第百三十七話 ナハトブラオ
「この国の馬車は乗り心地がいいわね」
馬車に乗り込み、揺られること数分。ほとんど初対面であるノーアが同乗しているせいか、少し気まずい空気が流れる車内で、それを打ち破るかのようにアルトがそう声を上げた。意識しての事じゃないと思うけどね。
「揺れを軽減する魔道具が使われていますからね。ナハトブラオ国内でもそうたくさんあるわけではないのですが、国が所有しているものの中であればそこそこ数はありますが」
「さすが魔道具の国ですね。他にはどんなところに使われているのですか?」
今度は私が聞いてみる。今回はしばらく貴族モードで会話を進めていくつもりだ。こっちが丁寧に接したら、向こうも気分がよくなっていろいろ教えてくれそうだし。あとは、冒険者風情がって舐められないようにっていうのもある。冒険者は学がないと思われがちだからね。こっちがある程度の教育を受けていることを示しておいた方がいい。
「我が国は、魔道具の作成に必ず必要な部品を低価格で量産することが出来ているため、ホントに様々なところで使われていますよ。一般庶民の家にも普及しているくらいです」
「魔力炉の量産に成功したということですか!?」
「私は魔道具職人ではないので、そこまで詳しいことはわかりませんが、魔力炉というものの量産が成功しているのは事実です」
「庶民まで魔道具が行き渡っているってことは、魔力の保有者がこの国にはたくさんいるんだね…」
そう言ったのはイザベル。
魔力炉の量産の方に意識が向きすぎてて、あんまり重要視していなかったけどそういうことになる。この国と敵対なんかしたらやばいかもね。
「いえ、そういうわけではなく、魔道具の方を改良しています。常人が持つ少ない魔力でも動かせる魔道具を作っているのですよ。一般人が使うような魔道具は生活にかかわるものくらいなので、そこまで魔力も必要ないみたいですし」
「この国が魔術―魔法使いだらけってわけじゃないのね」
がっかりしているのか、安心しているのかよくわからない声音でアルトが言う。
魔術使いがてんこ盛りの国っていうわけじゃなくても、文明レベルのはすごい差がありそうだね。近代化とまではいかないと思うけど、なにか面白そうなものはたくさんありそうだ。
「ええ。魔力保有量が多い人間の割合はブランデンブルグと変わらないと思いますよ――もうすぐ会場につきますね」
腕につけている時計のような何かに一瞬視線を落としてからそう言ったノーア。
時計じゃないだろうから、現在地が分かるような何かなんだと思う。GPSじゃないけど、この場の座標が分かる的な。
「いつの間にか、森を抜けてますね。ずっと揺れが少ないですから気が付きませんでした。」
窓側に座っているアニが窓の外を物珍しそうに眺めている。…こっちからじゃ外は全然見えないね。窓側に座ればよかった。
「王都の貴族エリアのようですね…」
小声でさらにそう呟いたのが聞こえた。
おそらく、私たちが今いる場所は貴族だけが入れる場所ではないはずだ。他所の国から来たばかりの一介の冒険者を、政治や、国の機能の中心である貴族エリアに招くはずがない。そもそもここが王都というか、首都なのかもわからない。船着場からすぐにつくような場所に国の中心を置いてたんじゃあ、防衛上問題がありそうだし、そうじゃないと思う。絶対とは言い切れないけどね。
「ここは外交の町、ファクラーです。私の父が領主をしている町ですね。船着場から一番近い町ということもあり、ブランデンブルグに限らず、海外の方が多いですね。どこの国から来ても、到着する船着場は先ほどの場所ですから。冒険者など、特殊な身の上でない限り、この町より奥へ進むことすら許可されないことも少なくないので」
ノーアが貴族だっていうのは外交官という要職についているわけだから、すぐに分かったけど、領主の娘だったんだ。今の話だと、普通の観光客とかはこの町だけを観光するってかんじかな。だから、貴族エリア並みに清潔にしているのかもしれない。というか、商売に来た商人とかもこの町から出られないのかな?そんなことだと、相当な利益が見込めないと、商人が来なくなりそうだし、さすがにそれはないか。
町の中をしばらく走っているうちに、車窓から差し込む光が急に小さくなったのを感じる。どうやら、馬車ごとどこかの建物に乗り付けたみたいだ。ガレージみたいになってるのかな。結局、馬は移動させないといけないわけだからあんまり意味ない気がするけど、雨の日なんかは、濡れずに建物に入れるから便利そうだね。
