第百六十七話 家族の社交②
そこから小一時間はエーバルトとオリーヴィアがお父様が去ることになってからのことを詳しく話し始めた。私が幼かったころや、家を出た後のことなんかは私も知らないことが多かった。特に私がいなくなった後は結構てんやわんやだったみたい。私が王宮を爆破した直後に王家から使者がきて敵対しないことを宣言されたり、あの女が死んだことが分かったから、急ピッチで継承の儀式をしてさて執務にかかるかと思ったら金庫が空っぽでどうしようもなく借金までしたらしい。今は返済して何とかなったみたいだけどね。まあ、ヘルマン侯爵から巻き上げたお金もあったしね。というか、そんな話を聞いていると、言外に私のせいだって言われているみたいで、ちょっとあれだな…いや、私は悪くない。全部あの女のせいだ。
「何というか…波乱万丈だな…」
「確かに平穏とは言えない生活でしたが、退屈はしませんでしたよ」
少し疲れた様子でカップに残ったお茶を飲み干しそう言うエーバルト。
「国王が変わるほどの事態にまで関わっているとは思わなかった。王宮を破壊したということは聞いていたが…いや、考えてみれば当然か。ハイデマリーに追及が来なかったということは、別の誰かが責任を取らなければならなかったのだろう」
爆破を実行した張本人である私にその追及が来てないなら当然の結末だというばかりにそう呟くお父様。まあ、実のところ賠償金云々のやり取りはあったんだけどね。私が突っぱねて追い返しただけで。
「私が話せることはこのくらいでしょうか。ハイデマリーがある程度話しているみたいでしたので、家を出てからの話ばかりになりましたが…」
「ああ。君たちがどう暮らしているのか気になっていたからな。知ることが出来てうれしいよ。苦労しているときに何も手助けできなかったのは心苦しいが…」
それはきっと、本心から出た言葉だった。
「お父様のお話も聞かせてください。ハイデマリーからナハトブラオに戻る経緯と戻ってからの生活は聞いていますから、そうですね…向こうはどんな国なんでしょう?」
少しの間をおいて、オリーヴィアがそう切り出す。お父様を招くことに同意した彼女の理由は、ナハトブラオの情報が得られれば、他の貴族家に対して優位に立てるかもしれないからだってことだった。要するに、この話はオリーヴィアにとっての本題だってことだ。
「そうだな…向こうは知っての通り、魔道具大国と呼ばれている。そうなったのは、魔道具に使われる貴重な部品の量産に成功したからだな。政治体制はこの国と同じ王政。もちろん、貴族家の数もそこそこある。ちなみに私の実家は騎士爵家だ。まあ、今はしがない役人だがな。人口もこの国とそんなに変わらないな。この国と違うところは、それこそ魔道具の普及率くらいじゃないか?この国で言う灯りの魔道具みたいに一般化している魔道具もいくつかある。」
ホントに他国の情報が一切入ってきていなかったのか、そんなすぐに手に入るような情報でも興味深そうに話を聞いている二人。
「正直この国との違いは、魔道具の数と、食べ物、それに気候くらいだな。私の場合は、こっちに住んでいたころも魔道具を自作していたからそこもあまり変わらないが…」
「魔道具以外の特産品なんかはないのですか?」
「いや、ないな。現状、魔道具の輸出で国を賄っているという状況だ。正直、年々食料の生産量すら下がっていて、こっちも輸入に頼りきりになってしまっている」
オリーヴィアのその問いに苦々しい顔を浮かべるお父様。一つの産業に頼りきりの状態だってことか。これが良くない状態だってことはお父様もわかっているみたい。食料すら外に頼っている状態だとすると、戦争が起こったりとか何かの拍子に貿易を止められてしまったら国が破綻する。
「なるほど…」
つけ入る隙を見つけたというように笑みを深めるオリーヴィア。もしかすると、魔道具を欲しがっているのかな。国内でナハトブラオの魔道具が流通しているようには見えないから、どこかが独占している状態なんだろう。使用者が限られてるわけだし、その可能性は高い。そこに割り込みを掛けたいってわけか。オリーヴィアは魔力持ちじゃないから、自分で使うために魔道具を欲しがるってことはないはず。魔力炉が貴重なため、国内ではまだまだ希少価値の高い魔道具。ナハトブラオから魔道具を仕入れ、国内で売ることが出来れば莫大な資産を生むことは簡単に予想できる。資金に余裕があるとは言えないキースリング家としてはぜひ噛みたいところだろう。
「お父様。わたくしたちと交易をしませんか?キースリング領は食料生産に余裕がありますから、そちらへ流すことが出来ます。食料が無くなるのは死活問題ですから、少しでも仕入れ先が確保できた方が良いはずです。逆にこちらは他に主産業がありませんから、魔道具を売り出すことが出来れば…」
オリーヴィアの言葉にエーバルトも同意するように頷く。
「…私も悪い話ではないと思う。だが、それを決める権限が私には無い。一度国に持ち帰って、上と相談させてくれ」
「色よい返事を期待しております」
突然始まったそんな商談は、割といい形で収まったみたい。
「君たちは本当によく似た姉妹だな…」
私とオリーヴィアの顔を見比べながら感慨深げにそう呟くお父様。
「顔立ちはあまり似ていないような気がしますが…」
たしかに、私とオリーヴィアはあんまり似ていない。髪の色も目の色も違う。私は忌々しいことにあの女に似ていて、オリーヴィアはお父様に似ている。
「そういうことではなくてだな…ハイデマリーも私に商談を持ち掛けてきたんだよ。そっちの方は、私個人と行うものだったからすぐに同意したんだが。まさかこっちでも商談を受けることになるとは…さすが姉妹だな」
そう言ったお父様の瞳には、何か温かなものが宿っていた。
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