第百七十七話 商会設立に向けて

 とりあえず、商会を作るという今後の方針が決まったわけで、私はヨルダンと雇用契約を結んだ。条件としては彼が書いた物語を長さや内容を考慮したうえで買い取るというものだ。その物語をどのような形で販売するのかは私が決めることが可能で、売り上げの一割が追加でヨルダンに入るってことになっている。要するに印税だね。あとは追加で、私たちのことに関する秘密保持契約も結んだ。これにより、詳しい話をいろいろすることもできたわけだけど、話しているうちに、向こうの反応がよくわからんことになってきたんだよね。なんていうか、何言ってんだこいつみたいな…まあ、信じられないようなことも少なくないけどね。先代魔王に会ったとか、未発見のダンジョンを見つけたとか…私たちの置かれた状況と立場さえ伝わっていればいいから全部信じてもらう必要はないからいいけど。


 明くる日。今日からは商会設立のための情報収集だ。メンバーは私を含めたいつもの四人。ヨルダンは、拠点内の自室を整えると言っていた。まあ、彼は直接商会運営にはかかわらないから情報収集をしてもらうのも気が引けるし丁度よかった。


 とりあえず、いつもの如く王都の冒険者ギルドで聞き込みをしてみたけど、さすがに守備範囲外だったみたいで、特にめぼしい情報を得られなかった。そのため、登録をブランデンブルクに戻しただけで終わってしまった。ついでに依頼も見てきたけど、特に面白そうなものも無かった。強いて言うなら遺跡の調査依頼があったけど、その遺跡も近代の物らしく、そこまで興味をそそられなかった。古代遺跡とかなら聖勇戦争の手がかりとかがあるかもしれないのに…


 「やはり冒険者ギルドは管轄外でしたね」

「まあ、予想通りだよね。アルトたちは何かわかったかな…」


今日はアルトとイザベル、私とアニで二人一組の別行動だ。情報収集をするのに一緒に動いていたら効率が悪いからね。ギルドの登録はパーティー単位で行っているから、私たちだけでも変更できるし、問題ない。ちなみに、アルトたちはハンネの店に行っている。あそこは商会というより商店だけどね。いや、そもそも商会と商店の違いって何なんだろう。そこも調べた方がいいのかな。


「どうでしょうね。そもそもブルグミュラーの町で商会を起こすのと、王都で起こすのでは条件に差があるかもしれませんし、アルト様たちが情報を得ていたとしても、私たちが情報収集を続ける意味はあると思いますよ」


ちょっと面倒に感じてきて、一旦切り上げちゃおうかななんて思っていたのもアニにはお見通しだったみたいで、そんなことを言われてしまう。


「そ、そうだね。じゃあ…パーゼマン商会にでも行ってみようか。久しぶりに蜂蜜パイも食べたいし」

「混みあっていないといいですね」

「あそこは商会せいだから、お客さんが一気に流れ込む時間とかは無いと思うけど…あ、そうだ。この前貰ったピンズをつけておかないと」


初めてパーゼマン商会を訪れた時にもらったピンズ。これが紹介を受けた証拠になるから、つけておかないと入店できないんだよね。


「アニも付けといてね」


収納魔法から二つのピンズを取り出し、一つをアニへ渡す。ピンズのことを思い出して良かったよ。いらないやり取りが増えるところだった。


「そういえば、今日も演劇はやってるのかな」

「さっき掲示板を軽く見てきましたけど、通常通り行っているみたいですよ。新しいお話の入手は出来なくても、今まで使っていたものがあるわけですからね」

「でも、新しいものが無ければ、だんだん客は飽き始めるよね。さて、いくらで売れるかな…」


 そんなことを話しているうちに、パーゼマン商会に到着。都合のいいことに、私たち以外の客はいないみたい。これならゆっくり話を聞けるかも。


「どうも」


今日は蜂蜜パイ以外の商品を買うつもりもないから、早速店主に声をかける。情報収集がメインだしね。


「これはこれは…お久しぶりでございます。あの時は大変助かりました。…本日は蜂蜜パイをご入用ですか?」


久しぶりとはいえ、私たちのことは覚えていたみたいで、そう声を返してくる店主。


「それもあるんだけど、今日は聞きたいことがあって…」

「聞きたいことですか?少々お待ちください。先にパイの調理を指示してまいります。いくつほどご入用ですか?」


さすがは商人というべきか、利益が出る方を優先した様子。まあ、焼き上げの時間を無駄にしないために配慮してくれている可能性もあるけどね。まあ、私としてはどっちでもいいんだけど。


