第百三十話 港町と魚
海外へ渡ると決まってからは話が早かった。前世の世界のようにパスポートや航空券の手配など、面倒な手続きがあるわけでもなく、冒険者ギルドに海外へ出ることを伝えるだけでよかった。ギルドカードに新たな登録をすることで、海外でも身分証として使えるようになるらしく、手続き自体はそれだけで済んだ。ちなみに、イザベルも冒険者登録をしておいた。試験を受けるには、少し時間が足りなかったため、ランク制定試験は受けず、最下層ランクであるFランクからスタートだ。本来なら冒険者学校に入学しないとなんだけどアニの時と同じように、弟子枠を使って回避した。まあ、今回イザベルが冒険者になったのは、農村の平民として暮らしていて、どのギルドにも所属していなかったから身分証を持っていなかったからだ。それに、どこかしらのギルドの身分証があっても、国外でも機能する物は冒険者ギルドと、その他一部のものしかない。そう考えると冒険者になるのが一番の手だったわけだ。全員の身分証が揃ったところで、私たちは東の港町へ向け、車で移動を開始した。手に入れた地図によると最東端というわけで、拠点からの距離は結構あった。二、三日じゃあとてもたどり着けないと思っていた通り、到着するまでに二週間ほど掛かってしまった。一応、東方面にワープポイントが増えたわけだから、メリットもあったんだけどね。
「ここが例の港町…。なんか変な臭いがするわね…」
町の少し手前で車から降りて、徒歩で町に入るなりアルトがそう呟く。よく見れば、アニとイザベルも少し顔をしかめている。変な臭い?もしかして磯の匂いのことかな。私は不快感は無いけど、初めて嗅いだ匂いって考えると確かに嫌な人は嫌かもしれない。
「これ、海の匂いだよ。海藻とか、プランクトン―目に見えないくらい小さい海の生き物が原因で出るんだったかな。」
「海藻って言うと、海の中に生える植物のことですよね。こんな臭いをまき散らすくらいなら刈り取った方がいいのではないでしょうか。」
アニって意外と思考が物騒なんだよなあ…。
「確か、海をきれいにしたり、魚が卵を産む場所でもあるから一応役割はあるんだけどね。」
今まで生活してきて、海藻が食卓に並んだことは無いから、食べる文化は無いんだと思う。もしかしたら、海辺のこの町にはあるかもしれないけどね。
「へえー。お嬢様、くわしいんだね。」
まあ、前世の世界じゃ結構知られてることだったしね。
「意外と役に立つものなのですね。」
そんな雑談をしながら町の中を見てまわる。のどかな雰囲気だけど、人が少ないわけじゃない。ブルグミュラーより全然栄えてるね。港の方は、屈強な男たちが、大きい船から積み荷を降ろしたり、小舟で沖に出たりしているのが見える。大きい方は見慣れない、羽見たいので飾られた服を着ている人が目立つね。もしかすると貿易船かな。多分、ナハトブラオの船だと思う。積み荷は魔道具とかかもしれないね。
「まずは船の手配ですね。確か、船着き場の近くで定期船の予約ができるとギルドで言っていましたね。」
そう聞いて、まず、定期船が出ていることにびっくりだったのを思い出した。少なくとも、定期船が出るくらいには行き来があるってことだからね。海外旅行が出来るほどの生活をしている人がそこそこいるってことでしょ?貴族は海外に出ることは向こうから国賓として招かれることが無ければ、ほとんどないって話だし、平民の富豪とか豪商とかかな。
定期便の手配をしようと、受付で話を聞いてみる。どうやら大型の船に何室も客室がある、前世で言う豪華客船みたいなものらしい。雑魚寝の部屋とかもあるみたい。そっちはお金が無い人向けだろうね。防犯も何もあったもんじゃないけど。男女も同部屋みたいだし。私たちが取ったのは最高級スイート的な部屋だ。ナハトブラオまでどの位かかるのか聞いてみたら、一週間はかかると言われたため妥協はしないことにした。雑魚寝の部屋を取って、寝る時だけ拠点にテレポートするっていうのも考えたけど、動く船の中にワープポイントを作って、船内に固定されるのか、それとも座標で固定されるのかが分からないからやめておいた。拠点から船に戻ろうとしたら、海の上にテレポートした。なんてことになりかねないからね。
「次の定期船の出航は明後日です。船に乗る前にこちらへ寄ってください。こちらのチケットと交換でお部屋の鍵をお渡しします。」
一人当たり金貨二枚を支払うと、チケットとは名ばかりの薄っぺらい紙を渡される。こんなの偽造し放題じゃない?
「明後日ね。了解。」
というのは声に出さず、了承した旨だけ伝えて、外に出る。
「さて、明後日までどうする?」
必要なものはすでにそろっているし、特にすることが無い。皆に何かしたいことが無いか聞いてみる。
「すぐに思いつかないなら、そろそろお昼だしご飯食べながら考えない?」
イザベルのその提案で私たちは、近くにあった食事処で早めのお昼を摂ることにした。店内は、まだ昼時にはまだ少し早いためか、混雑している様子はない。案内された席に座って、メニュー表を見てみる。どうやらここは海鮮系のお店みたいだ。といっても、前世の世界と魚の名前が全く違っていて、どれが何だか全く分からない。他のみんなだって、食べたことのある魚は、川魚だけだから似たようなものだ。
結局、みんな揃って一番人気だという定食を注文し、運ばれてきたのは秋刀魚の塩焼きみたいな料理だ。明らかに和テイストだというのに、主食がパンですごく違和感があるけど、その違和感も私が抱えているだけで、他のみんなは美味しそうに食べている。早くお米を探さなければ…スープも味噌汁とかがよかったな…
「海の魚は、川魚と違い泥臭くなくておいしいですね。」
フォークとナイフを器用に使いながら舌鼓を打つアニがそう言う。骨なんかもきれいに避けてるね。
「おいしいけど、食べにくいな…」
一方イザベルはフォークで魚を突き刺し、バクっといってから口から骨を出している。あんまり褒められた食べ方じゃないけど、仕方ないね。
「フォークとナイフじゃ難しいかもね。こういう時に、前に言ったお箸があればいいんだけど…」
「ああ、あの二本の棒を組み合わせたやつね。確かに細かいものを食べるのには向いているかも。」
実は前に、作って使ったことがあるんだけど、行儀が悪いとみんなに注意されてしまった。ちゃんとした食器なのに解せない。
「でも、あんなのを使えるのはあなたくらいよ。私たちなんて持つことすらできなかったじゃない。」
といっても、興味は持ったようでアニとアルトには持ち方を教えてみた。けど、今まで全く触れたことのないやり方だったからか、全然上達しなかったんだよね。フォークとナイフの方が使いやすいって感じだった。
「あれだって、一応れっきとした食器なんだよ。私の母国じゃほとんど全員が使えていたんだから。」
「お嬢様の母国って言うと、他の世界の話だろ?変わった民族がいたもんだな…二本の棒でご飯を食べるなんて。」
すでに食べ終えたイザベルがそう呟く。彼女には、前に何かの雑談の過程でアルトがポロっとこぼしたことで、私が転生者だということが知られてしまった。別に困ることじゃないから、広く広まらない限りはいいんだけど、もっと気を配ってほしい。
そこからは、話はナハトブラオの話へと移り変わっていった。どんな国なのか、どんなものがあるのかなんてみんなが、楽しそうに話している中、私の頭の中は久しぶりに食べた魚の味と、白米が食べたいってことで一杯だった。ちなみに、明後日までの予定が話題に上がることも無かった。
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