第百三十八話 外交官との会食
「みなさんはどうしてナハトブラオに?」
運ばれてきたスープに手を付けながら、外交長官と名乗ったラインハルトがそう聞いてくる。
こちらを探ろうとしているか、その墨色の瞳で、こちらの一挙手一投足を見逃すまいとじっと見つめてくる。なんでかすごく警戒されているみたいだね。この国に入ってから数時間しか経っていないわけで、まだトランプくらいしかしてない。警戒される謂れはないと思うんだけど…私の方に視線を向けてくるのもおかしい気がする。この質問に答えるのは、私だと思っているってことだよね。年齢的に、このパーティーのリーダを私だと認識するのは意味が分からない。登録上もアルトにしてあるし。
「別に、明確な目的があってきたわけじゃないわ。あたしたち、依頼をこなしながら世界を旅してまわってるのよ。ブランデンブルクではいろいろなところを見てきたし、そろそろ国の外に出てみようってことになっただけ」
アルトがそう答えたことで、意表を突かれたかというように、視線を移動させるのが分かった。だからと言って、その驚きを表に出すようなことはしていない。さすが貴族と言ったところかな。社交の場であからさまに表情を出すのは、貴族としては悪手だ。その表情から自分の内心を相手に悟られれば、弱みを握られる可能性があるからね。
「なるほど。そういう事情だったのですか。我が国にAランク冒険者が来るのは久しぶりですからね。何か特殊なお仕事でもあるのかと思いまして」
アルトが言ったことを完全に鵜呑みにしたわけではないと思うけど、一応は納得してくれたみたいだね。こっちは全く嘘を言ってないのに、向けられている懐疑心を完全に晴らすのは難しい。こういうのを悪魔の証明って言うんだっけ。
そこからは、特に何事もなく、当たり障りのない話をしながら食事は進んでいく。私たちが今までしてきた冒険譚について話したり、この国の情勢なんかを聞いてみたりした。現在のナハトブラオ国内は特に荒れているということも無く、安定した情勢らしい。ブランデンブルグはトップである国王が変わってまだ一年と少ししか経っていないから、安定しているとは言えないけど、この国は政治体制も安定していて、他国と戦争をしているなんてことも無いみたいだ。ただ、高ランクの冒険者が滞在していないことから、ちょっとしたごたごたみたいなものが多いみたい。特に魔物関係だね。あまりに危険なものは軍隊を派遣して討伐しているけど、全く手が足りていないってことだった。冒険者ギルドに依頼を出しても、討伐できるほどの力を持った冒険者がいないから、意味が無いし、強制依頼として招集するほどには緊急性が高くなかったりと、理由はいろいろあるみたいだ。この国を回るんだったら、そんな高難度で放置されている依頼を手が空いている時でいいから片付けておいて欲しいと頼まれてしまった。需要が高いおかげで、依頼料はブランデンブルクのものより四割ほど高くなっている。面倒ごとを押し付けられた感も否めないけど、依頼をこなすのは冒険者としての仕事でもあるし、完全に断ることは出来なかった。受けるか受けないかは、依頼を見てから決めるから、ギルドに話を通しておいてもらうことにして、この話は終わらせた。あんまり長く続けていると、どんどん押し付けられそうだし。
「そういえば、今回討伐された一角獣の素材を国王陛下が買い取りたいそうです。もちろん皆さんがよろしければですが…」
デザートとして運ばれてきた、メロンみたいな果物を口に運びながらノーアがそう言う。
それにならって私もメロンもどきを口に入れると、なんと味までメロン―ということは無く、トマトに近い味だった。私、トマト嫌いなんだけど…そういえば、今回の会食で食べ物の好みとか聞かれなかったな。まあ、トマトが存在するなんて知らなかったから、聞かれたところで意味なかったけどね。
「今回素材を欲しがったのはアルトですから、アルトがいいならいいですよ」
トマトを口に入れるのが嫌すぎて、すぐにそう返事をしてしまう。喋っている間は食べなくていいからね。
「心臓と角以外ならいいわよ」
アルトもこのメロンもどきトマトは気に入らなかったのか、一切手を付けずに、そう答える。イザベルとアニは普通に食べてるね。
「私の分も食べる?」
