第百四十三話 素材の売買
「よし。では、そろそろ仕事にかかろうか」
感情をあらわにしていたお父様も、数分が経つことにはすでに落ち着いていて、そんなことを言ってくる。涙を流したことにより、少し腫れぼったくなっていた瞳も、何かの呪文を唱えた後、すぐに元通りになっていた。たぶん簡単な治癒魔術を使ったんだと思う。魔力があるって言うのは本当みたいだね。別に疑ってたわけじゃないけど。こういう、外面に拘るところというか、感情の切り替えを見ると、お父様も貴族教育を受けているってことを実感する。今は国の役人をしているなんて言ってたけど、身分的にはどうなっているんだろう。実家に受け入れられていなくても、騎士爵家の一員って扱いになっているのか、それとも、違うのか…
「そうですね。イザベル。さっきの受付嬢を呼んできてもらって―」
そう言って、イザベルの方を見ると、気持ちよさそうに船を漕いでいた。あんな重い話をしているときに、よく眠れたな…道理で口を挿んでこないわけだよ。まあ、所詮は人の家族の話だし、そこまで興味も無かったのかな。ここまで欲望に忠実に生きているのを見ると、逆に清々しい。
「ほんと、この子は興味のあるなしがはっきりし過ぎね。誰に似たんだが…」
寝ているイザベルを見ながら、アルトがそうため息をつく。…私じゃないよね?その様子をみて、イザベルの隣に座っているアニが肩を揺らし、彼女を起こすと、受付嬢を呼びに行かせた。なんかアニ、少し怒ってる?ちゃんと仕事を全うできないお世話係なんて…とでも思っていそうだ。
「そういえば、彼女はどういう関係なんだ?」
「イザベルですか?彼女は私が保護したとある一族の者です。本来はキースリング家への反逆罪で村ごと処分されるところだったんですけど、私が知りたかった情報を色々教えてくれたので、身柄を預かりました。こう見えても、今の私は、結構いろんなところに影響力があるんですよ。王家だって、本気になれば何とかできます。なんなら、お父様をブランデンブルクに戻すことだって…」
さすがに、王宮を半壊させて、王家に恐れられているからとは言えない。自分の娘が、王家では悪辣非道なんて呼ばれてるって知ったら、卒倒しちゃいそうだし。ついでに言えば、私があの女を殺したということもちょっと言いづらいよね。どういう反応されるか分からないし。いつかはカミングアウトしなくちゃなんだけど…
「そうか…君は本当に立派になったんだな…」
子供の言葉とでも思っているのか、半信半疑と言った様子でそう呟くお父様。それなら、居一度王宮に一緒に乗り込んで、国外追放を取り消させてもいいかもしれない。そうすれば嫌でも信じられるでしょ。
「お父様が、ブランデンブルクで生活したいと言うなら、協力しますよ」
「いや、私はナハトブラオに残るよ。私のことを拾ってくれた恩人に申し訳が立たないから。たまに子供たちに会うことが出来ればそれでいい。もちろん、何か困ったことがあれば、私を頼ってくれてもかまわない。私にできることならなんでも協力するから」
その言葉にも嘘を見受けることは出来なかった。多分、本気で私たち子供のことを思っているんだろう。あの女のせいで、国外追放なんて処分を受けてしまい、会えないどころか、メールや電話が無いこの世界では連絡をすることすらできない。代わりになるような魔道具を置いていったとしても、私が魔力を扱えることを知らないわけだから、魔道具が使えるとも思えなかっただろうし。長期間、魔道具が動くようにするには、その分大量の魔力を込めないといけないからね。私も、オリーヴィアに渡した通信の魔道具に、出来る限りの魔力を込めたしね。でも、そろそろ補充しないとだめかもしれない。昔の魔道具はあんまり燃費が良くないんだよね。
「あ、そういえば、お父様。魔力炉の量産について詳しく―」
「連れてきたよ!!」
そう聞いたタイミングでイザベルが受付嬢を連れて戻ってきてしまった。まあ、魔力炉のことは後で聞けばいいや。魔道具についても色々聞いてみたいね。
「では、商談を始めましょう。今回私たちが売りに出すのは、一角獣の肉が大体一匹の半分。それに背骨と、心臓以外の臓物、そのほかの骨も傷なく残っているわ。後は頭ね。角は切り取っちゃったけど、眼球が残っているから、これもそこそこ値段が付くはずよ」
全員が再び席に着いたタイミングでアルトがそう切り出す。今度はイザベルも眠ることなく話を聞いている。まあ、自分の取り分に関わる内容だからね。
