閑話 親子の会話を聞いてみる(アルト視点)
「まさかあの子の父親がナハトブラオにいるとはね…たしか、あの子が生まれてすぐに出ていったと思ってたけど、まさか追い出されてたなんて…」
さっき、話を聞いた限りだと、いい父親に見えたけどね。まあ、あたしには親なんていないけど、そのくらいは分かるわ。あの女がクソだったってこともね。
「私も、失踪したと知らされていましたから、すごく驚きました。旦那様がいなくなった当初、十歳の見習いでしたから、そんなに詳しくも聞いていませんでしたし。」
「お嬢様のお父さん。十歳のころに会ったきりのアニの顔を覚えてたんだね」
「それは、私も驚きました。実際に顔を合わせた機会も数えるほどしかなかったはずなのに…」
「そこまでおかしな話でもないでしょ。あの家、そんなに使用人が多いわけでもなかったし。あたしだって、キースリング家の使用人の顔位は覚えているわ」
「まあ、そうですよね。少し疑り深くなっているのかもしれませんね」
「まあ、いつも色々問題が起こるし、それくらいでちょうどいいんじゃないかしら」
思い返してみると、今までホントに問題だらけだったわね…普通に旅してた瞬間なんてほとんどなかったんじゃないかしら。でも、何も起こらない旅なんてそれはそれでつまらないし、逆に良かったのかもね。一応、観光なんかも出来る余裕もあったわけだし。
「そうだよ。話を聞いただけでも、みんなの旅は普通の旅じゃないってわかるし。それより、お嬢様がお父さんと話している間、わたしたちはどうするの?」
「この町は粗方見ちゃったしね。車で先に他の町に行ったりしたら、あの子が怒りそうだし…心配ならいっその事、あたしたちも二人が行った店に行ってみる?ハイデマリーが使ってた盗み聞きに便利な魔法、あたしも覚えたから店にさえ入っちゃえば、何を話しているかもわかるわよ?」
「盗み聞きはよくないぞ。」
「何よ。固いわね。あんたは心配じゃないの?」
「大丈夫だよ。あの人の目を見ればわかる」
そんな曖昧な理由なのはどうかと思うけど、引く気はなさそうね。アニはどうかしら。
「アニはどうしたい?」
「私も、心配は心配ですが、家族水入らずの時間を邪魔することにならないでしょうか…」
「大丈夫よ。今日会ったばかりでそんなに深い話はしないだろうし。とにかく、お店には入りましょう。そろそろお昼時だし、二人ともお腹が空いたでしょう?」
あたし自身は、食事を取る必要がないから空腹を感じることはほとんどない。人がおいしそうにしているのを見た時くらいね。ハイデマリーが言うにはそう言うのを飯テロっていうらしいわ。そんな感じで、あたしが食事をするのは、生きるための栄養摂取じゃなくて、味を楽しむためっていう色合いが強い。娯楽みたいなものね。その点、人間は不便よね。数日飲まず食わずでいるだけで、命に関わるんだから。
「ここ、個室の料理店だって言ってたけど、あんまり雰囲気が良くないわね。なんていうか、安っぽい?」
ハイデマリーたち二人が入った店にあたしたちも入店した。料理はやっぱりコースみたいね。
「最近は良いところでばかり食事をしていましたからね。そう感じるのも無理はありません。」
「そんなことより、問題はコース料理ってところだよ。外でお腹を膨らませるのは勿体ない。家で食べた方が美味いし。それに、高級なお店ってわけでもないんでしょ?だったら余計に…」
イザベルはいつもそんなことばっかり言ってるわね…頭の中が食べ物でいっぱいなのかしら。
「コース以外もあるみたいですよ。お嬢様はもう食べ始めているはずですし、今からコースを頼んでしまうと、合流するまで時間が空いてしまいますよ」
「なんだ。普通の料理もあるんだ。じゃあ、私はこれで」
イザベルが選んだのは魚料理みたいね。ならあたしもそれにしようかしら。違うものを頼むと一口頂戴ってせがまれそうで面倒だし。
「あたしも同じので。注文は任せるわ」
二人に一声かけてから、ハイデマリーが開発した、盗聴魔法を使って見る。私はトリガーを相手をイメージすることにした。イメージをトリガーにするのは難しいのよ。魔法を使うこと自体にイメージが必要だからね。一応コツがあるんだけど、人間には難しいかしら。並列思考が大切なんだけど…説明が難しいわね。
『ぜひお願いします!!もちろんタダでとは言いません。品質に関わらず、一つ金貨一枚でどうでしょう?素材集めだって協力しますよ!!』
