第百七十二話 演劇の調査
そんなわけで、私はいるかもしれない転生者と接触するために、王都で演劇を行っている、いわば劇団に手紙を出すことにした。Aランク冒険者ハイデマリーとしてではなく、ハイデマリー・キースリング伯爵令嬢として。アルトとアニの言う話では、地べたに座ってみることになるから、貴族が来るってことは無いだろうってことだった。他の貴族に私がいることが知られないなら、堂々と貴族の身分を使うことが出来る。もちろん、手紙を出すにあたって、私が本当に貴族だってことが分かるようにエーバルトから紋章を使う許可も取り付けている。当主の許可なく、勝手に紋章を使うのは重罪になるらしいからね。今更、法なんて気にしても仕方ないかもしれないけど、友好的な関係を気づけているキースリング家と不和は生みたくないし。
そもそも、なんで私が貴族として接触したのかと言えば、作者が秘匿されていた場合、冒険者の身分だと、強制力が無くて会うことが出来ない可能性が高いからだ。その点貴族としてなら、「素晴らしいお話だった。作者を連れてきなさい」とでも言えば向こうは断れない。影武者というか、全く違う人物が連れてこられる可能性も無くは無いけど、詳しい話を聞けばそれは判断がつきそうだし。後は、貴族が来るってことで特別席でも用意しておいてほしいよね。貴族の衣装で行くなら、地面に座るのは汚れるから嫌だ。
後は、いつ行われるどの公演を見に行くってことを書いて、アニに手紙を出しに行ってもらった。テレポートで送り迎えはするわけだけど、貴族としていくなら私が直接私に行くわけにはいかないからね。さて、どんなことになるか楽しみだ。
数日後。私たちは貴族エリアに移動して、そこからは馬車で移動することにした。テレポートで直接会場に行くより、貴族の紋章入り馬車を使った方が貴族らしさが出せる演出かなと思って。私は馬車を持っていないから、貸し馬車っていう、いわゆるタクシーを使うことになるけどね。この貸し馬車も貴族用と平民用でしっかり分かれている。だから、貴族の紋章入り馬車があるわけだ。
「今日の公演は私たちも見たことのないものですから、楽しみです」
馬車の中でそう言うのはアニ。今日はイザベルとアニ、アルトと私の四人だ。護衛を連れていないとおかしいから、剣を持っているアニには軽い鎧―ライトアーマーとか言うのかな?とにかくそんな冒険者っぽい恰好をしてもらって、アルトとイザベルは従者のような格好だ。スラックスに白シャツのラフな格好だね。
「随分とハマってるみたいだね」
「そう…なのかもしれません。今までこういったものを観ることはありませんでしたから。存在自体も知らなかったですし」
「こういうの、向こうの世界では演劇って言うんだけど、他にはそういうことをやってる団体は無いのかな?」
「あるかもしれないけど、ここまで人気なものは無いでしょうね。物語を作るのも大変だろうし」
まあ、そうか。向こうの世界と違って、物語とかお話に触れる機会は全然ないだろうからね。
「でも、そんな大規模で儲かりそうなことをやっているならすぐに真似されちゃいそうだけど…」
イザベルの呟きは的を射ている。著作権とか知的財産権とかそういう権利が存在しないから、盗作なんてし放題だ。
「物語を真似して似たような劇をすることは出来るだろうけど、魔道具を使っている演出を真似するのは難しいんじゃない?確か貴重な魔道具も使っているんでしょ?話の内容を真似されても、そういうのは真似するのが難しいから」
「水を出す魔道具はなかなか手に入らないわね。それに天幕の方も手に入れるのは無理なんじゃないかしら。あれは自作とか特注の魔道具だろうし」
例の動く布だね。あれは私も欲しいけど、どう作ったらいいのか全然分かんないんだよね。今回、あわよくばそれも詳しく見れないかと思ってる。
そんなことを話している間に、馬車は会場である広場の前に到着した。すぐ近くだったからそんなに時間もかかってない。馬車を下りればすごい人だかりなのに、私たちが歩くための道がまっすぐと出来ている。気分はまるでレットカーペットを歩く大スター。まあ、それだけ平民たちは貴族を恐れているっていうことにもなるんだろうけど。阻喪をすれば首が飛ぶことだってあるらしいし。
そんな対応で気分が乗った私は、貴族としての意識を抜群に発揮し、恭しく、気品が良く見えるように最大気を使って歩みを進める。自分で言うのもなんだけど、すごく絵になると思う。あ、向こうは屋台が出てるんだ。軽食なんかが売ってるのかな。どうせなら食べてみたかったけど、今日はしょうがないから我慢だね。私が行ったら店側の対応も大変だろうし。
「お待ちしておりました。わたくし、本催しの主催者クルトと申します。本日は特別席をご用意しておりますので、ご案内してもよろしいでしょうか?」
カーペットの無いレッドカーペットを進んだ先で待機していたであろう主催者がそう声を掛けてくる。随分と緊張しているみたいだけど、顔の表情はよく取り繕われている。もしかすると、今回、私が訪れたことをチャンスだと思っているのかもしれないね。客に貴族はいなかったみたいだし、新たな客層開拓になると思っているのかな。
「よろしくてよ」
あんまり貴族として平民とコミュニケーションをとることが無いからどんな口調を取ったらいいのか分からない。まあ、偉そうにし過ぎて反感を買うのも嫌だし、それっぽくいけばいいかな。
「では、ご案内いたします」
そのままクルトについていくと、運動会の保護者席のようなテントが張られた場所に長椅子と机が設置されていた。他の客は普通に芝生があるとはいえ、地べたに座っているだけだから、特別席っていうのは間違っていないのかな。場所も舞台が見えやすいように最前列から少し離れた所で、テントより前には人が一切座っていない。ちゃんと鑑賞できるように配慮もされている。
「それでは、開演まで、少々お待ちください。何か御用があれば、こちらの者にお申し付けをお願いします」
そういって退席の挨拶をしたクルトは一度去っていった。代わりに置いて行かれたのは、二十代後半くらいの執事服の男。もしや、今日のために雇ったのかな。
「なにか飲み物をもらってもいいかしら」
早速そう声を掛けてみると、「かしこまりました」と言ってそそくさと指示を出している。若いけど、仕事は出来るみたいだね。
「お待たせいたしました。レモネードでございます。わたくしどもの商会が開発した新しい飲み物です。」
ああ。これはたぶん転生者がいることはほぼ確実だね。レモネードなんて知識が無きゃ作れないだろうし。…うん。味も向こうのレモネードと変わらない。あ。毒見しないで飲んじゃった。私は浄化があるから毒は聞かないけど、貴族としては迂闊だったかもしれない。違和感を持たれなければいいけど…
『皆様。ようこそおいでくださいました。今回の演目は、恋物語となっております。是非お楽しみください』
そんな中、マイクとスピーカーを通したような音量で開始の声が告げられる。さて、どんな感じで行われるのか楽しみだ。
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