「じゃあ四つで」


パイ一つは小さめのホールケーキと同じくらいの大きさだから、四つもあれば使用人たちも含めて全員分を賄える。たまにはこういう差し入れがあってもいいだろう。


「かしこまりました」


そう言って一度下がった店主は、一分もたたないうちに私たちの前へ戻ってきた。ホントに指示を出してきただけみたいだね。


「それで、聞きたいことというのは…」

「うん。うちで商会を開きたいと思ってるんだけど、必要な手続きとかを教えてほしくって」


単刀直入にそう聞いてみると、なんというか、困ったような顔を浮かべる店主。もしかすると難しい事なのかな。


「新しく店を開くこと自体は、難しくないですよ。店にする場所―要するに貸店舗なんかですね。それを見つけたら、役所に申請するだけで完了です。その際、店の規模によって税金を取られますのである程度お金を用意した方がいいでしょう。私どもの店で金貨一枚だったので、目安にしていただければと…問題は商会を開いてからでしょう。新参者の商会はそれだけで煙たがられます。既に存在している商会と客を奪い合うことになりますから…」

「そこはあんまり問題ないかな。私たちが扱うのは、物語と新しい料理のレシピだから。もしかすると、書店なんかとはぶつかるかもしれないけど、同じ内容の物語を売るわけじゃないし、何とかなると思う」

「そうでございますか。でしたら、その点は問題ないでしょう。後は開店後や、店主交代の際、しばらくは後見人が必要ということでしょうか。トラブルが起こった時のためですね。通常、商会は親から子へ受け継がれるものなので、その親が後見をすればいいのですが、新規開店の場合だと、何処かの大店などに頼むことになるでしょう」

「それって、必ず商会の後見人が必要なの?」


商業関係者じゃなくてもいいなら、後見人はエーバルトの名前を借りればいい。伯爵の後見となれば、力強いことこの上ない。


「必ずしもそういうわけではございませんが、大体は商業関係者になりますね。詳しい知識がある分、問題の解決が容易になりますから」

「問題の解決さえできればいいんだよね。だったら、お兄様―キースリング伯爵に頼むことにするよ」


名前を借りるわけだから、幾何かのお礼は渡すべきかな。何なら魔道具とかでもいいかもしれない。その場合、魔力供給も請け負うことになるどね。まあ、そこはまた相談だ。


「伯爵の後見ですか…うらやましい限りです」


あれ、もしかして後見の立場を狙ってたのかな。だとしたら悪いことをした。話を聞くだけ聞いといて何も返さないのは悪いし、情報量でも支払っておこうかな。


「いろいろ教えてくれてありがとう。お礼と言っては何だけど、今後何か問題があったらいつでも頼ってくれていいよ。Aランク冒険者としてでも、伯爵令嬢としてでもね」


この店は私が庇護するよってことだね。情報量よりもこっちの方がうれしいんじゃないかな。私が庇護するってことになれば、保護者である伯爵家の庇護を得たのも同然だからね。


「それはそれは…大変ありがたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。…こちらご注文の蜂蜜パイです」


話が終わるのを見計らったかのようなタイミングで蜂蜜パイが渡される。これが一流の仕事ってやつか。気遣いを大切にしているのが伝わってくる。


「これ、料金ね。あ、おつりはいいから。情報料代わりに取っておいて」


用は済んだと金貨を二枚ほど渡して店を出る。ありがとうございました。というお礼の声が背中越しに聞こえた。

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