第百三十六話 ナハトブラオ上陸と外交官

 船に戻った後は、船の船長や船員たちから口々に感謝の言葉を贈られ、会食まですることになってしまった。といっても、食べ飽きたイタリアンもどきレストランでの食事だから、何にもうれしくないけどね。その時に聞いた話だけど、なんでも、国の偉い人が感謝の言葉を述べたいとかなんとか言ってきたらしい。一角獣に襲われた地点は、ブランデンブルグの海域じゃなくて、ナハトブラオの海域だったため、ここで船を失うことになれば、二国で共同運営しているわけだから、国交に問題が生じたかもしれなかったんだって。私たちが、冒険者という国に縛られない立場にいたことも相まって、都合がよかったらしい。どちらの国にも所属しているとも、いないともいえる立場の人間だからってことだった。確かに、今回、船はブランデンブルグから出発しているわけだから、船の中はその関係者が多いはずだ。そいつらが解決していたら、面倒くさい要求をされていただろうね。貿易の関税緩和とか、謝礼を出せとかそういうことになっていたと思う。私がブランデンブルグの伯爵令嬢だって知ったらおったまげるだろうね。まあ、言う気は無いけど。


 その後私たちは、船の機関部である魔道具に魔力を供給した。実際の魔道具そのものを見せてもらうことは出来なくて、水晶玉みたいなものに魔力を流しただけだけどね。魔力で満たしたその水晶玉を魔道具にセットすればそれで船を動かせるって話だった。どうせなら直接見てみたかったけど、こればっかりはしょうがない。こっそり忍び込んで見たかったわけでもないし。


私たちが魔力を供給したことによって、船は最高速で先行することが出来るようになり、一角獣を倒して海の流れ―海流が正常化したのも相まってあれから、丸一日も経たないうちに、ナハトブラオに到着した。船での生活は飽き飽きしていたし、いいこと尽くめだね。




 「ここがナハトブラオ……船着き場のすぐ近くが森だなんて、なんだか変な気分ね。そういえば、例のお偉いさんが迎えに来るって言ってたけど、どこにいるのかしら?」


船を降りた先は港町になっているようなところではなく、どこからどう見ても、ただの森だった。見たことのない果樹や、ここからでも分かるほど、いい香りのする香木が青々と生い茂っている。街道は整備されているみたいだけど、家とかお店とかの建物の姿は一切ないね。どうしてこんなところに、船を着けるんだろう。あえて人が少ない場所に船を着けているとしか思えない。外国からの船で人の行き来が激しいわけだから、放っておいても勝手に栄えていくだろうに。許可を出していないとかなのかな。


「あ、あちらの馬車です。外交官の紋章が扉の所に―」


私たちと一緒に船を降りた船長が、指を差した先には豪華な作りの赤い馬車が止まっていた。馬も大きくて猛々しい。このレベルの馬を見るのは、初めて王宮に行った時に乗った馬車以来だね。そんなに馬について詳しいわけじゃないから、あくまで見た目の話だけどね。

船長が馬車を指差したことが見えていたのか、中から人が下りてきた。ブランデンブルグではあまり見ることのない、黒髪に赤色の軍服みたいなものを身にまとっている女の人だ。まあ、私は黒髪なんてオリーヴィアで見慣れているけどね。


「では、私はこれで。今回の航行で乗員乗客ともに無事に終えられたのは、あなた方のおかげです。どうか皆さんの今後の旅路に、アヴェントゥーラの祝福があらんことを」


聞きなれない言葉に、四人して首をかしげていると、先ほど馬車から降りてきた女性がこちらに近づいてきていた。


「あなた方がAランクパーティー、ウィザーズの皆様ですね。わたくし、ナハトブラオ王国、外交官のノーア・ファクラーと申します。この度のご協力、感謝します。歓迎と感謝の宴の準備をしておりますので、よろしければあちらの馬車にご乗車ください」


ノーラと名乗った外交官は、なんとなくアニに雰囲気が似ている。顔とか服装が似ているというわけじゃないんだけど。なんというか、仕事が出来そうって感じかな。


『ちょっと、いきなり知らない馬車に乗って大丈夫なわけ?』


アルトがテレパシーでそう問いかけてくる。

確かにちょっと心配と言えば心配かもしれない。この国も王国なわけで、彼女は役人だ。この国の王族がどんな人たちなのかは分からないけど、ブランデンブルグの王族と似たような感じだったとしたら、関わるのはあんまり得策とは言えないかもしれない。その場の流れとかで変に取り込まれたりしたら嫌だしね。


(やめた方がいいかもしれないけど、穏便に断る方法が思いつかない…)

(確かに、これからこの国に滞在するわけですから、国の中枢と敵対するのはよくないでしょう)

(わたしは行ってみてもいいと思うけど。お嬢様の魔法なら何かあってもすぐに逃げられるし)


イザベルの言葉は呑気そのものだけど、馬車に乗るのも完全に悪い選択とも言い切れない。この国の中枢とのコネを得ることが出来れば、ブランデンブルグで何かあった時に、亡命しやすくなる。問題は、連れて行かれた先で何かあった時に、魔法封じの魔道具なんかを使われたら困るってことだね。魔道具の国なんて呼ばれてるくらいだから、そんなのがあっても不思議じゃない。


『ハイデマリーはあんまり乗り気じゃないみたいだけど、よく考えたらついていってもいいかもしれないわよ。あたしたちは、この国についての情報を知らなすぎる。向こうの国で調べられたことなんて、魔道具の生産が盛んだってことと、言語が共通ってことくらいじゃない?いろいろ周る前に、情報収集を兼ねてその宴とやらに出席してみてもいいんじゃないかしら』


まあ確かに、何をするにも情報が不足しすぎている。この際、多少のリスクには目を瞑るべきかもしれない。


(分かった。行ってみよう)

(そうこなくっちゃ!!さすがお嬢様)


イザベルはただ単に、宴で美味しいものが食べたくて賛成している感が否めないが、まあいい。


「どうかなさいましたか?」


私たちがテレパシーで会話している間の沈黙を不思議に思ったのか、ノーアがそう声を掛けてくる。


「いえ、なんでもありませんわ。では、ご案内のほど、よろしくお願い致します」


私は、普段使っている言葉遣いをガラリと替え、貴族然とした社交の微笑みを浮かべながらそう告げた。

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