第百七十三話 接触

 今回の公演はどうやらロミオとジュリエットを元にしてるお話っぽい。人物の名前とか舞台になってる場所とかはこっちの世界に馴染みそうな名称になってるけど、話の内容はほとんどそのままの感じだね。悲劇的な結末を迎える話だから、観客の反応は大喝采とかではないけど、わりと受け入れられてはいると思う。本も高価で物語に触れる機会なんて、口伝として語り継がれているようなものくらいだろうから、どんなお話でも楽しめているんじゃないかな。内容は知ってると私でも、十分楽しめたしね。


 「いかがでしたでしょうか?」


みんなでアフタートークを楽しんでいたところに、主催者のクルトが戻ってきてそう声を変えてきた。声を掛けてくる前にアニが一瞬後ろを確認していた理由が分かった。こんな時にも周囲の警戒を怠らないアニはもはやメイドでは無くて護衛って感じだね。


「大変楽しめたわ。結末に関しては賛否が分かれそうだけど、わたくしは気に入ったわ」


オリーヴィアをお手本にした口調でそんな風に言ってみる。


「それはよかったです」


そう言って、誇らしそうに笑みを浮かべるクルト。さて、ここからが本番だ。どうにかして影武者とかじゃない、本物の作者を引き出さないと。


「このお話を書いた者を直接連れてきてもらえるかしら?直接褒章を与えるわ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


あれ、意外とすんなりいったね。少しくらいはごねてくると思ったけど、嫌がる顔一つ見せなかった。秘密保持の観念がガバガバなのか、影武者を連れてくる気なのかは知らないけどね。まあ、影武者かどうかは日本の話を少しすれば判断できるでしょ。慣用句なんかと同じように、向こうの世界から流れてきたっていう可能性も無くはないんだけど、ほぼゼロだと思うんだよね。一つの物語ならともかく、複数のお話があるわけだし。仮にそうだったとしても、向こうの世界とコンタクトが取れるわけだからそれはそれでいいのかもしれない。


「ホントにあなた以外の転生者がいるのかしら」


アルトが小声でそう呟くのが聞こえてくる。ここに来るまでに一応、みんなには今回転生者に会うことになるかもしれないってことを話しておいた。アルトとアニは驚いてたけど、ある意味納得もしていた。二人が見てきた演劇の物語は、向こうの世界の物の可能性が高いってことを言うと、新しく考えたんじゃないなら、全く知られていない新しい物語が多く作られているのも不自然じゃないってことだった。イザベルはよくわかっていなかったけど、他の世界には物語がたくさんあるってところにはすごく興味を持っていた。あれは好奇心むき出しって感じだったね。今度色々話してあげようかな。どんな話がいいかな…やっぱりスポーツ関係?シュトレイヤーだっけ。スポーツの話が書かれた本をこの前買ってたし。いや、でも向こうのスポーツのことを口で説明して理解できるのかな…サッカーとか大人数が必要なのは無理だけど、テニスとかならやりながら道具を作ってやってみてもいいかもしれない。実際にやった方が説明も簡単だしね。


「可能性は高いと思うよ」

「お嬢様と同郷の方ということですよね。どんな方なんでしょうか」

「やっぱり知的な人とか?異世界に元になるお話があるんだとしても、こっちの人たちに受けるようにするのはそんな簡単なことじゃない?」

「イザベルの言うことも分かるけど、名前と場所あとはちょっとした変更だけだから、そこまで大変じゃないよ。向こうの世界だと、義務教育って言って七歳から十五歳までの全員が必ず学校に通って教育を受けなければいけなかったの。私が受けた貴族教育と比べても高度な教育だったって言えるんじゃないかな。あれを受けてたらこのくらいのアレンジをできる人は結構多いと思うよ」

「全員って、そんな長い間教育を受けさせるなんて、すごいお金がかかるでしょ。貴方がいた世界は確かにものすごく栄えているようだったけど、さすがにすべての人が貴族並みの資金力があるなんて信じられないわ」

「国とか自治体―こっちで言うと領地かな。そこが運営してる学校ならそこまでお金もかからないで通うことが出来るんだよ。それこそ、こっちの教育資金と比べたらタダ同然でね」


わざわざそんなことして何の意味があるのとでも言ったような顔だね。教育は大事なんだけど、その説明はちょっと難しい。向こうの世界で義務教育を受けていないと、普通に生きていくことすら難しいけど、こっちは学校教育を受けなくても普通に社会が回っているわけだからね。まあそれは教育を受けていない人が大多数だからなんだろうけど、教育がすべての人に行き渡れば文明レベルも上がっていくだろうから、絶対にした方がいいことではある。向こうの世界を知らない三人にこの説明を理解してもらうのはちょっと難しいかな。


「まあ、身分制度があるこっちの世界じゃ難しいだろうけどね」


恐らく支配層である貴族は平民が愚かであれば愚かであるほどいいと思っていると思う。そっちの方が盲目的に従ってくれるから―




 「お待たせいたしました。こちらが本公演の作者になります」


そんな会話をしているうちに、クルトが一人の青年を連れて再び戻ってきた。いや、青年って言うには幼すぎるかな。せいぜい十二、三歳ってところだ。まさかこんな子供だとは思わなかった。まあ、転生者である私も子供なわけで別におかしい話ではないんだけどね。中身と見た目の年齢が釣り合わないなんてのは転生者なら当たり前のことだし。


「まだ子供ですが、大変な才能を持っています。ほら、挨拶を」

「お、お初にお目にかかります。わたくし、ヨルダンと申します。家名はありません」


緊張した面持ちでそう自己紹介をしたヨルダン。腰を掛けている私を見下ろさないようにするためか、軽く跪いている。クルトはそんなことしてなかったから、もしやこの子の方が貴族の対応をしっかり知っているんじゃないだろうか。まあ、私は別に気にしないから跪こうがしなかろうが別にいいんだけどね。


「ヨルダン。大変見事なお話でした。後で褒章を渡しましょう。こんな見事な物語を掛けるんですもの。貴方の育った環境はさぞ良い物でしたのね。出身はどこかしら。わたくしは

ニホンという領地じゃないかと思っているのだけれど…あそこは物語が豊富だと聞くし…」


私のその言葉を聞いたヨルダンの表情は目玉が飛び出しそうなほどの驚愕に染まっていた。

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