第百三十一話 乗船

 結局、この二日間で私たちがしたことは、観光とちょっとした依頼をこなしただけだった。この港町には貿易の影響か、魔道具店が多くて観光するのは面白かった。際立って欲しいなっていう物は無かったけど、あったら便利そうっていうのはそこそこ見かけた。オートロックをしてくれる魔道具とかね。依頼の方は、ホントに取るに足らないものだった。魔魚って呼ばれてる、熱を放つでっかい魚を倒すことだった。なんでもこいつが大量発生すると、海面の温度が上がって、食用の魚が獲れなくなってしまうらしい。報酬は船代の半分にも満たなかったけど、ホクホクの美味しい魚が食べられたから良しとする。

 そして現在。この間貰った、薄っぺらいチケットと部屋の鍵を交換したところだ。鍵の形は物語なんかでよく見かける昔ながらの鍵だね。そういえば、昔こういうカギのアクセサリーを持ってる施設の職員がいたっけ。まさかそんな鍵を自分が使うとは思ってなかったよ。拠点の鍵は常にだれか使用人がいるからついてないからね。アグニ達がいるから空き巣なんかの心配もないし。

「結構大きいのね…」

船着き場についていた定期船の元へ向かうと、アルトがそう呟くのが聞こえた。確かに大きいね。向こうの世界の豪華客船とまではいかないものの、こっちの世界の基準にしたら十分豪華だと言える。窓の数からして、五層構造になっている感じだと思う。この規模の船だと、帆を使って動かすんじゃなくて何か動力源があるのかな。蒸気船とかには見えないし、たぶん魔道具だよね。ナハトブラオは魔道具の国みたいだし、船を動かす魔道具くらいあってもおかしくない。

「ナハトブラオと我が国、ブランテンブルクの総力を結集して作られた船ですからね。世界にたった三隻しかない船なんですよ。」

船に乗るための入り口の前に立っていたタキシードもどきを着た青年がそう声を掛けてきた。

「チケットを拝見しますね。」

続けてそう言ってくる青年。ああ。チケットの確認係だったのか。いきなりうんちくを語りだしたからちょっとびっくりした。

「チケットはさっきこの鍵と交換しちゃったけど…」

ポケットの中に仕舞っていた鍵を取り出し、確認係に見せる。さすがにこれで乗船できないなんてことはないだろう。

「お部屋のお客様でしたか。今回の便はほとんどが雑魚寝部屋のお客だったので。この鍵でしたら、お部屋は三階の角部屋ですね。お足もとにお気をつけてご乗船ください。出航は一時間ほど後になります。」

今回、私たちが取ったのは、一番ランクが高いファミリー向けのロイヤルスイートだ。各々で個室を取ってもよかったけど、こういうちょっとした旅行の時は、みんなで同じ部屋にした方が楽しいかなって感じで、同じ部屋にすることになった。

「どうもありがとう。」

そう礼を言って船に乗り込む。乗り込んだすぐ先には階段がつながっており、そのまま三階まで上がる。上がった先の廊下は、赤いカーペットが敷かれ、壁には天使っぽい生き物が描かれた絵画が飾られている。この世界なら天使が実在してもおかしくない。デーモンがいるくらいだし。

「冒険者ギルドの応接室と雰囲気が似てますね。」

アニのその言葉に確かにと同意する私とアルト。なんというか、お金持ちをもてなすための装飾って感じだね。イザベルも、初めて見る豪華な内装に興味津々と言った感じだ。まあ、うちの拠点は、暮らしやすさ重視でそこまで豪華な雰囲気って感じじゃないからね。

「まずは、荷物を置きに行きましょう。船を見てまわるのはその後ね。」

今回、身の回りの品は収納魔法に入れず、自分たちで持っていくことにした。国外に出るというのに、あまりに身軽な格好だと怪しまれそうだからね。火のないところにも煙は立つのである。

 階段があったのは、船首の逆側―船の後方にあったわけだから角部屋である私たちの部屋は、船首側ってことになる。ここからだと、そこそこ距離がありそうだな。少し憂鬱になる気分を押し殺して、コツコツと床を鳴らしながら歩いて廊下を進んでいく。……カーペットはペラペラみたいだね。

