第百二十八話 処遇

 数日後、私とイザベルは、この間の貴族エリアの個室喫茶に来ていた。エーバルトとオリーヴィアに強制依頼の後、起こったことについて教えるためだ。ちなみに、アルトとアニは冒険者ギルドへ試験に向かっている。別に今日である必要も無かったんだけど、報酬の確認のついでに受けてくるってことだった。

 店に入って、待ち合わせをしている旨を伝えると、すぐに案内してくれた。案内された個室の中には、すでに二人が待機していた。二人が店に到着したって聞いてから移動してるわけだから当たり前なんだけどね。挨拶もそこそこに、私が強制依頼で起こったことをそのまま話していく。結構真剣に話しているというのに、二人―特にオリーヴィアはニコニコしながら、なぜか微笑ましいものを見ているかのような表情を浮かべている。まあ、子供が何かを話すときってそう言う感じになっちゃうよね。私も養護施設にいたころ、小さい子の話を聞くときはそんな感じだった気がする。でも今は、こっちの中身は大人なわけだから、妙な気恥しさと、ちゃんと聞いているのかちょっと心配に感じる。

「要約すると、イザベルは捨てられた―認知されていない子爵の娘であの男、村長に拾われ、強制的に半デーモンにされた上に、その村長にも見捨てられ育ったと。」

エーバルトは少なくとも、イザベルの生い立ちについては聞いていたらしい。起こったことと、半デーモンたちの情報を全て要約したのに、そのことしか言及しないのはちょっと不安だけど…

「生き残るために、村長や半デーモンについて知っていることを話したというわけだな。だけど、このまま開放するわけにもいかないから、君たちの拠点で雇いたいと…」

少し考え込むような間を開けて、付け加えるようにそう言うエーバルト。話は聞いてくれていたみたいだけど、口ぶりからして、雇い入れることは反対なのかもしれない。

「手放しで賛成は出来ないな。デーモンを警備にすると言ってた時もそうだったが。」

「と言っても、他に手段は無いのでは?すぐに開放しても、ハイデマリーの言う通りのことになるだけです。うちで雇うのはそれこそ危険じゃないですか。いざという時止められないではないのですから。」

オリーヴィアが反論するように諫める。半デーモンたちはイザベルがいないとコミュニケーションが取れないから、三人と四人で分けるみたいなリスクの分散も出来ない。

「それはそうなんだが…」

二人の反応を見たイザベルは少し不安そうな顔をしている。その儚げな美少女然とした姿にやられたのかエーバルトの様子もいつもと違う気がする。もしやエーバルトが微笑ましく見ていたのは、私じゃなくてイザベルだったのでは?

「一応アグニと同じように、契約で敵対できないように縛るつもりですから。」

「それで、警備のデーモンと上手くいっているなら何とかなるんじゃないかしら。」

まあ、よほどのことが無い限り、二人に何を言われても雇うつもりで入るんだけどね。今日は、半デーモンはキースリング家の領民だったわけだから、報告に来ただけだし。

「そうだな…それが一番無難か。それで、半デーモンたちには何をさせるんだ?」

「何人かは警備で使おうと思ってますけど、詳しくは未定ですね。これから考えます。」

警備ならデーモンのアグニがいるわけだし、何とかなると思う。他はそれぞれの適正に合わせてって感じかな。

「戦闘能力は問題ないのか?冒険者たちにすぐに倒されたって言ってたが…」

「さすがに普通の人間よりは強いよ。デーモンの力も一部は使えるし。」

イザベルがそう答えながら、掌に火の玉を浮かべる。この世界で魔法が使える人、水だったり、火だったりで玉を作りがち。

「そうなのか。」

ちょっとたじろいでいるエーバルト。魔法に驚いたってことはないだろうから、言葉遣いとか態度に驚いているのかな。まあ、エーバルトがこれまで接してきたのは貴族とか教育されている平民とかばっかで、自分に対して、丁寧な態度を取る人しかいなかったからだと思う。この世界は誰もが教育を受けられるような環境じゃない。普通に生きている村娘なんてこんなもんだ。カトラリーすら使えないことも多いって聞くし、イザベルなんて全然まともなほうだよ。

「ちなみに、イザベルは何がしたいとかある?」

円滑な職場を築くには本人の希望を聞くのも大切だ。

「わたし?そうだなあ……あんまり思いつかないや。皆と一緒に暮らせるならそれで満足。もちろん、命を助けてもらったんだから、お嬢様の役には立ちたいと思ってる。」

にこぱーっとそこらの男なら簡単に悩殺できそうな笑顔を浮かべ、ここ数日で彼女の中で定着したらしいお嬢様という呼び方を使ってそう言うイザベルと、その笑顔にまんまとやられた男がもう一人…

「お兄様?」

エーバルトが急に無言になったのを不審に思ったのか、オリーヴィアが声を掛けるが、返事は無い。ああ、これは完全に落ちちゃってますね。

「ん?ああ。すまない。少し疲れているようだ。」

そんな誤魔化し切れてない誤魔化しで乗り切ろうとするエーバルトに、面白いものを見たという感じで、瞳に蠱惑的な色を浮かべているオリーヴィア。これはしばらくイジリ倒されるんだろうな…

「お疲れなら、あまり引き留めるのも悪いですね。私たちはこれで。どうかご自愛くださいね。」

このままここに長居すると、最終的にイザベルが引き抜かれてしまいそうだし、サクッと別れの挨拶を済ませる。イザベルを引き抜けば、他六人の半デーモンが付いてくるため、危険かもしれないと悩んでいる今の内だ。どうせなら、可愛い娘はそばに置いておきたいしね。

 私たちの飲み物代として銀貨一枚を置いて店を出る。二杯分にしては少し高いかもしれないけど、じゃらじゃら銅貨を取り出すより、手っ取り早く退散できる。

「それじゃあ、一旦拠点に戻ろっか。」

アニとアルトからテレパシーで連絡が来ていないから、まだ試験中ってことだろう。このまま王都で待つのは結構リスクが高い。あの強制依頼からまだ数日しか経っていないわけだから、Aランクがうろうろしてても全然おかしくないし。初めてくる大都会に興味津々なのに、ちょっと心苦しいけどね。透明化じゃなくて人の認識を変えるような魔法を創ってあげようかな。いや、それだと使える私がいないとどこにも行けなくなっちゃうし、魔道具の方がいいかな。魔術具なら、魔力を補給するだけでいいし、イザベル自身で完結できる。そのくらいの魔道具ならお店で売ってるかもしれないね。向こうの世界の知識がいるような特殊なものでもないし、すでに販売されていてもおかしくない。

「アルトとアニはいいの?」

私をお嬢様なんて呼ぶくせに、アルトとアニは呼び捨てなんだよね。基準がよく分からない。

「あとで迎えに来るから大丈夫だよ。行きの時みたいにすぐ移動できるから。」

そう言って、イザベルの手を取り、私たちは拠点へ戻った。

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