第百七十九話 薬屋

 準備を終えたら、早速王都に移動し例の薬屋を訪れた。ここに来るのは依頼を受けた時以来だから、随分と久しぶりだね。店主のおばあさんは私たちのこと覚えているだろうか…ボケてるとかは無いと思うけど、単純に時間が空きすぎた。多少印象深いことがあったとはいえ、一度しか会っていない冒険者の事なんて忘れていてもおかしくない。


「ごめんくださーい」


カランカランと扉を開けながらそう声をかけると、真っ先に飛び込んできたのは植物の匂いと、独特な苦味。薬を飲んだわけだわけでもないのに、苦味を感じるなんてわけがわからない。そもそも回復薬自体も別に苦いわけじゃないのに…


「おや、お前さんたちは…」


奥のカウンターで安楽椅子に揺られながら本を読んでいた店主のおばあさんがそう声を抱えてくる。どうやら覚えていてくれたみたい。


「誰だったかの?」


違った。思わせぶりなことを言うから、てっきり覚えているもんだと思ったのに…


「前に超回復薬の素材集めの依頼を受けた冒険者だよ」

「ああ。あの時は大変助かった。昔は素材も自分で最終出来ていたんじゃけど、年には勝てんな」

「そういえば、あれから依頼が来てないけど、どうしてるの?」

「超回復薬なんて高価すぎてそうそう売れるもんじゃないからの。あの時作った分が十分に残っておるわ。普通の回復薬を作るだけなら、市場に出回っている素材だけで作れるから、わざわざ依頼を出す必要もないんじゃ」

「そうなんだ」

「超回復薬は部位欠損まで治療できるもの。売れることは少なくとも、緊急対処として買いに来る者はおるでな。蓄えを切らすわけにはいかなかったんじゃ」


売れることは少なくても、在庫を切らすわけにはいかない薬か。店の利益っていう観点から見ると、厄介な存在だな…売れる見込みは少ないのに、貴重な素材を手に入れないといけないわけだし。


「それで、今日は何の要件じゃ?こうして、おしゃべりに来たわけじゃないんじゃろ?」

「まあね。今日はちょっとした商談をしに来たんだ」

「商談?おぬしらは冒険者じゃなかったのか?」

「たしかに、あたしたちは冒険者でもあるけど、いろいろやってるのよ。商会に資金提供をしたり、宣伝のために名前を貸したり…」


アルトが得意気にそう言う。やってることは間違ってないんだけど、レルナー蜜店でしかやっていない。いろいろやってるっていうのは違う気がする。まあ、わざわざ言ったりはしないけど。


「はあ。そうなのかい。それで、儂としたい商談っていうのは?」

「この店の後継者問題を解決できる手段なんだけど…」


まずは、向こうにとってのメリットを開示する。そうすることで、こっちの要求が通りやすくなるって魂胆だ。


「それが、ホントなら大変ありがたい。さっきも言ったが、儂ももう年だ。毎日店を開けるのも大変での。早く店を引き継ぎたいと思っていたところなんじゃ」

「それは前に聞いたよ。ここが閉まると、王都内に薬屋がなくなっちゃうから困ってるんだよね。つまり、薬屋自体が存続すればいいわけでしょ?」


この店自体を残したいんじゃなくて、薬屋を失うわけにはいかないってことだ。となれば、割と話は簡単に済みそう。


「私たちも商会を作ろうと思っているんだけど、生憎、王都内に貸店舗の空きが無いの。だから、ここを譲ってもらえないかな?もちろん回復薬はそのまま売り続けるし、ただでとは言わないよ」


私のその言葉を聞いたおばあちゃんは、驚きの顔を浮かべる。何に対しての驚きなんだろう。予想外のところから後継者が出てきたことに対してかな。


「願ってもない話じゃの。じゃが、この店で売っているのは回復薬だけじゃないぞ。それはどうする?」

「作り方さえ教えてもらえればそっちも売るよ。…さすがに、超回復薬を作るよりは簡単だよね?」

「まあ簡単じゃな。素材を集めて煮込むだけじゃ。回復薬と違って、誰でも作れる」

「ほかに何か懸念事項はある?」

「ないな。これでやっと隠居できるんじゃ。多少のことは目をつぶるさ」

「私が言うのもなんだけど、ほんとにいいの?全く別の商会に代わるってことだよ?」

「長年続けてきた店じゃから、多少の思い入れはあるが、別にやりたくてやっていたわけでもないからの。本当は、儂は服飾の店をやりたかったんじゃ。それを回復薬が作れるとわかった途端、王族からの薬屋を継ぐことを強いられた。当時は隣国と戦火を交えている状況だったからな、回復薬がなるべく多く必要じゃったんだろう」


おばあさんの口から出た言葉は想像以上の物だった。やりたいことが出来ないっていう苦労は私もわかる。この年までやりたくもないことを続けてくるのはさぞ辛い事だっただろう。


「それじゃあ、ここを譲るお金で好きなことをして過ごしなよ。どれくらい欲しい?」


こんな言い方だと、金に物を言わせているみたいでなんか嫌だな…でも、せっかく場所を譲ってくれるわけだし、それに見合った金額を払いたい。


「それは、お前さんがきめればいいさ。老い先短い身であるし、そんなに金は必要ないからの。それに、この店は貸店舗じゃ。オーナーでもない儂に金を払うというのもな」

「そっか。じゃあとりあえず金貨を何枚か包んでおくよ。オーナーへの取次なんかはお願いしてもいいかな?」


この様子だと、お金を渡しても突き返されそうだから、さっさと別の話題を流すことにする。そっち脳のリソースを咲いてくれれば、そうはならないとだろうからね。


「かまわんよ。そうじゃな…一週間ほどたったらまたここにきておくれ。事情を説明しておこう。あと、店の片づけを手伝ってくれたらありがたいんじゃが…」

「もちろんいいよ。それも一週間後でいいかな?急に店を閉めるわけにもいかないでしょ?」

「そうじゃな。それで頼む」


 そんな感じで交渉は終了した。上手くいってよかったけど、あのおばあさんの過去に対してなのか、なんとなくモヤモヤが残った。



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