「ここだね。」

鍵に付けられたキーホルダーに書かれた部屋番号を確認し、鍵を開けて中に入ればそこは、私たちが寝泊まりしていた、貴族向けの宿と比べても遜色のない部屋だった。

「わー!!すごい!!」

イザベルが部屋を見るなり荷物を放り投げ、子供のようにベッドに飛び込む。

「ベッドは屋敷のもの方がいいかも…」

その直後、すぐにベッドから出てきた。テンションの落差が激しすぎる…

「じゃあ、船内を見てまわってみる?一階が雑魚寝部屋、二階が下等客室で、三階が上等客室だったっけ。」

四階と五階には何があるんだろう。

「うん!!いこういこう!!」

低かったテンションがまたまた急上昇したイザベル。

「そうね。でも、甲板に出るのは出航してからにしない?そっちの方が、一面海で景色がいいと思うわよ?」

「そうですね。どうせなら絶景を見てみたいです。」

アニのテンションも心なしか上がっているようだった。


 そんなわけで、とりあえず四階に出てみた。どうやら四階より上に行けるのは客室を借りている客だけらしく、そこにいる人は少ないながらも、ものすごいいい服を着ている人がちらほら見える。私たちと同じ階に泊まっている人かな。

「この階は、食事処と賭場があるみたいだね。」

「賭場!?賭け事ができるのか!?お嬢様!!行ってみよう!!」

賭場と聞いて目の色を変えたイザベルに袖を軽く引かれる。賭け事の経験なんてあるのかな。

「イザベルは賭けなんてしたことがあるの?」

「ちょっとだけね。」

目を泳がせるように言うイザベル。これは経験無いな。やったこと無いと言ったら連れて行ってもらえなくなると思ってるんだと思う。

「まあ、自分のお給料から使うならいいけど…」

私たちのお世話係として動いてくれている以上、一応の給料は渡している。自分で稼いだお金だしそれをどう使おうと私が口を挿むことじゃない。

「いいんじゃない?どうせなら、あたしたちの船代くらいは取り戻しましょう。」

アルトも結構乗り気みたいだ。でも私、こっちの世界のゲームにあんまり詳しくないんだよね。トランプやルーレットとかならなんとなく分かるけど、そんなのこっちには無いし…

「みなさん、賭け事はほどほどにしてくださいね。」

そう言いながらも、アニもちょっと興味があるって顔をしている。こうなると、行くしかなさそうだ。

「そうだね。少しくらいならやってみてもいいかも。」

この世界に、未成年は賭場への入場禁止なんてルールはない。私でも問題なく入れるだろう。もしだめでも、入るだけなら透明化で何とかなる。その時は皆が楽しんでくれればいい。

「決まりね。軍資金は…」

そう言いながら、アルトは私の収納魔法からいくらかお金を取り出したみたいだ。大金は盗まれる心配が無い私の魔法に入れている。

「アニはどうするの?」

「では、アルト様と同じ分だけで…」

アルトが取り出したのは金貨一枚。まあ、最初はそんなもんだろう。分けて使うのか大勝負をするのかは分かんないけどね。

「はい。じゃあこれ。」

アニにも金貨を渡しておく。大金を使える二人に対して、イザベルが使えるのは銀貨数枚がいいとこだ。それでも、日本円で考えたら数万円くらいはあると思うけどね。大体銀貨一枚一万円くらいだと思う。金貨なら十万円かな。食料なんかの生活必需品がすごく安いから、もう少しレートは差があるかもしれないけど。

「あと、これはイザベルのお小遣い。魔魚の討伐でも頑張ってくれてたし。ナハトブラオでも使うかもしれないから考えて使ってね。」

アルトに手渡した金貨を見つめているのを見ると、さすがにちょっとかわいそうに思えてきて渡しちゃった。私たちがお金を使っている横で、自分は何もできないってことになるのはさすがにかわいそうだからね。

「ありがとう。お嬢様。」

「じゃ、いこっか。」

私の声で、賭場へと向けて進みだす。ふと他の三人の顔つきを見てみると、それは戦地に向かう兵士のそれだった。

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