第百七十六話 お仕事の話

 私の話を聞いて、前世の生い立ちを知らないアルト以外のみんなは驚いたり、怒ったり、悲しそうにしたりと多種多様な反応を浮かべていた。やっぱり、人の不幸な話なんて聞いていい気分がするものじゃないよね。私を恨んでいるとかならともかく…


「もしかして、今世の幸福度だったり、立場なんかは前世と逆になるようになっているのではないでしょうか…」


ヨルダンの不穏な呟きが聞こえる。


「どうしてそう思うの?」

「私の前世は、割とありふれたものでしたけど、今世はその逆で両親が罪を犯し、普通とは程遠い生活を送っていました。その点、お嬢様は前世の苦労が報われるような立場でしょう?貴族に生まれ、この世界の中では高水準な生活をしているのではありませんか?」

「む。それはちょっと心外だな…私だって大変だったんだよ。生まれた直後に毒沼に落とされたり、人身売買されそうになったり…」


さすがに、出自だけでいい暮らしが出来てると思われるのは心外だ。冒険者として成り上がることが出来たから、今の暮らしがあるわけで、私が貴族であることなんてそこまで関係ない。まあ、確かに、多少運がよかったのは認めるけどね。毒沼に落とされても死ぬどころか聖女として力を得ることが出来たし、アルトとも出会えたからね。


「き、貴族も大変なのですね…」


少し顔を青くして、引いたようにそういうヨルダン。まあ、私がハイデマリーとして生まれてからのことは詳しく話していないからね。貴族と冒険者で二重に活動してて、秘密も多いし。さすがにほぼほぼ初対面の彼に教えるわけにもいかない。そういう話はちゃんと契約を結んでからだ。


「まあ、詳しい話はあとにして、ここからはお仕事の話ね。ヨルダン、あなたに頼みたいのは、もちろん、物語を書くこと。売り方はこれから模索していく予定だけど。本にするのか、劇団に売るのか…あなたがいたところでも結構な利益が出ていたはずだから、似たようなことをしようとしている所もあるはず。一番条件良く買い取ってくれる場所に売るか、それとも、どこにでも一律の値段で売ることにするとか、条件も考えないとね。どこか一か所に売るなら値段を釣り上げて、いろんな場所に売るなら、一つ当たりの値段は少し下がることになると思う。逆に本として売るなら製本費用が掛かるから、少し値段が高めになる。元々高価なものだから少し値段設定を高くして売っても、ある程度は売れるだろうし、利益も出ると思う。厚利小売ってやつだね」


ぱっと思いついたことをすらすらと述べていくと、みんな興味深そうに聞いている。みんなは商売の経験がないからかな。ブラック企業勤めの経験が役に立っているわけだから、私が死んだのも完全に無意味だったわけじゃないと思えるようで、なんだか少し救われたような気分になる。


「ですが、販売はどこかの商会に委託することになりますよね。こちらの条件をすべて飲んでくれるとは限らないのでは…」

「そうね。そもそも知り合いの商会なんて、何度か仕事を受けただけのパーゼマン商会と、ハンネのところの蜜店しかないじゃない。蜜店の方は物語の扱いなんてないし、パーゼマン商会は蜂蜜パイ以外の物も売ってるけど、こっちの条件をそのまま飲むような商人じゃないわ」

「それは私も思った。だから対策を考えたよ…」

「勿体ぶらないで早く教えてよ!!」


私の言葉に対して、なんかワクワクしているかのようにそう言うイザベル。もしかすると、私がしようとしていることに予想が出来ているのかもしれないね。一方ヨルダンは戸惑いを隠せていない。私以外の三人を従者か何かだと思っていただろうから、そこに対しての戸惑いと、話の展開が見えないことへの戸惑いがあるのかな。まあ、見知らぬ場所に連れてこられたわけだし、仕方のないところもあるんだけどね。まだ転生者だってこと以外に詳しいことも話していないし。


「私たちで商会を作ろう!!」

「…確かに、それが一番合理的ですね。ですが商会なんてどうやって開くのでしょうか。それに、売る商品が物語だけっていうのも…従業員や場所を借りるならそこの料金の支払いもありますから、少し心もとないのでは?」

「ああ。売る物についてはいくつか考えてるよ。回復薬を作って売るとか料理のレシピなんかも売ろうかなって思ってる。これは試食って言って試しに少しだけ食べれるようにしておけば、こっちの売れ行きもいいだろうし。回復薬の方はハンネのところみたいにしておけば…」


そういうと、Aランク冒険者御用達といったように扱うということが分かったようで、アルトとアニが納得したというような表情を浮かべている。ヨルダンには、まだ冒険者であることは言ってないから、念のため明言はしないようにしておきたいからね。イザベルはわかってないかもしれないけど、あとでまとめて説明すればいいや。


「まあ、問題はどんな商品を扱うかより、どうやって商会を開くかなんだけどね」


何処かに許可を取るとか、登録をしなきゃいけないとか資格がいるとかわからないことだらけなんだよね。特に回復薬は心配だ。作り方は依頼で正確に教わっているとはいえ、医師の資格とか薬剤師の資格があるわけじゃないからね。そもそもそんな資格は存在しているのだろうか。この世界に来てから病気もケガも自分で解決できるから、医者にかかったこともないしそこら辺の事情には疎いんだよね。


「また情報収集をしないとかもね」

「そうだね。今のままだとギルドも使えないから、登録をこの国に戻さないとだし」


冒険者ギルドの登録がナハトブラオのままだから、いつも便利に使っている冒険者ギルドが使えない。情報収集に限っては不便なことこの上ないだろうし、登録を戻しておくべきだ。ナハトブラオも王都まで行くことが出来て、国を見て回ることは出来たしね。そういえば、あの教会は今どんな感じになっているんだろう。


「あ、あの…商会を開くなんて大きなことをするなら、ご当主様にご相談しなくてはいけないのではないですか?私を引き込むことに許可は出ていたみたいですけど…私も、挨拶をしなければならないでしょう?」


ヨルダンが戸惑いながらそう言う。私たちの事情を詳しく話していないから仕方ないけど、微妙に話がかみ合っていない。彼が言っていることは全部必要ないことだ。今回、キースリング家は無関係なことだし。


「必要ないよ。たぶん、キースリング家…あ、私の実家ね。そこよりも私たちの個人資産の方がはるかに多いし、とりあえずはあそこの助けを借りる必要もないから。もしかすると貴族としての口添えなんかは頼むかもしれないけど、まあ、それはそうなった時に考えればいいよ」

「は、はあ。ですが、私はしばらくこの屋敷に滞在することになるのですよね。だったら挨拶くらいはするべきなのでは…」


ああ。なるほど。この屋敷をキースリング家の本家だと思っているのか。それくらいは説明しといてもいいかな。


「この屋敷はキースリング家の本家じゃなくて私たち個人の持ち物だから、エーバルト―キースリング家の当主はいないよ」


その言葉を聞いたヨルダンは今度こそ、ぎょっとしていた。得体のしれないようなものを見るような目だね。まあ、事実そう感じているんだと思う。


「詳しい話は契約の後だね。仕事の条件とは別に、これから話す私たちの秘密を他言しないって条件を付けさせてもらう」

「それは全くかまいません。契約があろうとなかろうと、貴族の方が抱える秘密なんて誰にも話せませんよ。後が怖いですからね」

「じゃあ先に契約を済ませちゃおうか。いろいろ伏せて話すのも面倒だし」


そこから話は契約内容へと移り変わっていった。

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