第百四十話 一角獣の解体

 拠点に戻ってくるなり、早速庭に素材となった一角獣を取り出す。仕舞った時は、完全にカチンコチンに凍ってたけど、半分くらいは溶けちゃってるね。想定よりは溶けてないから収納魔法の中に入れておけば、食べものなんかも意外と保存できるかもしれない。あ、そうだ。後で買ってきた香辛料とレシピ本を料理人たちに渡しておかないと。


「さて、さっさと始めましょう。あなたたちも手伝って―イザベルがいないわね…」

「ああ。イザベルなら、他の半デーモンたちに顔を見せに行ったよ」

「行動が早いわね…」

「まあ、他の半デーモンは家族のようなものだって言ってましたし、久しぶりに帰ってきましたから、会いたくなるのも無理はありませんよ」

「そういうものなのね。じゃあ、私たちだけで進めちゃいましょう。使用人たちに手伝いを頼むにも、人力だと時間が掛かるし、そもそも必要な道具も無いもの。すごい大きさの鋸とかが必要だし」


確かにこの一角獣の大きさだと、普通の大きさの道具じゃ文字通り、全く歯が立たないと思う。なにせあの船と似たような大きさだし。この拠点のなかに作らせた庭の空き地もギチギチだ。たぶん頭を落として無かったら入っていなかったと思う。これだと、アルトが欲しがってた角を取るのは最後になりそうだね。


「まずは血抜きからね。一角獣は寒い水の中も泳げるように、血は低温でも凍らないし、腐敗もしないの。たとえ死後でもね。首を落としたのも凍らせた後だから、傷口も凍ってるし血があんまり抜けてないから、血を抜いておかないと」

「解凍はしなくていいの?」


氷を完全に溶かした方が、進めやすいと思うけど。切ったりするのも楽だろうし。


「どうせ引き渡すときは凍らせることになると思うわ。常温だと肉部分は腐るし。状態維持の魔道具を預かったりしてるわけでもないしね」


状態維持の魔道具ってエーバルトが蜂蜜パイを持ってくるときに使ってた魔道具だよね。あれがあれば腐るのを防ぐことは出来るだろうけど、大きさ的に全部入れるのは無理でしょ。ちょっと大きめのハンドバッグくらいしかなかったし。そういえば、エーバルトは魔道具にどうやって魔力を込めていたんだろう?


「魔道具があっても、大きさ的に無理じゃないですか?」

「ナハトブラオには大きいものがあるかもしれないじゃない。向こうは魔道具の国よ?まあ、それを私たちに渡すとは思えないけど。持ち逃げを警戒するだろうし」


アニも私と同じことを思ったみたいで、アルトに疑問をぶつけていた。

確かに、ナハトブラオに大きい状態維持の魔道具があっても不思議はない。そんなことより、今はエーバルトが魔道具に魔力を込めた方法が気になる。後で、オリーヴィア経由で聞いてみよう。


「じゃあ、凍らせたままでいいってことね。溶けてる部分はまた凍らせる感じだよね?」


向こうの世界の食材なんかだと、解凍したものをもう一回冷凍するのはNGなんて聞くけど、まあ、食べるわけじゃないだろうし大丈夫でしょ。というか、保存のために冷凍するっていう文化があんまりなさそう。そもそも冷蔵庫とか冷凍庫が無いだろうし。似たような機能がある魔道具ならあるかもしれないけどね。


「溶けてる部分は私たちで処理しちゃいましょう。解凍したものをもう一回凍らせても、あんまり意味ないって昔ソプラノが言ってたわ」


ソプラノ、そんなことまで知ってるのか。さすが賢者って呼ばれてるだけのことはある。


「処理するって、何に使うんですか?」

「肉部分は武器素材にすることも出来ないし、食べるのよ。見たところ、まだ腐ってないしね。一角獣みたいな海の獣肉は、美味しいって噂よ」


あ、食べるんだ。美味しいってことなら、ちょっと興味がある。どんな味なんだろう。唐揚げとかにしたら美味しそうだよね。


「さてと、じゃあさっさと始めちゃおう。まずは血を抜くってことだよね。どうすればいいの?」

「食べ物って聞いた途端にやる気になったわね…まずは、溶けてる部分を切り取っちゃいましょう。水の刃でアニが切り取って、ハイデマリーが魔法で逆さ吊りにする。そして、流れてくる血液も素材になるから、あたしが液体操作で何かの容器に―」

「あ、それなら、黒のダンジョンの宝物庫にあった製薬用のでっかい鍋に入れればいいんじゃない?」


収納魔法から例の鍋を取り出す。見た感じ、四、五十リットルくらいは入りそうだし、大丈夫だと思う。


「そうね。とりあえず、その鍋に入れておけばいいわ。後は、使用人の誰かに、小瓶か何かを買ってきてもらいましょう」


 大体の方針が決まったわけで、ついに解体を始める。まずは私が、一角獣を空中に浮かべて逆さ吊りにした。さすがにこの大きさのものが宙に浮くと、日光が遮られて、ちょっと周辺が暗くなってるね。急に暗くなったことに驚いたのか、手が空いている使用人たちが、わらわらと庭に集まってきて、宙に浮く首なし一角獣を見てぎょっとしたり、腰を抜かしたり、魔物がいる!!と騒いだり様々だ。そんな使用人たちに、事情を説明するのはアニ。ついでに瓶を買いに行ってもらえるように頼んでるね。誰が買いに行くかでちょっと争っているのが横目で見える。みんな解体ショーが見たいみたいのかな。


