閑話 アルトとアニの演劇鑑賞①
『時は、魔物蔓延る太古の時代。かつての王都にほど近い村に暮らしていた老夫婦がおった』
さっきの注意事項に続いてそんな声が響き渡る。さっきの声は、随分若いように感じたけど、今度は初老の女って感じかしら。たぶん、声を拡大する魔道具かなにかを使っているんでしょうね。魔術を使っているなら声の主を変えることは出来ないだろうし。まあ、声を出した二人ともが魔術使いだったら別だけど、魔力の反応的に近くに私たち以外の魔力持ちはいないから、たぶん魔道具で間違いないわね。これだけ繁盛しているみたいだし、魔力持ちにお金を払って魔力を供給してもらってるんでしょ。
『ある日、お婆さんが川で洗濯をしていると―』
その声を合図に、台の上に老婆と流れる水が現れたのが見える。老婆が魔道具を発動させて水を出したのかしら。水を出す魔道具は貴重な物なのに、贅沢な使い方ね。
「貴族でない方は川で洗濯をするのでしょうか…水がきれいとは限らないのに…」
周りの客に配慮してか、小声でそう呟くアニ。アニは幼いころからメイド教育を受けていたから、川で洗濯をするなんてことはあり得ないことみたいね。うちの拠点の洗濯は、ハイデマリーの浄化が施されたきれいな水が使われているけど、他の貴族家なんかはどうしているのかしら。やっぱり、井戸の水とかを使うんだと思うけど。
『川の上流の方から、それはそれは大きい果実が流れてきた。老夫婦は大変貧乏な暮らしをしていたため、これは好機とばかりに、流れる果実を確保した。いざ相対してみると、それは何日かけても食べきれるとは思えないほどの大きさだった』
その言葉と共に、水が流れる台の上の窪みに、巨大な果実が流れてきた。あれはどんな果実なのかしら。初めてみる物ね。ピンク色で少し変わった形をしているわ。まあ、あれはさすがに本物じゃあないでしょうけど。
『老婆が家に果実を大変苦労して持ち帰り、仕事に出ているお爺さんの帰りを待つことにした。狭い家を埋め尽くさんばかりの果実と共に』
すると、台の下から寝台を囲んでいるような天幕を厚く、大きくしたような布が登り上がった。あれも魔道具ね。誰かが上げたようにも見えなかったし。
「あの布…魔道具でしょうか?」
「おそらくね。でも、動く布の魔道具なんて他に使い道が無さそうね」
「そうでしょうか。自動で開け閉めできるカーテンとか作れそうじゃないですか。…後でお嬢様に教えて差し上げましょう」
「でも不思議よね。布なんかのどこに魔力炉を仕込んでいるのかしら…」
裏側にポケットを作って入れておくとかそのくらいの方法しかあたしには思いつかないわ。でも、そんなの見た目が美しくないしさすがに他に何か方法があるんでしょ。ちょっと詳しく見てみたいわね。
『お爺さんが家に帰ってくると、お婆さんは早速とばかりに果実に刃を入れ、真っ二つに割ろうとしたその瞬間、なんと中から赤ん坊がでてきたではないか!!お爺さんもお婆さんもこれにはびっくり仰天。この果実には赤ん坊が封印されていたのです』
さすがに赤ん坊は人形を使っているみたいね。いきなり泣き出したりなんかしたら、台無しになるだろうし。でも、赤ん坊を封印?何の意味があってそんなことをするのかしら。わざわざ封印なんかしなくても、無力な赤子ならすぐに処分できるでしょうに…もしかしたら、何かから逃がすために封印したのかもしれないわね。それなら納得できるわ。封印が解けない限り、他者から害されることは無くなるわけだし。まあ、果実を二つに割るだけで解けてしまうような封印ならあんまり意味なかったでしょうけど。
『二人は、いきなり現れた赤ん坊をはじめは不気味がったが、子が成長し家を出て久しく、寂しさを紛らわせるようにハイラントと名付け、育てることにした。』
すると、再び天幕が上がる。どうやら場面を変える時に使っているのね。上手いやり方だわ。
『ハイラントはすくすくと成長し、数年で成人と同じような体格、知能を得るまでになった。普通なら家を出、自立してもいいころではあるが、ハイラントは年老いた二人の育ての親を心配し、家の仕事を手伝いながら暮らしていた』
天幕が取り払われると、再び場面が変わったようで、今度は畑仕事をしているような場面になっているわね。天幕がある時間はそんなに長くないのに、短時間で場面を変えるのはどうやっているのかしら。この催しは不思議なことがいっぱいね。
『ある時、野菜を売りに町へ赴くと、掲示板の周りに人だかりが出来ていた。そこに書かれていた内容は、近辺に略奪を繰り返す小鬼の群れが発生しているということだった。それを見たハイラントは家に帰るなり、「俺が退治してきます!!」と勇敢にお爺さんとお婆さんに宣言したのだった』
『その宣言を聞いたお爺さんは、なけなしのお金で、武器と防具を買い、ハイラントに与えた。ハイラントは、町の中でも他にかなう者がいないほどの力自慢であったが、二人は大層心配していた』
『そしてお婆さんは、先祖代々に伝わる特殊な調理法を用いた、携帯食をハイラントに与えた。「これを仲間にしたいものに与えなさい」という言葉と共に』
『これにて前半の終幕です。再開は三十分後となります。再開までしばしお待ちください。一時退場をされる場合、入り口で再入場券をお受け取りください』
そんな声と共に再び天幕が。全く良いところだったのにここで切るなんて性格が悪いわね…でも、周りの客にそんな様子はない。もしかするとこの催しでは途中休憩は当たり前のことなのかしら。それだと、あまり態度を乱すのもあれね。
「いいところでしたのに、残念ですね」
「そうね。でもたった三十分待つだけよ。これぐらい我慢できなきゃ恥ずかしいわ」
内心の動揺を隠しながら、あたしはアニにそう告げた。
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