アルトとノーアの会話にみんなの注目が集まっているのを利用して、隣に座るイザベルに聞いてみると、「いいのか!?」なんて言って喜んで食べてくれた。イザベルのマナーもそこまで問題があるわけでもなかったし、これはご褒美と言うことにしておこう。
「では、冒険者ギルドを通しての引き渡しと言うことでよろしいでしょうか?」
「そっちで話を通しておいてくれるなら問題ないわ。解体がまだだから、少し時間が掛かるかもしれないけど」
解体をしていないならあんな巨大なものどこに置いているんだろうって思われてるみたいで、不思議そうな顔をしているノーラ。収納魔法を知らなければ無理もない。
あれ、アルトのお皿からもメロンもどきが消えてるね。アニのお皿に移した様子は無かったのに…さては、収納魔法に突っ込んだな。後でちゃんと回収しないと…
「今晩は、ここにお泊りください。寝台を準備させます」
食事を終え、食後の紅茶に舌鼓を打っていると、ラインハルトが余計な提案をしてくる。
何も言われなければ、拠点に帰って休んだのに…こう言われちゃうと飲むしかないんだよね。私たち、まだここから外に出られないし。テレポートのことを言うのもよくない気がする。ちょっと警戒されてるし、そんな力があることを知られたら、監視が厳しくなりそう。まあ、諜報活動とか暗殺とかにはすごく向いてるからね。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
私がそう返したことで、目に見えて肩を落としたイザベルとアルト。やっぱり、一旦帰りたかったみたいだね。よく見ればアニも少し落胆しているのが分かる。気持ちは分かるけど、文句はラインハルトに言ってほしい。
私の言葉を聞いたラインハルトが、周りの使用人なのか、ここの職員なのかは分からないけど、その人たちに指示を出しているのを横目に私たちはこの場を辞した。寝台があるのはさっきと別の部屋みたいで、私たちが戻っても、準備の邪魔になることは無い。
「食事はちょっと期待外れだったけど、有意義な情報が手に入ったわね。それに、一角獣の素材も高く売れそうだし。普通に売るよりも、少し高値で引き取ってくれるみたいだし」
長い廊下を歩きながらアルトがそう言う。
まあ、確かにご飯はそこまで美味しいって感じじゃなかったね。たぶん、この会食自体が急に決まったことなんだと思う。全部の料理が手抜きとまではいかなかったけど、急ごしらえ感が否めなかった。
「そうだね。やっぱり拠点のご飯の方がおいしい」
私が向こうの世界のレシピを流しているから、食事のレベルはこの世界の標準レベルからかけ離れていると思う。最初は下ごしらえなんかの方法を料理人たちに覚えさせるのが大変だったけど、今となっては十分なレベルになっている。
「でも、船の中のよりはおいしかったよ」
イザベルは意外に満足したみたい。この子はなんでもおいしそうに食べてる気がするけどね。
「そんなことより、どうして拠点に変えることにしなかったの?」
アルトの質問に、私はさっき考えたことをつらつらと告げていく。不満顔ながらも、一応みんな納得してくれたみたいだ。
「まあ、明日にはここを出れるんだし、そしたら戻ればいいよ。何日か休んでから、またこっちに来てもいいし」
自由になれないのは今日だけだ。他国に着た途端に、相手の都合を無視して自由に行動するのはさすがに自重する。永久入国禁止とかになったら困るからね。船での生活が無駄になるし。
「今日はもう休もうか。いろいろありすぎて疲れたよ」
底からは。寝台の準備が終わったと、呼びに来るまで先ほどの客室で体の洗浄なんかをしながら過ごした。さすがに、湯浴みは出来ないみたいだったからね。まあ、こっちの世界だと、毎日お風呂に入る人の方が珍しい。私たちの拠点はお風呂の準備がすぐにできるようになっているけど、普通は水を運んで、沸かしてとすごく準備に時間が掛かるからね。ナハトブラオは魔道具の国だし、ブランデンブルクよりは楽かもしれないけど。
「そうですね。明日からはまた忙しくなりそうですし」
全員が寝床に着いたのを確認し、アニが部屋の明かりを消す。みんな疲れていたみたいで、そこからすぐに、寝息が聞こえてきた。睡眠が必ずしも必要じゃないアルトまでしっかり眠っているみたいだ。そんなことを考えていれば、私もすぐに夢の世界へと旅立った。明日からの新天地での冒険を瞼の裏に描きながら。
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