第百四十九話 神器の正体
(テレポートできないみたい…)
(え!?)
(まさか、あの時と同じ…)
アルトとアニがテレパシーで口々に言う。イザベルの表情も心配になってきているのか、少し青ざめている。さっさと離脱しようと思ってたのに、これは想定外だ。よくよく考えてみれば魔法が使えない部屋があったライナルト教と同じ、宗教関係の場所なんだから気を付けておくべきだった。
(でも、さっき魔力感知は使えたから…)
もしかすると、魔法が封じられているわけじゃなくて、移動系の魔法が使えないとか、正規の出入り口からしか出入りできないとかそういうことかもしれない。たしか、隠し扉の魔道具って言ってたか。
(魔法は使えるね)
手の中に小さい水の玉を作ってみたら、案の定いつも通りに現れた。これだと外への移動が制限されているっぽいね。
(ってことは、ここから出ること自体が出来ない―移動が制限されてるってことになるわね。)
「まあ、いい。貴様ら、さっさと魔力を収めろ。自らの欲のために偽りを述べる貴様らにはいずれ神の審判が下るであろう。そうなりたくはあるまい?」
私たちは別にここの信者ではないからそんなことを言われたところで屁でもない。私がこの世界で唯一存在するかもしれないと思っている神は、神の声の持ち主だけだ。機械音声みたいな声だから、そのシステムを作った何者かともいえる。
「いや別に。やれるもんならやってみろって感じね」
アルトがそう喧嘩を売る。別にわざわざ言わなくてもいいのに。むしろここは穏便にどれだけ報酬を引き出せるか交渉するべき場面でしょ。まあ、さっきの言い方だと、もともと払うつもりであったであろう金貨一枚すら払う気はなくなったのかもしれないけど。
「ふん。減らず口を…どの道、貴様らは魔力を収めるしかないのだ。其方らは、この教会の主である私の許可が無ければここを出られないのだから―」
やっぱりか。と思った瞬間、視界の端で何かが猛スピードで動くのが見えた。
「さっさと私たちをここから出してください。さもなければ…」
視界の端で動いたのはアニだったみたい。一瞬のうちに枢機卿の背後から首元に抜き身の剣を突きつけている。それを枢機卿自身も認識したのか、一気に顔色を変える。なんかアニ、武力行使を厭わなくなったな…アルトもちょっと驚いているみたい。
「おっと」
今度はそのアニに対してシスターが飛びかかろうとしていたから、重力魔法を使って立てないようにしておいた。
「ありがとうございます」
こんな場面だと不自然なほどの笑顔でそうお礼を言われる。なんかちょっと怖いな…一流の殺し屋みたいな雰囲気を感じる。
「さて、形勢逆転ね。さっさとここから出しなさい」
喧嘩を売っただけで、特に何もしていないアルトがそう言う。あたしの弟子はすごいでしょ。とでも言いたげだね。
「わ、私を殺したところで、ここから出られないことには変わらない。むしろ、死ねば永遠にここから出られなくなるぞ」
声を震わせた枢機卿。もしかすると、隠し扉の魔道具の開閉権限があるのが枢機卿だけってことなのかな。最初に入った時は、もともと扉が開かれていたから枢機卿がいなくても入ることが出来たとか…
「神器の秘密保持のため、この部屋には私が許可した者しか入ることも出ることも出来ない。貴様らがここに入ることが出来たのは、事前に扉を開いておいたからだ。私が入ってくると同時に扉を閉じた今は、貴様らにここから離れることは出来ない」
聞いてもいないことを得意げにそう詳しく説明してくれる枢機卿。大体私の予想と同じだったね。もういっその事、魔力くらいあげてもいいかもしれない。それで帰れるなら話は簡単だし。
「アニ。放してあげて。意味なさそうだし」
「でたらめ言ってるかもしれないわよ?」
まあ、可能性はありそう。自分の命より魔力を優先してるってことになるし。殉教者となって称えられたいみたいな魂胆でもない限りはちょっと考えにくいよね。そこまで傾倒しているようには見えない。そんな状態なら権力を笠に着たりはしないだろう。
