第百六十六話 家族の社交
「お久しぶりです父上。八年振りですか…」
お父様をダイニングへ案内し、腰を落ち着けたところでエーバルトが早速とばかりにそう挨拶を告げる。その面持ちは、久しぶりに父親に会ったにもかかわらず、嬉しそうには見えなかった。エーバルトの隣に座るオリーヴィアの表情も似たようなもので、今後お父様がどのような行動をとるのか興味深そうに、あるいは少し警戒するような視線を向けている。そういえばアルトたちがいないね。気をきかせてくれて、自室にでも戻っているのかな。
「今まで連絡も寄越さず、済まなかったな…国外追放になった身だ。手紙を出そうにも手段が無かったし、出すことが出来たとしてもここに届けば、フリーダによって処理されてしまうだろうと思っていた」
お父様は私とナハトブラオで会うまで、あの女がどうなったのか知らなかったから仕方ないといえば仕方がない。というか、国境を越えた手紙のやり取りなんて出来るのかな。メールとかがあるわけでもないし…魔道具を使うにしてもエーバルトとオリーヴィアには魔力が無いし、私が魔力を持っていることは知らなかっただろうからね。
「…連絡を取ることが出来なかった理由は理解しているつもりです。ですが、なぜ今更わたくしたちと会おうと思ったのですか?ハイデマリーと偶然出会ったとはいえ…」
オリーヴィアはやっぱり、何か思惑があっての接触だと思っているみたい。まあ、私もその背景が無いとは言えないと思うけど、一番の理由は親としての情だとかそういう感情的なものなんじゃないかな。
「……なるほど。オリーヴィアも貴族らしく成長したみたいだな。十年近く音沙汰が無かった者がいきなり現れれば警戒して当然だ。それも他国の貴族なわけだから余計に…私が君たちに会おうと思った理由はハイデマリーに提案されたからというのが大きい。私自身も君たちに会いたいと思っていたから、丁度いい機会だと思った」
その言葉だけでは、納得できていない表情のオリーヴィア。エーバルトは複雑な心境なんだと思う。少し表情が柔らかくなってはいるけど、警戒心が薄れたわけじゃなさそうだ。
「まあ、いくら口でそう言ったところで、簡単には信用できないのは仕方がない」
悲し気にそれでいて自嘲気味にお父様がそう言う。長年蒸発していた父親がいきなり戻ってきたところで、簡単に蟠りが無くなることは無い。それは向こうの世界でだってそうなんだろうから、貴族という立場が付いて回るこっちの世界なら余計に。少し助け舟を出してあげよう。
「お姉様。そんなに尖った態度をしていては失礼ですよ。お父様じゃない普通の―他のお客様だったら社交としては失敗なのではないですか?」
私の指摘にハッとした顔をするオリーヴィア。社交の相手が誰だろうと、こんな態度をとるのは、貴族としてはいただけない。いや、貴族であることすら関係ない。お客さんに対して、失礼な態度をとるのはだめだ。
「失礼いたしました。経緯はどうあれ、歓迎…いたしますわ。お父様」
そう言って、誰もが振り返りそうな美しい笑みを浮かべる。こりゃあ社交が上手いなんていわれるわけだ。本心を一切悟らせない。あまり交流が深くない相手なら軽く手玉にとれそうだ。オリーヴィアの雰囲気の変わりようにお父様も驚いたのか苦笑いを浮かべている。
「でも、ハイデマリー。この館の主も今回の主催もあなたなんだから、対応はあなたがしなくちゃいけなかったのよ?」
すると、今度は私に照準が…深い笑みと相まって、雰囲気がちょっと怖い。
「そ、そうですよね。とりあえず、お茶にしましょうか」
呼び鈴を鳴らし、メイドたちにお茶とお菓子を準備させる。エーバルトとオリーヴィアは私が拠点を出る前から飲んでいたから準備されていたけど、お父様の分はまだだったからね。私も、この空気間のせいで少し緊張して喉が渇いたしちょうどいい。
「この茶菓子、初めて食べるが美味いな…」
お茶の準備が出来ると、お父様も喉が渇いていたのか、すぐに手を付けるお父様。今日のお菓子はマカロンだ。砂糖が徐々に供給されるようになってきて、割と生クリームは簡単に手に入るから、料理人にレシピを教えて作ってもらった。食紅とか着色料があんまりないから色合いはあんまりよくないけど、味は保証する。
「気に入ってもらえたならよかったです。私が考えたお菓子で、マカロンといいます。私が出資している甘粉という新しい甘い調味料を使っているのですよ」
ここで甘粉のことを話題に出したのは、ちょっとした打算も含まれている。砂糖がナハトブラオに存在していれば、お父様が何か言ってくるんじゃないかってことだ。私たちが見た限りだと、砂糖を見つけることは出来なかったけど、貴族向けにとかだったら流通しているのかもしれないからね。
「甘い調味料か。ナハトブラオでは聞かないな…」
「こちらでも、とある商店が作っているだけで、流通しているわけではないですからね。一応貴重なものでもありますから」
やっぱりナハトブラオにも砂糖は無いみたいだね。ちょっとがっかり。どこかに料理大国みたいな国は無いのかな。魔道具大国っていう現実味のない国があるんだから、そのくらいの国があってもいいと思うんだけど…
「今まで存在しなかった新しい調味料か…これはすごい武器になるのではないか?」
そのお父様の言葉に、目の色を変えたのはエーバルトとオリーヴィアだった。
「武器になるというと?」
「いや、こんなに美味なお菓子を作ることが出来る調味料となれば、他の貴族家がこぞって欲しがるんじゃないかと思ってな」
その言葉を聞いたエーバルトが、ギラギラとした目を私に向けるのは仕方がないことだと思うけど、レルナー蜜店に圧力をかけ、無理をさせて使い潰されるなんてことになったらたまったもんじゃない。
「他に譲り渡すほど、収穫量が無いんですよ。私が大金を出資したから優先的に卸してくれているだけで…」
これはお父様に向けてじゃなく、エーバルトに向けて言った言葉。こう言っとけば無理に手に入れようとはしてこないだろう。
「じゃあそろそろ、私がいなかった間のことを詳しく聞いても良いか?もちろん話せることだけで構わない」
お茶とお菓子を食べ終え少しの歓談を挿んだ後、お父様がそう告げるとともに再びこの場の温度が少し下がったように感じた。
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