第百四十二話 フィン・コストマン
ナハトブラオ王家から派遣されてきたであろう、三十代後半くらいの男。この国でよくみられる男性にしては少し長めの黒髪に、ノーアたちと似たような軍服のような服を着ている。だけど、彼女たちとは違って、飾りが少ないね。もしかしたら、身分とか階級を表しているものなのかもしれない。
私がどこで会ったんだっけと、頭を悩ませている横では、アニとアルトが目を剥いている。
「お初にお目にかかります。本日、素材買取の担当をさせて頂きます。フィン・コストマンと申します。円滑な取引のほどよろしくお願いします」
「あんた。お初にお目にかかりますだなんて、本気で言ってるの?」
少し怒りを感じさせるような声でアルトがそう言い放つ。ということは、私たちのことを覚えていないことがおかしいような間柄ってことだよね。そんな親しい関係で私が覚えてないなんておかしい。そもそも、黒髪の知り合いなんてそんなに多くないはずだ。ノーアたちに、後はオリーヴィアくらいだよね……ん?オリーヴィア?あ!!思い出した!!
「…名前を聞いたときもしやと思ったが、アニの顔を見て確信した。久しぶりだな、ハイデマリー。と言っても、君は覚えていないかもしれないが…」
苦々しくも、重々しい雰囲気でそう告げるフィン。まあ、私たちの関係性を考えると当然なんだけど。初対面の挨拶をしたのは、向こうも、私が自分のことを覚えていないと思ったからだろうね。
「皆さんはお知り合いだったのですね。」
「ああ。少し席を外してもらえないか?取引が始まるころにもう一度声を掛ける」
そのまま、先ほどの受付嬢を追い出し、私たちの向かい側に腰を下ろす。少し居心地が悪そうに、何度か居住まいを正した後、詰まっているものを無理やり絞り出すかのように、ポツリと言葉を吐き出した。
「さっきも言ったが、私はフィン・コストマン。旧姓、フィン・キースリング。ハイデマリー。君の実の父親だ。」
ここで私は、一応驚いたというような顔をしておく。フィンと実際にあったのは、私が赤ん坊の時に数回だけだ。そのころの記憶なんて普通は残っているはずがない。転生した影響で、記憶が残っている私でも、よく頭を働かせないと思い出せないくらいだし。
「……お兄様やお姉さまから話は聞いています。私が小さいころに失踪したのだとか」
「失踪か。それだとまるで、私が自ら家を出たみたいないい草だな。子供たちに真実を告げないのはフリーダらしいが。彼女は今どうしている?」
この言い方だと、フィンは私たちを捨てて出ていったんじゃなくて、追い出されたみたいな感じだろうね。
「さあ?私も家を出てから久しいですからね。存じません。それより、お父様は自ら家を出たのではなく―」
「ああ。フリーダの奴に追い出されたみたいなものだ。私はもともと、海外出身―この国出身の入り婿だったから、離縁するのも簡単だったらしい。国内に後ろ盾がほとんどないわけだしな」
「そもそも、なんで追い出されたわけ?」
アルトがそう口を挿む。毒の沼に落とされ、私を金のために利用していたあの女を止めることもせずに、居なくなったフィンに対して、アルトは今までいい感情を持っていなかった。まあ、私もだけど。それでも、フィンの話に耳を傾けてる。一考の余地ありってことなのかな。
「あなたは、ハイデマリーのそばにいた精霊ですよね。特殊な魔道具を使っていたので、私も気が付いていました。それを言っても、フリーダが利用するだけだと思っていたので黙っていましたが…」
アルトは、私が毒の沼に落とされ、浄化した直後から付いているわけだから、見えていたなら知っていてもおかしくはない。目利きの義眼みたいな瞳に使う魔道具なのかな。確か、フィンは魔道具職人だったよね。キースリングの屋敷にあった外から魔力の影響を受けない部屋もフィンが作ったってエーバルトが言ってたし。
「あら、知ってたのね。まあ、そんなことはいいわ。今は話の続きを」
「私がキースリング家を追い出された理由でしたか。簡単に言えば、貴族への反逆罪で、国外追放になったからですね」
「反逆罪ですか?」
「ああ。いろいろあって、フリーダの方針に反対していたから、邪魔だと思われたんだろうな。上にあること無いこと申告され、そういうことになった。結婚する前はこの国の騎士爵家の子供だったから、打ち首だけは免れたが」
