第百三十三話 ワープポイントの実験
船に乗ってから、一週間が経過した。最初は船から見える一面海の絶景やレストランのイタリアン風の食事も目新しくて楽しかったけど、一週間も経つとさすがに飽きてくる。雑魚寝部屋を取っている人たちが使う屋台なんかも行ってみたけど、味が良く無さ過ぎで、マンネリ化した洗浄の生活を打ち破るどころか、よけいなストレスを感じてしまった。売っていた食べ物は、味が薄すぎるか、濃すぎるかの二択。味が薄い方は極限まで価格が抑えられていて、生きるための栄養摂取だけが目的で食べるって感じの物らしい。味が濃い方が、ちょっとした贅沢みたいな扱いなんだって。……どっちもおいしくないけどね。
「そろそろ、ナハトブラオに着くころだと思うんだけど…」
船の中の娯楽が賭場に行くことしかなくて、なんというかここに居続けるのも飽きてきちゃったんだよね。今は、前に作ったトランプで暇つぶしをしているところだ。ちなみにゲームはもっぱらババ抜き。大富豪とか、七並べとかブラックジャックとかも教えてみたけど、これが一番受けが良くて、トランプをするときは、ババ抜きばっかりしている気がする。
トランプを普及させれば賭場のゲームも豊富になって、対戦相手も増えるから、もう少し楽しめそうだけど、流行の発信は一朝一夕じゃ行かない。オリーヴィアはこういうのが得意そうだし、頼んでみてもいいかもね。貴族が何か流行を発信し、それが大勢に受け入れられれば、他方からの評価が上がって影響力が増すとかなんとか、前に言ってたし、ちょっとした手助けになるかもしれない。
「今回の航行は長くなるみたいですよ。なんでも、風向きや海の流れが普段と違うのだとか。船員の方がぼやいているのを小耳にはさみました。」
「それだと、そろそろ本気でワープポイントの実験をしなくちゃかもしれない…」
これ以上、船の中に拘束され続けるのは、現代っ子には結構きつい。移動に取られる時間なんて、前世も合わせた最大でも、一日がいいところだ。こっちに来てからの車移動はそれ以上かかったりもしたけど、途中で町に戻ったりもできるし、そこまで苦じゃなかった。でも今回に限っては、違う。ずっと同じ場所から移動できないっていうのがこんなにつらいとは思わなかった。こんなことなら、空を飛んで移動するべきだったかもしれない。皆船に乗りたがってたけど、今となっては、当人たちも疲れてきている様子だ。
「実験って何するの?あ、揃った。あたし上がり」
アニから引いた、スペードの七を捨てながらアルトがそう言う。
ワープポイントを設置するのに不都合があるかもしれないってことは、どんなことが起こるかという説明と共に、みんなにすでに話してある。軽く説明すれば、どういうことをするのか分かってくれると思う。
「まず、この部屋にワープポイントを作るでしょ?そこから、この船自体が移動するのを少し待って、部屋の外からワープする。それでこの部屋にちゃんと移動出来たら、成功。海の上とか、船内の別の場所に移動したら、ワープポイントは場所じゃなくて、座標で固定されていることになるから失敗って感じ」
この船の速さが時速何キロとか、正確なところが分からないから、ワープポイントを作ってからどれだけ待てばいいのか正確なところは分からない。待ち時間が短いと、他の乗客の部屋にテレポートしちゃったりして、大騒ぎになる可能性もある。そうなるくらいなら、海上に移動して、空を飛んで戻った方がいい。甲板からこっそり戻れば、誰かに見られることも無いだろうし。
「お嬢様は、いつも難しいことを話してるよね…あ、わたしも上がりだ」
話の内容が分かっているのか分かっていないのか、私からカードを引きながら、そんなことを言うイザベル。まあ、別にわかってなくても問題ないんだけどね。ババ抜きを覚えるのも早かったし、頭の回転は速いんだと思うけど…
「確かに、お嬢様が考えることは突飛なことが多いですから、難しいと感じても無理ありません」
「突飛って…魔法を創るって観点で見ると、そういうのが大事なんだよ。どれだけみんなが思いつかないところを便利にできるかとかね。戦闘系の魔法だと意表を突くのも重要になるし。って、ジョーカーだし…」
まあ、突飛に感じるのは、こっちの世界の常識だと考えられないような方法を使うことがあるからってこともあると思う。向こうの世界で当たり前に使われていた道具も、こっちだと掻っ切ってき過ぎる者だったりするからね。
