第百三十四話 襲撃

 船内の部屋に戻った私は、三人に起こったことを説明し、拠点への帰還は無理そうだと告げた。みんな一様にがっかりしていたけど、こればっかりは仕方がない。


「うーん。拠点に戻れないなら、ここで生活するしかないわけね。と言っても、あと精々あと数日じゃないかしら。長くなると言っても、倍とかにはならないでしょ」

「現在地がどのあたりなのか分からないので、どのくらいかかるかも正確には分かりませんね。船員のどなたかに聞いてみましょうか」

「聞いてみてもいいかもね。あんまりかかるようなら、もう先にナハトブラオまで飛んで行ってワープポイントを作って移動しちゃうって方法もあるし。」

「じゃあ、わたしが聞いてくるよ。」


そう言ってイザベルはすたすたと部屋から出ていった。

こういう時に率先して仕事をしてくれるのは助かる。お世話係にも慣れてきたのかな。まあ、言葉遣いはどうにもなってないけどね。貴族が関係しているイベントとかには出せないかもしれない。扱いが従者になるわけだし。いままで、全く取り繕っていないアルトの言葉遣いでも大丈夫だったのは、私より下の貴族としか接していなかったからだと思う。身分的な話じゃなくて立場の話ね。侯爵とか王族とかは身分的には上なだけで、今の状況を考えると、私たちより上にいるって言うのは無理がある。


「ただいま!!このままいけば、明後日には着くだって。なんか、海の流れがいつもと違って時間が掛かる分、船を動かすための魔道具に込められてる魔力を節約するために、スピードも落としてて、時間がさらにかかってるって言ってた」

「この船に、魔力供給が出来る人が乗っているわけじゃないんだね。出航前に魔力を補給してるってことか」

「いいこと思いついた。あたしたちが魔力を供給すればいいじゃない。そうすればもっと早く到着できるわ!!」


アルトが名案があるとばかりにそう言う。

どうなんだろう。魔力を供給するってこと自体は確かにいいアイデアなんだけど、そんな簡単に供給部に入れてくれるのかな。この規模の船だと、もしかすると国防とかに関わっている可能性もある。戦火時には兵士を運んだり、物資を運ぶのに使うってことも考えられるからね。というか、絶対使うことになると思う。こんな大きい船はほかにないだろうし、これを一隻使うだけで、状況がひっくり返せる。それに、警備の面から考えても結構リスキーだ。私たちが仮にこの船の乗っ取りを考えているような輩だったら、やばいからね。


「聞いてみてもいいかもしれないけど、たぶん無理だと思う」


私が今しがた考えたことを説明しながらそう否定する。


「そう言われると、無理な気がしてきたわ…もうおとなしく待つしかないわね。」


アルトがそう言ったその時、ものすごいドゴッっという爆音とともに、船体が大きく揺れた。


「うわ!?」

「なに!?」


船体が揺れたことによって、バランスを崩した私を、アニが支えてくれた。なんというか、安定感がすごい。これも神々の恩寵ってスキルのおかげなのかな。肉体強度が全然違う気がする。


「お怪我はありませんか?」

「うん。大丈夫。ありがと。それにしても、どうしたんだろう…」


この一週間近く些細な揺れはあったけど、ここまでのものはなかった。揺れで船酔いを起こすことすらなかったのに…


「何が起こったのかしら―」


アルトがそう呟いたとき、再び船が大きく揺れる。まるで何かが体当たりしているかのような―


「まさか!?」


窓から外を見てみてみると、海中で動く巨大な影が見える。たぶん、この船より大きいか、同じくらいの大きさだ。透明度の高いこの海で、影しか見ないということは、相当深いところに潜っているんじゃないだろうか。


「何かいる!!」


皆にそう声を掛ける間に、魔力感知を発動。敵の明確な形を認識するためだ。全体に魔力が流れているなら、魔物とかの生物、一部にしかないなら何かしらの魔道具だってことが分かる。


「まずいわね…たぶんあれ、一角獣だわ。水生系の魔物の中では最強クラスね。たしか、魔力に引かれる性質があったはず…もしかすると、あなたが飛行した時に発生した大きな魔力に引かれてきたのかもしれないわ。それか、たまたま船が近づいたときに、精霊魔法で取り込まれていく、大きな魔力の流れに反応したってことも考えられるわ。」

「そう言うのは、先に言ってほしかったよ…」


こんなことになるなら、ワープポイントの実験なんてしなかったのに。まあ、精霊魔法に引き寄せられたなら意味なかったかもしれないけど。そんなことを話している間にも、定期的に揺れは襲ってくる。例の一角獣が体当たりしてきていることで起こっているみたいだ。


「このままじゃ船体に穴が開いて沈むか、転覆するわね」


アルトがそう呟く。

そんな冷静に言われても困る。いや、まあ私たちは船が転覆したところで死ぬことは無いけど、この一角獣が寄ってきたのは、私のせいだ。それで船が沈むのはさすがに寝覚めが悪い。


「何とかできないの?」

「倒すのはちょっと厳しいかもね。相当深いところに潜ってるみたいだし。攻撃が届かないわ。たぶん、体当たりしてくるときだけ浮上してきている感じでしょ。スピードを上げて逃げ切るのが一番いいかしら」

「よし。だったら船長にそう伝えよう。アニ。Aランクのギルドカードを見せて船長にそう伝えてきて!!取り合ってもらえなかったら、テレパシーで連絡を。伯爵令嬢の立場を使うから!!その間、私は、一角獣を何とかできないか試してみる」


私をめがけてきたのなら、ここから離れれば一角獣も着いてくるんじゃないかと思うんだよね。


「分かりました!!」


アニが部屋から駆け出していくのを見て、私は、少し気分を上げるため、軽く屈伸なんかをしてみる。ゆくゆくは、戦いの前のルーティーンみたいなものにしたい。


「さて、イザベルは飛べないから、ここで待ってて。もしかすると、船長がこの部屋に来るかもしれないから、その時は対応をお願い。アルトはどうする?」


私と来るのか、ここで何か行動を起こすのかで、私が取れる策も変わってくる。


「あたしも行くわ。一角獣の素材が取れたらちょっと試してみたいこともあるし、いらない部分は高く売れるから。」


アルトは、一角獣を倒しに行くって思ってるのかな。船から離すことが出来ればいいと思ってたけど、何か策があるのかもしれない。倒せるならそれに越したことはない。


「了解。じゃあ、イザベル。後は頼むよ。」

「うん。…二人とも、気を付けて。」


イザベルのその声を背後に聞きながら、私は窓からアルトと一緒に再び船外へ飛び上がった。

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