お。成功ね。覚えてから使う機会が無かったから少し不安だったのよね。まあ、あたしが失敗することなんて、万に一つもあり得ないけど。
「結局聞いてるし…」
「一応よ、一応。危ないことになるかもしれないでしょ?」
まあ、ちょっとした好奇心が無いと言えば嘘になるけど。
「それより何の話でしょう?金貨一枚?商談でしょうか。なぜそんな話に…」
「そんな話をしてるなら余計問題無いと思うけど。でも、わたしもちょっと気になってきた」
お金の話が絡んだからだと思うけど、イザベルも乗り気になってきたわね。これは、このまま続けてもよさそう。ハイデマリーには後で起こられるかもしれないけど、商売の話なら、どっちにしろ、説明してくれるだろうし。
『でもなあ…さすがに自分の娘から金をとるのは気が引けるし、私の評判にも関わる。それに、今は金にも困っていない。役人の給料は結構いいからな』
範囲指定にしていたおかげで、あの子の父親―たしかフィンって言ってたっけ。彼の声も聞こえてくる。
「さすがに自分の娘からお金を取るのは渋るみたいですね。母親の方なら有無を言わさずふんだくっていたでしょうけど」
「まあ、普通の親ならそうよね」
『魔道具職人でもあるお父様ならお金に困ることは無いでしょうけど、それでは私の気がすみません。別に取引のことを公にする必要もないですから、評判なんて関係ないですよ』
あ、これは引く気はないわね。こういう時のあの子の饒舌さはとんでもないんだから。あたしには、自ら望んでお金を払うなんて考え方さっぱりだけど。それにしても、何の取引をしているのかさっぱり分からないわね。聞き始めるタイミングが悪かったかしら。
『一応、金のやり取りがあるならギルドへの報告義務が発生するから秘密裏に取引することは無理だぞ。これも契約内容に含まれている』
そう聞こえた直後、私たちの部屋にも料理が運ばれてきた。あら。メニューは全員同じみたいね。これは、魚を煮たものかしら。まずは一口。うーん…美味しいと言えば美味しいけど、ちょっと微妙ね。味付けが大雑把というのかしら。これなら、ブランデンブルクを出る前に食べた単純な味付けの焼き魚の方がよかったわね。二人も微妙な顔ね。昔なら普通に食べられただろうけど、旅に出てからは良いものばっかり食べてたから、舌が肥えたのかしら。
『だったら、ハイデマリー・キースリングとの取引ではなく、冒険者ハイデマリーとの取引にすればいいじゃないですか。名前自体を出すのもよくないのであれば、冒険者パーティーとしての取引っていう扱いにすればいいんじゃないですか?』
大しておいしくも無い食事を摂っている間にも会話は進む。
「ほらね。パーティーとして取引するなら、結局あたしたちにも、話すんだから、その手間を省いてあげただけよ」
「結果論じゃん」
「世の中全部結果論よ」
「それは違うと思いますが…」
『君はよくそんな方法を思いつくな!?そこまでして金を払いたいのか!?』
フィンはハイデマリーの言葉にとんでもなく驚いてるわね。まあ、ほぼほぼ初対面なんだから無理もないわ。あの子の常識とこっちの世界の常識には少し差があるだろうし。
『そういうわけじゃないですけど、私は、労働には対価があるべきだと思っているので…』
『だったら別に、金である必要はないだろう?だったら、そうだな… 君が私が渡す魔力炉で作った魔道具の設計図を譲ってくれないか?もちろん、設計図を基に作った魔道具も、設計図そのものも勝手に売りに出すみたいなことはしないし、もし改良に成功したら、君にも提供しよう』
ああ。魔力炉の取引だったのね。確かこの国は、魔力炉の量産に成功しているんだったっけ。あんな不思議なもの、よく作れるようになったわね。フィンもその技術を持っているってことみたいね。量産できてるなら普通に市場に出回るでしょうに、わざわざ取引する必要があるのかしら。
「魔力炉の取引だったんですね。確かに、どのくらい流通しているかもわかりませんし、市場で出回っているものを探すよりも、職人と契約した方が効率的でしょう」
ああ。なるほど。そう考えればそうね。量産していると言っても、魔道具職人がどれくらいいるのかも分からないものね。最低でも、魔力を持って生まれてこないと、魔道具を作るのは無理だろうし。量産は出来ていても、市場に出回るくらいとは言えないかもね。
『魔道具の設計図ってどれくらいの価値があるんですか?』
