第百八十話 後見人交渉
薬屋を受け継ぐことが決定してから、私たちは怒涛の日々を過ごしていた。おばあさんと次に会うことになっている数日後までに、具体的な契約内容の草案を作り、店で使うことになる調度品や家具の手配、従業員探しに、商品となる回復薬も作った。物語もヨルダンが何本か上げてきてくれたけど、そっちはまだどういう風に売るのか思案中。とりあえず、文字が綺麗な使用人に描き起こしてもらっている段階だ。それを製本して売ることになるかもね。
私たちが忙しなく動いている中、冒険者ギルド経由で薬屋から手紙が届いた。そこに書かれていた内容は貸店舗のオーナと話が付いたという連絡だった。私たちとオーナが新たに契約を結ぶためと、おばあさんと回復薬以外の薬のレシピについてもやり取りをしないといけないからね。明日にでも行くという返事を書いて、冒険者ギルドに持っていく。ギルド経由だと、手紙をすぐに届けてくれるから便利なんだよね。FAXみたいな連絡の魔道具があるからだと思うけど。冒険者ギルドをこんなに便利に使えるのはAランクの特権だ。
明日の予定が決まったところで、今日はキースリングの家に行くことにする。エーバルトに商会の後見を頼まないといけないからね。一応、不在だと面倒だから、行くということだけは通信の魔道具で伝えておいた。通信の魔道具はオリーヴィアが持っているからエーバルトに連絡したいときちょっと面倒なんだよね。もう一個作って渡してもいいかもしれない。お父様から、魔力炉を供給してもらえるようになったわけだし。
夕食を終えた午後八時ごろ、私は一人でキースリング家を訪れた。こんな遅い時間に行くのは初めてだ。別に、忘れていたからとかそういう理由でこの時間になったわけじゃなくて、単に昼間は来客があったらしい。没落間近だったとはいえ、伯爵家ともなれば来客の一つや二つあって当たり前だ。私がここに住んでいたころもしょっちゅう来客があったしね。他の貴族家の人だったり、商人やキースリング領内の有力者だったりと様々だ。今日来ていたのが誰なのかはわからないけどね。
「お兄様、お姉様。こんばんは」
部屋に入るなり、そう挨拶をする。今日はいつものダイニングではなく、会議室で話をするようで屋敷に来るなり、執事のスヴェンにここまで連行されてきた。やはり只者ではない…
「やあ。こんな時間になってしまってすまないね。昼間は隣領の領主が来ていて時間が取れなかったんだ」
どうやら昼間の来客は結構な大物だったらしい。どんな要件だったんだろう。それに、移動手段が一般的には速度が出ない馬車しかないこの世界で日帰りっていうのは、少々不自然かも。帰るまでに夜になっちゃうだろうし。どこかの町とかを経由していくのかな。
「いえ、全然。こっちはお願いをしに来た立場ですし」
「それでお願いというのは…」
エーバルトの表情が一気に不安気な色に染まる。私と話をするときはいつもこうだ。トラブルを運んでくる厄介な妹とでも思っているのだろうか。ちょっと心外だけど、間違ってはいないから否定もしづらい。…ごめんね。エーバルト。
「ええ。実は―」
そこから少し時間をかけて事の顛末を説明した。重要なのは、商会を開くのに後見人が必要だってこと。他のところはまあ、ほどほどの説明で済ましていく。ヨルダンの事とか詳しくは話せないからね。
「要するに、商会を開くから、キースリング家に後見人をしてほしいということね」
「ええ。もちろん、何か相応のお礼を―」
一通り話し終わったところで、オリーヴィアの言葉にそう返す。彼女の表情を見るのにいい返事はもらえないかもしれない。
「後見人をすること自体は構わないが、君に商会経営の知識はあるのか?」
「ええ。わたくしもそこが心配です」
商会経営の知識か…経営学は本当に基礎の基礎しか知らないから確かに多少不安は残る。でも、ここまで進めてきて、やめるわけにはいかないだろう。
「経営学は基礎の基礎しか修めていないですね。需要と供給のバランスだとか、価格設定についてだとか、後はまあ、やりながら学んでいく感じです。幸い、一番の問題になるであろう資金については、全く不安がないです。多少赤字だったとしても、問題になりませんから。いざとなれば、冒険者業で補填も効きます。もちろん、利益は上がった方がいいですけど、別に度外視でも構わないんですよ。言うなれば趣味の延長です」
「趣味の延長…」
驚いた顔を浮かべるのはエーバルト。さすがに常識範疇から逸脱していたかもしれない。通常、商会の経営なんて生涯をかけて行うものだろうしね。副業という概念が薄いこの世界だと理解されにくいのかな。
「どうせやるなら、経営についてしっかり学んでからにしたらどうかしら。学院には経営学を学ぶ講義もあるわよ」
「そうだな。それがいい」
でた学院。この二人は、どうにかして私を学院に通わせようとしてくる。私は学校嫌いだから通いたくないのに…だって学校というものに、全くいい思い出が無いんだもん。
「そういうわけにもいかないんですよ。今回、商会を開くにあたり、王都の薬屋と合併することになっていますから、開店が遅れるとその期間、王都から薬屋がなくなってしまうんです。そうなると困る人たちがたくさんいます」
どうだ。こう言っておけばゴリ押しは出来ないだろう。何せ影響が計り知れない。薬が手に入らないと死者が出ることもあり得るし。
「薬屋の店主は高齢で、後継もいません。なるべく早く私たちが引き継ぐ必要があるんです」
「そういう事情もあったのね…」
そんな建前でなんとか学院行きを免れた。隙あらば学院に行かせようとしてくるんだから、今後も注意しておかないと…
「学院で学ぶには時間が足りなすぎるというわけか。仕方ないな。とにかく後見人の件は受けよう。法律上は私が君の保護者だ。断る理由もない」
「ありがとうございます。でしたら契約を結びましょう。リターンについてはそうですね…魔道具でどうですか?何か欲しいものとかは…」
兄妹間での金銭やり取りにエーバルトは割と忌避感を示すから、魔道具の方がいいだろう。アニの時もほかに手段がなさ過ぎて仕方なくってことだったみたいだし。
「もちろん、欲しいのは馬のいらない馬車だが、あれは作るのが難しいんだろう?だったらそうだな…転移の魔道具が欲しい」
「転移の魔道具ですか?」
「ああ。物を遠く離れた場所に送ることが出来る魔道具だ。君が使っている、てれぽーとだったか?あれを人ではなく、物で行うものだと思ってくれていい」
「ああ。それなら割と簡単に作れると思います。ですが、自由に送り先を決めれるものじゃなく、事前に登録した場所にだけ送れるものになりますけど、大丈夫ですか?」
「十分だ」
「では、なるべく早く作って持ってきますね」
条件に転移の魔道具を追加して、契約を結ぶ。これで、商会を開く事前準備の半分がおしまいだ。あとは、貸店舗のオーナとの契約に、薬のレシピのやり取り、家具と調度品の完成を待つだけだ!!
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