第百八十一話 ライナルト教再び

 翌日。貸店舗のオーナと契約のために、薬屋に向かった。契約自体は、スムーズに進み、午前中だけで終えることが出来た。貸店舗のこれからの家賃と、薬のレシピのやり取り、あとはおばあさんにお礼としていくらかを支払った。一応薬のレシピも買い取るという形にしておいたから、おばあさんの懐も潤ったと思う。他に決めたことと言えば、引継ぎをいつまでに済ませて、いつからリニューアルオープンするかってことだね。頼んだ調度品が完成するのが一か月後らしいから、それに合わせてオープンすることになりそう。直前の数日は、休業ってことになると思うけど、事前に知らせを出しておけば、薬が手に入らないと騒ぐ人も少ないだろうし。開店までの間は、商品の準備なんかをして過ごすことになる。物語の販売形式や、ある程度の量の薬を作らないといけない。これからさらに忙しくなりそうだ。



 「さて、忙しくなる前に、片づけておかないと…」


特に意識したわけでもなく、口からそんな言葉が漏れる。薬屋でのやり取りを済ませた後、やってきたのはライナルト教の総本山。以前、アニと二人でオリハルコンの剣を盗み出した場所だね。魔法が使えない部屋に閉じ込められたし、いい思い出は無いけど、ナハトブラオで見た聖勇戦争について書かれていた聖典の後半部分を探してやってきた。初代勇者を信仰しているらしいライナルト教にならきっと手掛かりがあると思う。向こうの教会で神々の扉という魔道具を得てしまった時点で、ほぼほぼ巻き込まれることが確定してしまった聖勇戦争だ。少しでも情報を得ておきたいからね。


 今回は、前回と違い昼間から堂々と教会内に突入する。別にやましいことをしに来たわけじゃないし。一応、衛兵みたいなのはいるけど、貴族の身分証と、寄付がしたいという言葉で素通りすることが出来た。そういえば、前に来た時に見かけた、何か祈っているような人たちの姿が無い。もしかすると、夜に祈りをささげるとかそういう教義なのかもしれないね。


 門を潜り、教会内に入ると、やはり魔力の壁を通り抜けたような感覚がある。結界は今も健在みたいだ。まあ、特に気にしなくても平気でしょ。例の魔法が使えない部屋にさえ入らなければいい。とにかくまずは、寄付のためという名目通り、案内されるがまま付いて行く。私の目論見としては、寄付の代価というかお礼として聖典を見せてもらおうと思っている。もちろん、一般公開されているものとは違うものを要求するつもりだ。向こうの教会も、売りに出されている聖典と、隠されていた聖典の内容は全然違っていたわけだし。問題は、そう簡単には見せてくれないだろうということなんだけど…


 「こちらへどうぞ」


そんなことを考えているうちに、どうやら目的地に着いた模様。中に入ってみればどこにでもありそうな、なんの変哲もない応接室。どうやら案内人がそのまま対応するみたいで、私の対面に腰を下ろした。


「本日は、寄付を頂けるそうで。大変ありがたいです」

「ええ。我がキースリング伯爵家当主、エーバルト・キースリング伯爵から寄付金を預かってきています」

「それはそれは…して、如何ほどの金額を…」

「金貨を幾何か…ですが、こちらを寄付するには条件があります」


驚いたような顔を浮かべた後、訝しげな顔を浮かべる男。さては、賄賂か何かとでも思っているのかな。対価を求めているわけだから、広い目で見たら間違いではないかもしれないけど、普通の売買と変わらないと思う。お金を払って必要なものを得るわけだからね。


「条件ですかな?」

「はい。こちらが当主から預かった文です」


これは先日、後見を頼みに行ったときに書いてもらったものだ。もちろん、キースリング家の紋章入り。内容としては、寄付をする対価として、聖典を見せてほしいというものだ。もちろん、外に出されているものではなく、秘匿されているものをと。


「伯爵様はどうして秘匿された聖典があることをご存じなのですか?」


やっぱり、本来の聖典は隠されているものだったらしい。驚愕の表情で私に向かってそう聞いてくる。だけど、それを教える義理は無い。そもそもエーバルトは何も知らないしね。


「さあ?わたくしにはわかりかねます。当主は実に聡明な方ですから、わたくしなどに推し量ることなどできません」


こう言っておけば、エーバルトの株もあがるし、教会からの警戒心をキースリング家が引き受けてくれる。まあ、私が何もしなければ、ここと関わることもないだろうから、問題ないでしょ。


「お話は分かりました。ですが、私の独断では決めることが出来かねます。少々上と―枢機卿と相談させてください」


そう言って部屋を後にした男。貴族相手の対応なんだから、最初から決定権を持つ人を出してほしかった。私が子供だから、侮られたのだろうか。そもそも、当主が代理という設定で出てきているわけなのだから、そういう侮りは命取りになると思うけど…



 「お待たせしました。聖典をご覧に入れましょう。許可が下りました」


数分でさっきの男はこの部屋に戻ってきた。この期に及んで、枢機卿が姿を見せることは無いらしい。もしかすると、伯爵より上位の貴族だったりして。


「ですが、一つ契約を結んでいただきたい。あなた様がこれからご覧になる聖典の内容について、キースリング家以外の者に他言することは控えるという内容で」


うーん。それだと、アルトたちに内容を伝えることが出来ない。少し条件を変えさせないと…


「その条件だと、こちらに多少不都合があります。当家所属のある者に内容を伝えなければならないので。そうですね…キースリング家の血脈ではなく、当家に所属するものと範囲をかえたうえで、内容を伝える者には、他言をしないという契約を結ぶことにしましょう。今回結ぶ契約にその条件を追加すれば、秘匿されている聖典の内容が公になることはありません」


まあ、この条件には少し穴がある。どんな名目でも、「キースリング家所属」ということにさえしてしまえば、内容自体は伝えることが出来るからね。極論、この国の国民全員を書類上だけだとしても、キースリング家所属ということにしてしまえば、内容を伝えること自体は出来てしまうのだ。伝えたものからほかの人に伝わっていくことは無いけど、事実を知らせることだけは出来てしまう。まあ、そんなことは必要に駆られなければしないけどね。


「わかりました。そちらで構いません。では、早速契約を…」


どうやら、それなりの決定権は持っていたようで、即座に契約内容の変更が行われ、そのまま契約を結んだ。よく考えると、ハイデマリー個人としてではなく、ハイデマリー・キースリングとしてこういう契約を結んだのは初めてかもしれない。


「こちらが寄付金になります。ですが、支払いは聖典を確認してからにさせてください。お兄様―失礼、伯爵からそう申しつけられております」

「かしこまりました。では、聖典が保管されている資料室までご案内いたしましょう」


こうして、聖典と対峙する準備は整った。資料室まで移動する道すがら、私は聖勇戦争

について少しでも情報が得られるようにと、心の底から祈っていた。

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