第百四十七話 教会の「商品」

 「さあ皆様!!神に祈りを捧げましょう」


人の波に流されるまま、教会の中に入るとそんな高い声が聞こえてきた。明らかに肉声ではないほどの音量を持ったその声はたぶん、魔道具を使っているんだと思う。視線の先の二階部分についているバルコニーにはシスターっぽい服を着ている女の人がいた。少ないけど魔力があるみたいだね。


「誰も祈ったりなんてしてないね」


イザベルの言う通り、周りにいる大勢の人たちは、外にいた人みたいに跪いて祈っている人なんていない。まあ、こんなところで跪かれたりなんかしたら、将棋倒しみたいになって大変なことになるだろうけど。


「こんな人の中で跪いたら、危ないですからね」


アニも私と似たようなことを考えているみたい。周りにいる人たちもそれが分かっているんだと思う。分かっていないのは壇上で語りかけているシスターだけだ。


「そのまま奥へお進みください。聖典、お守りを用意しています。これらを使えば、神々の目に留まることになるでしょう」


なるほど。そう言う名目で商売をしてるんだ。それをホントに信じている人なんているんだろうか。


「記念に買ってみる?あたし、ちょっと興味があるわ。ホントに効果があるのか調べてみたい」


ここで扱っている「商品」がアルトの謎の研究意欲を刺激したようで、そんなことを言う。


「まあ、別にいいんじゃない?聖水には私も興味あるよ。私も作れるようなら大儲けできるだろうし」


多分、浄化の力を持った水ってことだと思うから、作れると思うけど、実物を見てみたい。目利きの義眼で見れば、細かいことが分かるかもしれないし。


「お嬢様が聖水を作っても、売る手段がないではないですか」

「そこはほら、Aランク冒険者のネームバリューを…」

「宗教関係者でもない冒険者が売りに出す聖水なんて、誰も買いませんよ。効果の信用性がイマイチですからね。お嬢様が聖女クラスであることを大々的に宣伝するか、どこかの宗教団体に協力してもらわなければ…」


それはちょっと嫌だな…私が聖女クラスであることを宣伝したら、芋づる式に貴族であることがバレるかもしれないし、宗教関係者と繋がりを持つのも気が進まない。敵対しているところも多いしね。唯一関係が良好な、真実を信仰するヴァ―ルハイト教だけど竣工式以来、特に関わりがあるわけでもないし。


「売りに出すのはあきらめよう…」


私よりも、がっかりした顔を浮かべているのはイザベル。全く、お金の話になるといつもこんな感じだ。アルトよりお金好きがすごい気がする。




 そのまま進んだところで無造作に歩き回っていた人垣が、一列にまとまっていった。多分この列の先頭で聖典なんかを売りに出しているんだと思う。列に並んでいない人たちは、そのまま進んで、奥にある大きく開かれた扉の中に入って行ってるね。祭壇っぽいものが見えるから、あそこが大聖堂的な部屋なのかな。


「長い列ねえ…どれだけかかることやら…」

「国中から集まってきているでしょうから、人が多いのは仕方ないですよ」



 そのまま並び続けること、なんと二時間。有名テーマパークの人気アトラクションに並ぶのはこんな気分だったのかな。なんてことを考えながら、少しずつ、列が進むのに身を任せて、ようやく、私たちの番になった。案だけ人が並んでいても、売り切れているってことはなさそう。聖典もお守りも聖水もまだまだ置いてある。実物を見てみると、聖典は結構分厚い、皮装丁の本。こりゃあ高そうだ。この世界は紙の量産は出来ているけど、印刷技術自体は底まで広まっていないみたいで、本が高いんだよね。うわ。金貨四枚だって。この値段だと買う人自体が限られてきちゃいそうだね。まあ、私は情報収集の一環として買うけど。


「聖水は…一瓶銀貨四十枚だね」


聖水が入った小瓶を持ち上げながらイザベルが言う。コップ一杯分くらいは入ってるかな。


「どれくらい欲しいの?」


聖水を欲しがってたアルトに聞いてみる。私の分は一瓶あれば十分かな。


「三つもあればいいかしら。」

「じゃあ私の分と合わせて四つで。あとお守りも一つ買っておこう」


吸血鬼に効果があると噂のお守りは、イメージ通りの白い十字架型のネックレス。これを身に着けているだけで吸血鬼が近づいてこなくなるみたいだ。吸血鬼って言うのは、実在する魔物で、人間や家畜を襲うことが多々ある危険な魔物だって話だ。向こうの世界でよく聞く、日の光に弱いとか、そう言うことは無いみたいだ。それなのに十字架には弱いって、どういう理屈なんだろう。




「あ、あの、すみません。ちょっといいですか?」


合計、金貨が五枚と銀貨が六十枚という安くはない買い物を済ませ、教会を後にしようとしたところで、そう声を掛けられる。買い物を済ますと、そのまま聖堂に入っていく人が多く、出ていく人は少ないからスムーズに出られると思ってたのに。


「なにかご用ですか?」


アニがそう返事をすると、振り返った先には、先ほど壇上で祈りを捧げろって言ってたシスターが立っていた。

シスターは頭を頭巾で隠していて、なんとなく表情が暗い。壇上で語っていた時とは全く別人みたいだ。その金色の瞳も伏せられ、こちらに対して、言い難いことでも言おうとしているのがすぐにわかった。


「あ、あなた方は何者なんですか?」


ぶしつけすぎるその質問に何と答えたものかと、頭を悩ませる。まあ、Aランク冒険者ってこと以外答えようが無いけどね。馬鹿正直に、聖女と精霊と魔導士と半デーモンですなんて言えない。


「あたしたちは冒険者だけど」

「冒険者…」


あれ、どうやら期待していた答えではなかったみたいだね。全然表情が変わってないや。


「この際、冒険者でも構いません。あの、あなたたちの魔力を売っていただけませんか?」


魔力を売る?どういうことだろう。それに、冒険者だと何かいけない理由でもあるのかな。


「相応の報酬は支払いますよ。冒険者では一生見ることが出来ない額です」


そんなにたくさん貰えるの!?もしかすると、聖金貨が出てくるかもしれない。これは話だけでも聞いてみよう。他のみんなも興味を持ってるみたいだし。


「詳しい話を聞かせてもらえる?」

「では、こちらへ」


少しムッとした顔を浮かべてから、私たちを案内するシスター。もしかすると、私の供養が気に障ったのかもしれない。身分が高いのかな。身の振る舞いにはちょっと気を付けよう。


(魔力なんて、どれだけ渡してもタダなんだから、そんなので稼げるなんて思ってもみなかったわ)


再び教会の中に入り、今度は先ほど通った道ではなく、関係者だけが通るような通路を進んでいく。その間に、アルトがそんなことを言ってきた。


(たしかにね。でも、魔力を買い取るってどうするんだろう。魔力を貯めておく容器みたいなものがあるのかな)

(さあ?そこまでは話を聞いてみたいと分からないわ)

(魔力ならわたしにもあるんだから、わたしも売るから分け前が欲しいな)


一角獣の素材の関係で、荒稼ぎしたイザベルもまだまだお金は欲しいみたいでそんなことを言ってくる。まあ、どれだけあっても困らないからね。


(それは別にいいけど、アニはどうする?)

(私は藩士を聞いてから考えます。それより、こんなに簡単についてきてよかったんですか?)


こんな話を信用していいのかと言うように、アニは警戒心をむき出しにした視線を向けてくる。


(何かあったら逃げればいいし、何とかなるよ)


そんなことを話しながら、長い通路を進んでいく。どれだけ稼げる楽しみだ。

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