「だからって、試してみるわけにもいかないでしょ?放していいよ」
私がそう告げると、アニは枢機卿から離れた。私は重力魔法の負荷を軽めにして、枢機卿にもかけ直した。自由に動けるまでにすると、何か報復されるかもしれないからその対策だ。まあ、体が少し重いって感じるくらいだから、立つことは出来る。飛びかかったりは出来ないだろうけどね。
「き、貴様ら!!こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?私は子爵だぞ!!」
あら。貴族だったのね。道理で偉そうなわけだ。私、伯爵令嬢ですよって言ってやりたくなる。まあ、言わないけどね。今度は国同士の戦争にまで発展しそうだし。お互い、自分の国の貴族に手を出されたわけだから、黙っていることは無いと思う。国としての面子に関わるってことになりそうだし。
(私が他国の貴族だって言わないでね)
一応みんなにも釘を刺しておく。イザベルとか、ポロっと口を滑らせそうだし。
「貴様ら、極刑に処してやる!!」
そう枢機卿が叫ぶと、懐から緑色の手のひらサイズの玉を取り出す。何かの魔道具かもしれないし、危ないかもしれないから、物を動かす魔法で、私の元まで引き寄せた。枢機卿は何とも言えない呆然とした顔をした途端、すぐに、まずいと言ったように表情を変えた。
「これ何かわかる?」
アルトに緑玉を見せて聞いてみる。
「ああ。これ封印の魔道具ね。これをぶつけられた相手はこの玉の中に閉じ込められて出られなくなるわ。四、五日もすれば餓死ね。貴重なものだから、二つは持っていないはずよ。手に入ってラッキーね」
危なかった。取り上げてよかった。
「それを私に使ったところで、ここから出られないのは変わらない。こうなれば、お前たちを正規の手段で裁くとしよう。貴族に暴行を加えたのだ。重罪だぞ」
確かに、ここから出られないなら捕まっているのと同じか。まあ、正規の手段を取るって言うなら、こっちにも考えがある。いい対処法が思いついた。実行する前に、もう一度重力魔法を強化しておいて、今度こそなにもされないようにしておく。
「もしもし。お父様ですか?実は―」
お父様に通信の魔道具を使って連絡を取り、今までに起こったことを伝える。もしもしってなんだ?って聞かれたけど、そんなことはどうでもいい。今はなんとか対処してもらわないと。
「というわけなのですが、どなたか説得できるような高位の方と縁があったりしませんか?」
枢機卿は、生粋の貴族みたいな思考をしているから、自分より上の貴族から何か言われれば素直に返してくれるかもしれない。
「ああ。あそこの教会か。そんなことしなくても簡単に出られるぞ。神器は、教会を管理するための魔道具だ。それを君の魔力で満たせば、教会の所有権は君に移る。どうやらその子爵は知らなかったようだがな。君を裁く云々の話は気にしなくていい。一角獣の素材の件で王の元へ来ているから、口添えしてもらうように頼んでおこう」
「ありがとうございます。ではまた」
礼を言って、通信を切り、神器の元へ近づいていく。床に転がる枢機卿が事実を知り、「よ、よせ…」なんて言っているけど気にしない。というか、なんで知らなかったんだろうね。教会の所有権に関することなら、現在の管理者が知らないはずないのに。まあ、枢機卿には魔力が無いから本当は別の人が管理者で、そこからいろいろ権限をもらっているのかもしれない。
そのまま神器に触れてから、一気に魔力を流し込む。神器にはほとんど魔力がこもっていなかったからか、あっという間に、私の魔力で満たされ、さっきまでとは比べ物にならないくらい光を放っている。でも、不思議と眩しいとは感じない。
『個体、ハイデマリー・キースリングが神々の扉を入手しました。「せいゆう」戦争にお役立てください』
神器を魔力で満たした瞬間、そう神の声が私の耳に木霊した。
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