第百三十五話 一角獣討伐

 「とりあえず、距離を取ろう!!」


船室から一緒に飛び上がったアルトにそう声を掛ける。私の魔力に引かれてここに来たなら、私が離れることで、船への攻撃というか、興味は無くなってこっちを追いかけてくると思う。


「いっその事、魔力を放出しながら飛ぶのはどうかしら?あたしたちは魔力に制限が無いから、普通なら出来ないそんな使い方もできるわ」

「確かに、魔力に引き寄せられるならいいかもしれない。どうやるの?」

「普段扱ってる魔力があるじゃない?それを一切加工せずに打ち出したり、纏ったりするだけよ。普段は、魔法として使う前に、色々イメージしたりするでしょ?魔力の放出はそのイメージを省いた作業ね。攻撃としては威力が低くて効率が悪いし、普段は全く役に立たないけど、こういう時は、結構使えるわ。今回の場合は、打ち出すよりも、纏った方が有効かしら。何度も打ち出すより、魔力を纏って常に一定量放出しといたほうが手間が省けるし」

「ちょっとやってみる」


空中で静止した状態のまま、魔力を纏うイメージをする。身体強化の魔法の応用でいけそうだ。


「どう?出来てる?」

「ばっちりね。魔力で体に光を纏ってるように見えるから、何も知らない人が見たら神秘的に見えてるかも」


そう言うと、アルトも魔力を纏ったようで、体に光を纏っているように見える。うーん。これは神秘的と言うより、向こうでたまに見かけていた、LEDでライトアップしていた車みたいな雰囲気だ。


「じゃあ、そろそろここを離れよう。あんまりゆっくりしてると、船が沈んじゃう」


船の上空、十メートルくらいのとこで静止していた私たちは、船が進んでいるのとは逆方向へ飛んでいく。飛びながら海の方に視線を落とせば、海中の巨大な影も着いてきているように見える。


「お、作戦成功だね。今のうちに船が離れてくれるといいんだけど…」

「アニの交渉次第ね」


まだテレパシーでの連絡は来てないから交渉中ってことかな。交渉失敗で、船に戻るのはかなりリスキーだから、何とか成功させてほしいところだけど…


「何とか攻撃できないかな?」


アニからの連絡を待つより、倒した方が早いかもしれない。というか、ほぼほぼ倒すしか選択肢が無いんだよね。今みたいに船から距離を取っても、船に戻るにはまた飛んで戻らなくちゃいけない。そうなれば絶対また着いてきちゃうだろうし。かといって、精霊魔法を使うのを止めたら、今度は私が船に戻れない。体内の魔力だけじゃ一瞬でガス欠だ。


「深いところに潜ってるみたいだし、何とか海面の方までおびき出さないとだめね。魔力に惹かれる癖に、警戒心だけは強いのよ…」

「だったら、おびき出すんじゃなくて、こっちから攻め込むのは?水中でも息が出来て、自由に行動できるような魔法を使えば…ん?ちょっとまって。そんなことしなくても、氷漬けにしちゃえばいいじゃん。船が近いと影響があるかもしれないけど、もう少し離れたら平気じゃない?」


すごい分厚い氷になるだろうけど、魔法で掘削していけばアルトが欲しがってた素材も取れる。凍ったことで仮死状態だとか、コールドスリープ状態とかになったら困るし、溶ける前に首は落とさないとだけど。


「悪くはないと思うわ。ちょっと回収が面倒だから、あたし的には海に潜って戦う方をおすすめするけど。」

「私も最初はそう思ってたけど、水中で使える攻撃手段って結構限られてるんだよね。爆撃はもちろん、電撃だって水の中にいるわけだから私たちにも影響があるし。」


私が好んで使っている炎系の攻撃手段は一切使えない。もちろん水系もだ。水の刃とか作っても水中じゃ意味が無い。


(お嬢様!!今交渉が終わりました。船のスピードを上げてもらえるそうです。後の船への魔力供給も頼まれましたが、大丈夫ですか?)


 そんなとき、アニからテレパシーが飛んできた。

どうやら交渉は成功したみたいだね。魔力供給に関しても特に問題はない。むしろ、私たちが魔力を供給することで、船のスピードが上がり、ナハトブラオまで早く到着することが出来て丁度いい。


(了解。これから海を凍らせるかもしれないから、なるべく早く離れるように伝えといて)


あんまり近くにいる時に凍らせちゃうと、巻き込まれて船が動けなくなるかもしれないし、なんなら、凍らせた海に乗り上げたりして座礁するかもしれない。まあ、今の時点でそこそこ距離は取れてるから、そこまで心配はないと思うけど、離れるに越したことは無い。


(分かりました)


アニとの交信はそこで途切れた。無駄におしゃべりできる状況でもないしね。


「結局、凍らせることにしたのね」


そう言うアルトは不満顔。凍らせた後のことを考えてるんだと思う。その気持ちは分かる。


「水中でも使えるような攻撃手段を今から創るのは大変だしね」

「それもそうね。じゃあ、さっさと片付けましょう。ほらあそこ。船もずいぶん遠くまで移動したみたいだし。」


アルトが指差した方向には、小さくなった船が見える。私たちが反対方向に飛んで距離を稼いだことを鑑みても、この短時間でここまで離れられるってことは、スピードはだいぶ出るみたいだね。


「そうだね。このままだと、船が見えなくなっちゃいそうだし。」


方向が分かっていれば、見失っても大丈夫だとは思うけど、今回みたいな不測の事態だと一定方向に先行し続けるとは限らないし。


「さて、いくよ…」


確実に氷漬けに出来るように、少し余裕をもった広範囲を凍らせる。……大丈夫そうだね。さっきまで頻繁に動いていた一角獣の影も微動だにしなくなっている。凍らせたところで、一角獣の姿は全然はっきり見えないね。素材を取る時までちゃんと観察するのは無理そうだ。


「あたし、一緒に来た意味あった…?」

「素材が欲しかったんだから、意味はあったでしょ?私一人で来たらたぶん、面倒で持って帰らなかったと思うよ。さて、完全に息の根を止めるために、首を落としてもらっていい?そうじゃないと収納魔法に入らないし。ここで採集をするわけにもいかないでしょ?」

「わかったわ。収納魔法に入れておけば氷も溶けるだろうし」


少しいじけた様子のアルトにもお仕事をあげた方がいいかなと、そう提案すると、快く受けてくれた。水の刃で氷ごと首を切り落とすことにしたみたい。水で氷を斬るって、どんな威力なんだろう。アルトの水の刃…絶対私のものの何十倍もある。


「ついでに底の方も切り取ったから、もう収納魔法に入れれるわよ」


底まで氷が続いてたってことは、海の深さと同じだけの厚さがあるってことだよね。そりゃあ、姿もはっきり見えないわけだよ。


 一角獣の死体を氷ごと収納魔法にいれてしまう。なかで氷が溶けて他に仕舞っているものがびしょ濡れになるのは困るから、普段使っているものとは別の空間だ。収納魔法は私が創った異空間だからね。こういう使い方もできる。


「これでよし。素材採集は氷が溶けた後ってことにして、今は船に戻ろう」


 アルトにそう声を掛けて、またまた飛行を開始する。船は肉眼じゃあもう見えない位置まで移動していたけど、望遠魔法を使えばかろうじて見つけることが出来た。船の速度は私たちの飛行速度よりは遅かったみたいで、少し早めのスピードで飛んでいると、そんなに時間を掛けずに追いつけた。

 そのまま二人そろって甲板に着陸すると、そこには船員たちが勢ぞろいしており、なぜか熱烈な歓迎を受けた。

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