、一対―勇者と聖女の持つある特性を消失させた。失わせたのは、不死性。一対が争う原因となったそれを消し去ったのだった。


 こうして世界は、魔王の力によって安定を取り戻した。だが、その時には一対の争いによって、世界の半分が死滅していた。

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