「まあ、この子の場合は、生い立ちが特殊だしね」
「それはそうだろうけど、だからって常識はずれな行動をとっていいわけじゃなくないか?」
ひどい言われようだ。一応、マナーとか生きる上での常識は貴族時代にオリーヴィアから叩き込まれてるから、大丈夫なはずなんだけどね…主観と客観がここまで違うとは思わなかった。
「常識外れとまではいかないと思いますよ。あ、揃いました。私の勝ちですね」
アニのフォローが胸にしみるなんて思ってたら、ジョーカーじゃない方のカードを持ってかれてしまった。というか、勝ったのはアニじゃなくてアルトだし…
「さて、じゃあ、実験してみようかな」
「テレポートした先がこの部屋だったら、拠点に戻れるってことでしょ?是非とも成功してほしいところね。一番いい部屋だとしても、あの快適さには勝てないわ」
「確かに、便利な魔道具のない生活にはもう戻れないですよね。水汲みなんかは魔法で代用できますけど、気温なんかはどうにもなりませんから」
「水汲みだって、魔法だけじゃ無理だよ。お風呂なんかに水をためるのはお嬢様とアルトしかできないし」
大量の水を出すのは二人には魔力的に厳しいらしい。アニはこの部屋の、一般家庭より少し広めのお風呂ならなんとかいけるらしいけど、それだけ魔力を使うと次の日に響くって言ってた。私は自分の体内の魔力をほとんど使ったことが無いからわからないけど、魔力を使い過ぎると疲労感が半端ないらしい。私のオバーヒートよりはマシだって言ってたけど。
「あんまり期待しすぎないでね。とりあえず、ワープポイントを作って…」
ワープポイントの作成自体は一瞬で出来る。後は少し待つだけだ。十五分くらいでいいかな。そのころには船も結構動いているだろうし。
「これでよしっと。後はちょっと待つだけ―」
「じゃあ、もう一戦しようよ。今度は他のゲームで」
「いいよ。何やる?」
イザベルが今度は優勝すると言いたげな顔でそう言う。でも、イザベルが出来るトランプのゲームは、ババ抜きと七並べ、それに向こうの世界では、神経衰弱って呼ばれてる絵合わせゲームくらいだ。こっちの世界だと、神経衰弱っていう表現があんまりよくないらしい。まあ、どれもワンゲーム終わるころには時間的に丁度いい塩梅だろう。
「じゃあ、絵合わせやろうよ。そんなに時間もかからないし。」
私たちが同意を示す前に、早速カードを並び始めるイザベル。いや、別にいいんだけどね?
絵合わせが私の勝利で終わったところで、テレポートの実験を開始する。ワープポイントを設置した部屋の外に出て、行うつもりだ。船内へのテレポートが成功した場合、同じ部屋の中での移動だと、結果が分かりにくいからね。ちなみに、他のみんなは部屋の中で待機してもらっている。
「さて、いくか」
海上に移動してしまった時のために、すぐに空を飛べるように心構えをしておかないと。まあ、三階分の高さがあるわけだし、大丈夫だと思うけどね。落ちたらびしょ濡れになるどころか、けがをするかもしれないし、注意しておくに越したことは無い。高いところから水面に落ちると、コンクリートに激突するのと変わらないって話も聞くし。
準備完了とばかりにテレポートを実行すれば、初めに感じたのは足元の床が消失したことによって起こった浮遊感。あ、これ失敗だ。と思った瞬間、ほとんど反射で宙に浮くため、重力制御を発動する。
「やっぱり駄目だったか。車に走りながらワープポイントを作ってみたりしてれば、こんな実験必要なかったのに…」
長距離移動の時にワープポイントを作る時は、毎回止まってから作っていた。特に理由があってそうしていたわけじゃないけど、失敗だったかもしれない。まあ、今まで作ったものが無駄になったわけじゃないからいいけどね。
「さてと。早く船に追いつかないと。あんまりゆっくりしてると、どっちに進んだらいいかわからなくなっちゃうし。」
今は少し遠くに船が見えているからいいけど、離れすぎると視力を強化する望遠魔法でも見つけられなくなってしまうかもしれない。
私は、空中で静止している状態から、飛行状態に切り替え、スピードをどんどん上げていく。これならすぐに追いつけそうだね。
高速移動する私の真下の海中を、猛スピード同じ方向へと泳ぐ生物がいたことに、この時の私は全く気が付いていなかった。
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