「実物を見ないことには正確な相場を告げることは出来ませんが、そのお話を聞く限りだと、白金貨数枚が妥当なところでしょうか。一番値が張る、角と心臓があれば聖金貨まで跳ね上がったでしょうけど…」
ここに来て初めて聞くお金の単位が出てきた。聖金貨?ナハトブラオで使われているものなのかな。白金貨までは同じなのに、なんでそんなのがあるんだろう。もしかすると、こっちの国では、白金貨じゃ払いきれないような取引が頻繁に行われているのかもしれない。
「聖金貨?」
イザベルも気になったようでそう呟いている。
「聖金貨と言うのは、白金貨百枚分の価値がある金貨のことです。白金貨がすでに国家予算級の額ですから、ほとんどなじみがありませんよね。一応、世界中で使われているはずですが、見ることはほとんどありませんね。聖金貨が一枚あれば、十年は国の運営が出来る額ですから」
大体一年の国家予算が白金貨十枚ってことになるね。ここまでくると、現世のお金の単位で割り当てるのは難しいかも。私たちの全資産を集めて、聖金貨が一枚あるか、ないかくらいかな。私作の魔道具の価値が分からないから、それ次第ではもう少しあるかもしれないけど。
「今回の買取予定は、骨と心臓は含まれないという話だったので、こちらが預かっている予算は白金貨までです。討伐の感謝の気持ちを込めて少し上乗せするように言われていますから、白金貨十枚でどうでしょう?」
先ほどの砕けた態度とは打って変わって、仕事モードのお父様がそう言う。白金貨十枚か。思ってたよりいい額が付いたね。
「私はそれでいいけど、みんなはどう?」
他のみんなも想定以上な額だったみたいで、コクリと頷いている。
「査定の結果次第では、金額が上下する可能性がありますが、その額で決定で構いませんか?」
受付嬢が最終確認とばかりに、そう聞いてくる。
「こちらは構いません。多少の状態は度外視でいいと言われているので」
そう言ったのはお父様。ナハトブラオ王家は太っ腹だね。値段が下がる可能性があるのに。逆に上がる可能性もあるから、それを危惧しているってことも考えられるけど、まあ、別にいいや。そもそも一角獣の討伐をしたこと自体偶然の産物で、本来は手に入ることが無いお金だったわけだしね。
「こっちもかまわないわ。素材の受け渡しはどうする?一応、冷凍状態で保存してあるけど」
「状態維持の魔道具を使って運ぶ予定ですが…」
「大きさは?」
「少し大きめの馬車くらいですかね」
「それだと少し不安ですね。こちらで入るようにカットすることも出来ますが」
アニが当所の計画通り、そう提案すると、魔道具に乗るようにカットすることで決まった。まあ、そうしないと持ち帰れないからね。
そうと決まれば話は早い。お父様が馬車形状の状態維持の魔道具を持ってくる間に、私たちは先ほど言われていた裏の空き地に出て、一角獣のカット作業だ。今回は切るだけだから数分で終了した。地面に直接置くのもあれだから、空中で作業を進め、終わった今も、そのままの状態。馬車が来たらそのまま突っ込んじゃおうってことだね。
数分待っていると、乗り込み部が二台連なった馬車が到着した。後ろの白い方が状態維持の魔道具だってことで、そのままぽんぽんと突っ込んでいく。もちろん、物を動かす魔法を使う。
「これで完了です」
「確認しました。こちらが支払いになります」
お父様から渡された麻袋の中には、白金貨がちゃんと十枚入っていた。よく考えると、イザベルの取り分は白金貨二枚ってことになる。彼女も大金持ちの仲間入りだね。ギャンブルばっかに使わないように注意して渡さないと。
「確かに」
私がそう言うと、馬車を出発させるお父様。一緒にはいかないみたいだね。
「では、私はこれで、ウィザーズの今後のご活躍を心より祈っております」
そう言うと受付嬢も戻っていった。その言葉には、今回、こっちの取り分は無いんだから、今後依頼をいっぱい受けてね。みたいな裏がありそうだ。
「さて、この後時間があるなら、食事でもどうだ?」
「行ってきなさいよ。私たちは近くを散策してるから」
アルトなりの気遣いなのかそんな言葉を掛けられる。別に一緒に行ってもいいんだけど、その気遣いを無駄にする必要もなく、お父様と二人で食事に出ることにした。
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