「ここが会場の、外交省本部です。皆様ご降車ください。」
その声に従って、馬車を降り、時間まで待機していてほしいと綺麗に整えられた部屋に通された。時刻は夕方より少し早いくらい。夕食時まではまだ時間があるから町を見て回りたいって言ってみたけど、外交官の馬車に乗っていたことで、町に入るための手続きをスルーしちゃってるから、今はまだ町に出ることは出来ないと言われてしまった。その手続きとやらの準備も進めてくれているらしく、会食後、明日であれば自由に町に出ても構わないそうだ。普通に町に入れば、身分証を見せるだけで入れただろうに、面倒なことこの上ない。それともこの国は、町に入るのに身分証を見せるだけじゃダメなのかな。国民じゃないっていう理由もあるかもしれないけど、冒険者の身分証ならどこでも行き放題って聞いてたんだけど…
「これ、体よく閉じ込められたんじゃないでしょうね…」
アルトがソファーに座って寛ぎながらそう言う。「拠点にあるやつの方が座り心地はいいわね…」なんてことを呟いてるけど、別に、悪くはないと思う。うちにあるやつのほうがグレードが高いものってだけだ。値段も高かったしね。
「扉は普通に開くし、そんなこと無いと思うよ。シンプルに歓待してくれるんじゃないかな。別に閉じ込められてても、テレポートでどっかに移動すればいいよ。まあ、ワープポイントは船着場にしかないけど」
「久しぶりの、船の外でのご飯だから楽しみだね」
イザベルはやっぱり能天気。まあ、いままで例の村からほとんど出たことが無かったみたいだし、分からなくはないけどね。いろんなことを見たり知ったりしていて、楽しいんだと思う。生活のレベルも上がっただろうし。
「ただ単純にこんな会を開いてくれるとは思いませんから、一応注意した方がいいと思いますよ。名目上は一角獣討伐のお礼ということになっていますが、何かまた頼まれたりするかもしれませんよ。Aランク冒険者のほとんどが、今はブランデンブルグに滞在している状態ですし」
そういえば、強制依頼の時にそんなこと言ってたっけ。それだと、国内に難易度の高い依頼が山積みになっているかもしれないね。
「もしそうなら、依頼を適当にこなしながら国を見て回るのがいいかもしれないわね。お金も稼げて、いろいろなところを見て回れるなんて、最高じゃない?」
「アルトの言うことも間違っては無いんだけど、体よくつかわれてるみたいで、なんか癪に障る…」
実際にそうなったわけでもないのに、今からちょっと気分が悪くなってきた。
そこから、会食に呼ばれるまで、今日も今日とてトランプ大会だ。ここまでで頻繁に使うなら、ペラペラで滑りが悪い紙で作るんじゃなくて、もう少し固い紙とかで作り直してもいいかもしれない。ちなみに今日のゲームは大富豪。個人的には一番好きなゲームだからイザベルにも教えてみた。最初は全然だったけど、内容が分かってきてからは、徐々に強くなっていって楽しそうに遊んでくれていた。暇つぶし以外にも、数字の勉強にもなるし、トランプは有用かもしれない。
そのまま遊んでいるうちに少し時間がたっていたみたいで食事の準備が出来たと、案内される。外交省という、公の施設なのに執事や給仕がいるっていうのはなんか変な感じだ。こういう会食みたいなものが定期的に開かれるんだろうか。
会場になっている部屋は、少し大きめの円形のテーブルが置かれているだけの簡素な部屋だった。だからと言って、安っぽいとかそういうことは無い。何も飾れていない壁も、なんというか優雅さみたいなのが漂っている。
「お待ちしておりました。おかけください。」
すでに席についていたノーアにそう声を掛けられる。
ノーアの他には、もう一人明らかに貴族だろっていう、品のいい服を着た、やせ型の男が席についていた。アニと私はマナー教育を受けているからいいけど、イザベルとアルトはそんなもの受けていない。アルトは、私が教育を受けていた時、近くにいたからまだ何とかなるかもしれないけど、イザベルはそうもいかない。マナーがなっていないってことで、無駄な反感とかを買いたくないな…
「では、私から挨拶を。私はナハトブラオ魔道王国、外交長官のラインハルト・アードラースヘルムです。以後お見知りおきを」
そんな外交長官と名乗った男の挨拶で私たちのナハトブラオでの生活が幕を開けた。
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