第百四十八話 神器

 シスターに案内されるまま、長くて暗い通路を進んでいく。途中何人かのシスターや司祭っぽい人たちとすれ違い様に訝しげな視線を送られる。まあ、関係者しか使わない通路だろうし、怪しむ気持ちもわかる。


「こちらです」


黙ってついて言ってたら、今度は一本道だった通路から、横に逸れる細い別の通路へ通された。どれだけ歩かされるんだ…それに多分、ここは地下だと思う。緩やかだけど、だんだん下り坂になっているのが分かる。それだと、ホントにどこまで歩かされるか分からない。何か変な場所に誘い込まれてるんじゃないかと、ちょっと不安になってきた。


「どこまで行くの?」

「はあ、全く辛抱の出来ないこと…もう少しでつきますから」


なにか一言小声呟いた気がするけど、よく聞き取れなかった。まあ、重要なことならまた言うだろうし、いっか。




 私たちが横に並んで歩けないくらい細い通路を少し進んだところで、前方に何か光が見えた。お日様の光だとかそういうものではなく、明らかに人工的な光。灯りの魔道具でもないと思う。なんというか、青白いからね。契約スキルを使った時みたいな光だ。


「あそこです」


シスターがそう言いながら少し歩みを早め、私たちもそれについていったところで、急に開けた場所に出た。道はまだ続いていたはずなのに、いきなり場所が変わった。まるでテレポートでもしたような…


「何やってるのよ。ハイデマリー…」

「いや私じゃないよ」


アルトは、私がテレポートをしたと思っているらしく、そうあきれた感じで言ってくる。即座に否定の言葉を返すと、不思議な顔になった。


「まさか、隠し扉の魔道具を知らないのですか。これだから学が無い冒険者は…」


いきなりそんなことを言ってくるシスター。なんだこいつ。失礼だな…


「ちょっとアンタ―」

「ほう。其奴等が魔力持ちの冒険者か…」


イザベルが失礼な物言いに、声をあげたのを遮るようにして、後方から声が聞こえてくる。振り返れば、白い裾の長い服を引きずりながらこちらに近づいてきている男がいた。なんか、ベッドのシーツを着てるみたいだな…


「左様でございます枢機卿。この者たちの魔力を神器に納めさせます。」


あれ、まずは話を聞くってことだったのに、もう決定事項みたいになってる。さっきの態度のことといい、着いてきたのは間違いだったかな…枢機卿って結構上の立場の人だよね。こいつは、権力を笠に着るタイプの宗教者か。面倒な。というか、アニがなんか静かだと思ったら、剣の柄に手を掛けてる。イザベルと一緒で、頭に来てるみたいだね。アルトはどっちかと言うと、バカバカしいって顔。これは多分、もう帰りたがってる。


神器っていうのは、目の前にあるこの巨大な水晶玉のことだと思う。たぶん何かの魔道具かな。青白く光ってたのもこれか。よく見てみれば、光っているのは下のほうだけだね。魔力感知で確認してみたけど、含まれている魔力の量を表してるみたいだ。そう考えるとほとんど魔力が空っぽってことになる。だから魔力を売ってくれってことだったのか。これを満たすには、結構な魔力が必要だろうし、このシスターの魔力じゃ全然足りなかったんだと思う。枢機卿は魔力持ちじゃないし。


「ならさっさとやらせろ。なに、其方らの目的は金だろう?金貨を一枚くれてやる。冒険者などには、一生目に出来ない金額だ」


…さすがに舐め過ぎじゃない?金貨一枚なんて、ダンジョン攻略の年金で何もしなくても入ってくる。


「いや、安すぎるでしょ。そんな額、一つの依頼で稼げるわ」


私じゃなくてアルトがそう言う。それを聞いた枢機卿はびっくり仰天と言った顔だ。あ、もしかすると、この国には高ランクの冒険者がいないから、少ない金額しか稼げない低ランクの依頼や冒険者のことしか知らないのかもしれないね。


「ふ、ふざけたことを言うな!!冒険者風情がそんな大金を手に入れることなど、出来るわけがないだろう!!強欲な奴らめ!!」


アルトの言葉を聞いた途端いきり立つ枢機卿。事実を言っただけなのに…こっちが吹っ掛けてきたとでも思っているんだろうね。なんか、人が怒っているのを見てると、逆に冷静になってくるな。さっきまでは、態度を不快に感じてたけど、どこかに吹き飛んでいってしまった。


「ふっ。まあいい。別に貴様らに魔力を納めさせなくとも、他の者に納めさせれば―」

「恐れながら申し上げます。枢機卿。この者たち、魔力だけは異常なほど保持しております。私の魔力ではこの神器の魔力を一割も満たせなかったことを考えると、他に候補者を探すのは難しいかと…」


魔力だけはって、他にもいろいろ持ってるけど。地位とかお金とか。貴族の身分証でも見せびらかしてやろうかな。ブランデンブルグのじゃ通じないかもしれないけど。余計トラブルになりそうだから、そんなことはしないけどさ。さっさっと離脱するのが一番の得策かな。


(ねえ。もう帰らない?楽に稼げると思って着いてきたけど、全然そうじゃなかったし)

(拾えるお金は拾っておけばいいのに…)


最初は怒ってたイザベルだけど、金貨をもらえるって話に少し心が揺れたのかな。


(あんた、一角獣の分け前案だけ貰ったんだから、金貨一枚ごときに目をくらませるんじゃないわよ)

(別に、目がくらんだわけじゃない。金貨一枚でも十分な大金だから…みんなが嫌ならそれでいいよ)

(私も反対ですよ。人にものを頼む態度ではありません)

(じゃあ、さっさと出ちゃいましょ。あいつらが言い争っている間にテレポートをお願いしてもいいかしら)

(了解)


テレパシーでこんなやり取りをしている間も、枢機卿とシスターは何か言い争っている。言い争ってるって言うか、シスターが一方的に文句を言われてる感じか。枢機卿の汚い濁声を聞きながら、全員がひとつながりになったのを確認し、テレポートを発動―することは出来なかった。

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