「アニ。切っちゃっていいわよ」


使用人たちへの説明が終わるのを見計らってか、アルトがアニにそう指示を出すと、水の刃が走り、氷が溶けている部分を切り取る。切った部分が落ちないように、そっちも宙に浮かせておく。これは後で食べることになるから、料理人たちに渡す前に、浄化できれいにしておこう。そうすれば寄生虫とかもそれで処理できるし。


 断面口からはたらたらと血液が滴っているけど、一滴たりとも、地面に落ちたりはしていない。こっちも空中で玉状になって、キープされている。血液の玉だから、ちょっとおどろおどろしい。まあ、そんなことがほとんど気にならないくらい、臭いがヤバイ。生臭さがとんでもないね…これ、近所で異臭騒ぎとかにならないかな…


「そろそろ、血抜きはいいかしら。次は、骨を抜かないとね。細かい骨は砕けてもいいけど、背骨は繋がったまま抜き取りたいわ。その方が高く売れるから」


アニが切った断面には、骨が浮き出て見える、私の胴より太さがありそうだ。背骨は傷ついてなさそうだね。もしかしたら、あえて骨を切らないように切ったのかもしれない。まあ、あれだけ太い骨だとスムーズには切れなそうだし。


「どうやって背骨を抜くの?」

「うーん。考えてみればちょっと難しいかもしれないわね。いっそのこと、凍ってる下半分も切っちゃった方が早いかもしれないわ」

「じゃあ、下も切っちゃいますね」


そう言うと、アニが下半分も切り取ってしまう。すると、きれいに背骨だけが残った。魔法の正確性はアニがピカ一だね。


「これで大丈夫そうですか?」

「完璧ね。凍ってる部分はどうしようかしら。細かく切った方がいいか、そのままの方がいいか…」

「そのままでいいんじゃない?何に使うのか分からないし、大きい状態で欲しがってるとしたら、切っちゃったらどうしようもないでしょ?逆に細かい状態で欲しいなら、引き渡した後で、向こうがやるだろうし」

「なら、このままにしておきましょう。一応、氷魔法の重ね掛けで、氷を厚くしておきましょう」


そのまま、アルトがさらに氷魔法を使ったのが分かった。私が使っている冷却魔法とは違って、水が無くても氷を生み出すことが出来るみたいだ。


「これで良しっと。あとは、私たちの取り分の肉を切り分けて―」

「それならもうやっておきましたよ。あの小さいのが心臓です。魔力がたまっていたのですぐに分かりました」


アルトが氷を強化している間に、アニが切り分けてくれているのが、肉塊を空中で保管していた私には分かった。そういえば、アルトは心臓も欲しがってたね。何に使うんだろう。


「仕事が早いわね。なら次は頭ね。」


収納魔法にアクセスできるアルトが、引き渡すための素材を仕舞い、今度は頭を取り出す。頭だけでも結構おっきいな。角もあるからかな。角だけでも、長さ三メートルくらいはあると思う。


「頭自体はいらないから、手を付けないけど、角を切り取らないと。これは、半分に切って片方は、アニの武器の素材にするつもりよ。ミスリルの剣と言っても、所詮金属だから、魔物を借り続けたら、血が付くわけだから錆びちゃうでしょ。その点、一角獣の角ならそれを避けられる。後は、魔力が流れやすい性質もあるから、前に言ってた、炎の剣とかもミスリルよりは使いやすいと思うわ。金属みたいな性質を持っているのに錆びないないし、魔力も通りやすいなんて絶好の素材じゃない?」

「それは、ありがたいですが、いいんですか?私、今回の討伐だと、ほとんど何も出来ていませんが…」

「いいのよ。これだけ長さがあるんだから、一人で使い切る用途も無いわ」

「そういえば、アルトは何に使うの?」

「心臓は、魔力を貯めておける性質と、血と同じで腐敗しない性質があるから、何かに使えるかもしれないと思ってキープしておくだけよ。角の方は、魔力を通しやすいわけだから、魔道具の素材としても最高。ちょっと作ってみたい魔道具があるから、それに使おうと思って。いい魔力炉が手に入ったら貰ってもいいかしら?」

「それはいいけど、どんな魔道具をつくるの?」

「それは、作ってからのお楽しみ」


もったいぶって教えてくれない。まあ、いつものことと言えばいつものことか。私もよくやるし。



 角を半分に切り分けた後、血液を買ってきてもらった小瓶に入れて、後は、食用の肉に浄化を掛ければ、今回の解体は終了。血液の方は、たくさんあるから、一応、少し自分たちようにもキープしておく。腐らないから、保存にも困らないしね。遠巻きに解体ショーを眺めていた使用人たちも、楽しめたようで何よりだ。


「そういえば、ハイデマリーの取り分が何もなかったわね…」

「別にいいよ。一角獣のお肉は美味しいみたいだし、それが食べられれば満足」

「あなたがいいなら、別にいいけど…」

「では、私は、一角獣の肉を運ばせるように指示を出してきます」

「あ、それなら、これも渡しておいて。さっき買ったレシピ本と香辛料」

「分かりました」


そう言うと、アニは再び仕事だと言った感じで、せかせかと動き出す。そんな感じで、一角獣の解体ショーは幕を下ろした。

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