『そりゃあ、その魔道具の機能や価値にもよるが、他に類を見ないようなものなら金貨一枚なんて価値じゃないだろうな。それが、世界を変えるような…それこそ、君たちの拠点にあるような魔道具なら、白金貨が飛び交うことになる』
あたしの見立てじゃ、拠点にある魔道具一つ売るだけで、一生遊んで暮らせるくらいの価値はあると思う。特に、車と水道ね。あれは、暮らしを一変させるほど価値があるわ。
「お嬢様が作った魔道具の設計図とその、魔力炉って言うのは価値が釣り合うのか?」
「うーん。品質にもよるけど、なかなか手に入ることが無い、ブランデンブルク内だったら、釣り合うと思うわ。ハイデマリーが提示していた、金貨一枚っていうのがそもそも安すぎる。品質の低い魔力炉ならともかくね。この国の場合だと、ちょっと分からないわね。まあ、でもハイデマリーは了承すると思うわよ」
安い額を提示していたのは、相場が分からなかったからでしょう。魔力炉が売っているところを見たことは無いはずだし、無理も無いけど、普通の商談だったらブチ切れ価格ね。回叩こうとしているってレベルじゃない。それか、この国では量産されているから、そこまでの値段じゃないって思ったかのどっちかね。
「どうして?」
「魔道具職人にとって、魔力炉はそれだけ価値のあるものなのよ。手に入れるのが難しいのに、作るのには絶対必要なんだから」
『お父様がそれでもいいならいいですよ』
『なら決まりだな。近いうちに、魔力炉を渡そう。となると連絡手段が必要だな…ハイデマリー。これを持っておきなさい。完成したらこれで連絡するよ。とりあえず、今回素材は手持ちの物で作るから、そんなにかからないと思う』
「本当に、言われた通りになりましたね。お嬢様は、魔道具を作るのが好きみたいですから、喜んでいられるでしょうね」
「何か受け取ったみたいだけど、やっぱり魔道具かな。連絡手段って言ってたし」
「たぶんね。通信の魔道具か、手紙を送る魔道具でしょ。それか他の自作の魔道具じゃないかしら。詳しい説明をしてる様子もないし、通信か手紙のどっちかでしょうね」
手紙を送る魔道具は冒険者ギルドにあるのを何度も見てるけど、あれは大きくて持ち運びに向かないだろうから、通信の魔道具を渡したんだと思うわ。
『分かりました。楽しみにしていますね』
『ああ。そろそろ出ようか』
その声の後、隣の部屋から、ガサゴソと人が動く音が聞こえてくる。あら、隣の部屋だったのね。声は漏れてこないのに、人が動く気配はちゃんと分かるわね。
「私たちも出ましょうか」
「あ、ちょっと待って。すぐ食べちゃうから!!」
イザベルはまだ食べ終わってなかったのね。ガツガツとかき込む様子は行儀がいいとは言えないけど、他の目があるわけでもないし、まあ、気にしないことにするわ。
イザベルが魚を食べている間に、ハイデマリー達の声は聞こえなくなった。魔法の効果範囲の外に出たからでしょうね。
『みんな。終わったよ。どこにいるの?』
あら、今度はテレパシーが飛んできた。
『少々お待ちください。すぐにそちらに向かうので』
アニがそう返事をしたことによって、あたしたちも店を出ることにする。支払は銅貨が三十枚。妥当なところかしら。ほとんどは部屋の料金でしょうね。
支払いを済ませて店を出れば、入り口のすぐそばでハイデマリーが待っているのが見えた。同じ店にいたことに随分驚いてるみたいね。
「待たせたわね」
「みんなもここにいたの?」
「ええ。それも隣の部屋に。話も聞いてたわよ。途中からだけど」
「ああ。盗聴魔法を使ったんだね。別に聞かれて困ることを話してたわけじゃないし、別にいいよ」
そう言うハイデマリーの顔色は普段と全く変わっていない。ホントに気にしていないんでしょう。
「わたしは止めたんだよ」
「申し訳ありません。ですが少し心配だったもので…」
「気にしないでいいって。それより、今後のことを決めないと。今日話したことも詳しく教えたいし。一度拠点に戻ろうか」
ハイデマリーがいつものように人通りの少ない場所に移動してからテレポートを使う。あたしもこの魔法使えるようになりたいけど、概念のイメージが難しいのよね。
「さて、じゃあ、今後の予定を決めようか」
いつものリビングにもどったハイデマリーのその声は、なんだかいつもより明るい気がした。
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