他国の貴族を簡単に処刑することは出来ないから、元の国に強制送還した感じか。私たちを捨てて逃げたんだと思ってたけど、それは全然違ってたみたいだね。フリーダの方針に逆らったってことは、たぶん私の扱いについてのことだと思う。そう考えると、今までの悪印象がどんどん和らいでいく。
「そこから、私は故郷であるナハトブラオに戻ったわけだが、他国で反逆罪に問われた男なんて、実家が受け入れてくれるわけもない。今までに作った魔道具を売って、何とか食いつないでいた。―ああ、私はもともと魔道具職人をしていたんだ。技術交換でブランデンブルグに行った時に、キースリング家との婚約を持ち掛けられた。実家は騎士爵家だから、他国の伯爵家と縁が持てると、話はとんとん拍子で進み、フリーダとの結婚が決まった。当時、フリーダは三女で上に兄が二人と、姉が一人いた。私を婿として迎え入れても、跡目争いには全く関係なかったという理由もあったからだと思う。結婚した後、私はしばらく魔道具を作るだけの悠々自適な生活をしていたが、数年が経つ頃、フリーダの上の兄弟が、一斉に不審死を遂げた。今思えば、あれも彼女の……結果的に、入り婿である私ではなく、血の繋がりがあるフリーダが家督を継いだわけだ…いつの間にか昔の話になっていたな。今は、私が生活のために売っていた魔道具に興味を持ってくれた人に拾われ、何とか生活しているよ。見ての通り、国の役人だ」
フィンの過去は想像以上に壮絶なものだった、さすがの私でも少しかわいそうになる。故郷から出ていくことになり、行った先では反逆罪。戻ってきたらその日暮らしなんてひどいにもほどがある。
「アンタも苦労してたのね…」
アルトまでそう吐く始末。
「自分ではそこまで苦労している気は無かったが…そうだな。子供たちに会えなくなったのは、正直きつかった。だから、今日、こうして会えたことがすごくうれしいよ。まさか冒険者になっているとは思っていなかったが。それもAランクだろう?この業界のトップにいるってわけだ。私も誇らしいよ」
そう言う、フィンの瞳には温かいものが宿っていた。たぶん、親の愛情というものに触れたのは、二度の人生で今が初めてだ。なんというか、私の胸まで何かがこみ上げてくる。今まで感じていた恨み辛みなんてどこかに吹き飛んでしまった。その恨み自体も勘違いみたいなものだったし。
「私も会えてよかったです。お兄様たちもお父様の行方を捜しているみたいでしたから、会いに行ったらどうですか?」
「さっきも言ったが、私は国外追放処分を受けている。船に乗ることも出来ないよ」
少しでも何かしてあげられればとそう言ってみると、すぐに否定の言葉が返ってきた。まあ、船に乗れなくても関係ないんだけど。私のテレポートがあればね。
「船に乗らなくても、会いに行く手段はありますよ。私の魔法を使えばいいんです」
「魔法?そりゃあ私の娘だ。君も魔力を持っていてもおかしくないだろうが、国から国へ移動する魔法なんて、途方もない魔力を使うんじゃないのか?それに、フリーダのこともある」
フィンの娘だから?もしかして、フィンも魔力を持ってるのかな。いや、当たり前か。魔道具職人なら魔力を持ってないと逆におかしい。魔力が無ければ、魔道具を作っても動かすことが出来ないし、そもそも、どんな風に魔力が動くかが分からないだろうから、魔道具を作ることも出来ないでしょ。
「大丈夫です。アルトと―精霊と契約したことで、私の魔力はほぼ無限ですから。空気中から取り込むことが出来ます。一瞬でナハトブラオまで移動することが出来ますよ。あの女―フリーダのことも問題ありません。さっきはどこまで言っていいのか分かっていなかったので伏せていましたが、すでに死んでます。今はお兄様が伯爵位を継いでいるんですよ。お兄様とお姉様に事情を説明してからになりますから、今すぐにとはいきませんけど」
「私が会いに行ってもいいのか……?」
フィンの瞳は、今にも涙が零れそうなほど潤んでいる。それには、この約十年の間に積もりに積もった思いを嫌でも感じさせられた。
「きっと、お兄様もお姉様も歓迎してくれると思いますよ」
私のその言葉で、堰を切ったかのように静かに涙が溢れ出す。それは、今までに見た何よりも、美しい感情の吐露だった。
「ありがとう…」
その小さな呟きは、私の心に新たな感情を芽生えさせるほどの力を持っていた。親への信愛という感情を。
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