第百二十二話 紋章の持ち主

 そこから一か月は、文字通り準備期間として使った。最初にそろえたのは、アニの武器。ブルグミュラーの武器屋は小規模であんまり種類が無かったから、結局王都の武器屋で購入した。まあ、その時は、ギルドには近づかないで手続きはしなかったから問題ない。宿屋生活回避成功だ。購入したのは、最初に言っていた剣。ミスリル製で高品質って言ってたけど、私たちの持ってるミスリルの方が高品質だった。だったら鍛冶屋に頼めばいいってことになったけど、完成は一か月以上先になると言われてしまい、泣く泣く購入に踏み切ったわけだ。作ってもらうのはまた今度だね。アニが剣以外で興味を持ったのは、死神が持っているような大鎌だった。私が持ってみたら、すごく重くて身体強化をしていても振り回すのは厳しそうだった。アニはスキルのおかげなのか、軽々振り回していて店主を驚かせてた。上手く使えそうだったから、これも買ってみようってことになったんだけど、剣と違って持ち運びが難しい。常に私の収納魔法に入れておくと、いざという時使えないし…と考え込んでいると、武器屋の店主から有力な情報がもたらされた。なんでも、武器を一瞬で入れ替えることが出来るスキルが存在するらしい。魔力を使うスキルだからあんまり使える人はいないけど、取得自体は簡単で、すでに使える人から授けてもらう形式ということだった。ほとんどの武器屋の店主が、魔力は無くともスキル自体は習得しているようで、それを授けることをスキルの販売として行っているんだって。そんな話を聞いたら覚えるしかないよね。アニが覚えれば私たちにスキルを渡すことが出来るってことで三人とも習得した。使い方としては、使用する武器に魔力を登録すると、入れ替えることが出来るようになった。収納魔法の中に入れておいても問題なく使うことが出来る。このスキルを使ったら、投げナイフなんかはすごく強い気がする。敵に刺さったものと手元の物を入れ替えていけば、実質残弾は無限だ。まあ、入れ替えるだけだから外したものは自分で回収しないとだけど。私の場合は物を動かす魔法と組み合わせて百発百中、回収自在の投げナイフマスターになれるかもしれない。ということで、私も投げナイフを買ってみた。アニが武器の練習をしている間に一緒に練習することにしたわけだ。

 それからは、文字通り武器の練習会になった。アルトは武器を買わなかったから、アルトが眠っている間に受けた依頼で作り方を教えてもらった、部位欠損まで治すことが出来る超回復薬の作成をお願いした。素材集めからになってしまうけど、アルトなら楽勝。数時間で素材を集めて戻ってきた。けがの治療は私が出来るけど、離れてしまった時の緊急用に使うことにする。それに、私の力で部位欠損が治せるかどうかは分からないからね。

 半月が経つ頃には、アニは剣も大鎌も自由自在に扱えるようになっていた。もちろん私の投げナイフもだ。これで一応、魔法以外の攻撃手段を得ることが出来たってわけだね。魔法なしでも的中率は九割を超えるようになったから、十分使えると思う。あんまり距離が離れてると私の腕力じゃ届かないんだけどね。

 そして準備期間が終わる前日の今日。オリーヴィアに渡した無線機のような魔道具で連絡が来た。なんでも、例の紋章について新発見があったらしい。どうせ明日には王都に行かないといけないわけで、オリーヴィアとエーバルトを学院に迎えに行くと、うちの調停官であるヴァネッサ・ハルデンベルクも一緒だった。そう言えば、調停官は紋章にも詳しいんだったっけ。

「では、早速ですが依頼を受けていた紋章について分かったことがあります。」

貴族エリア内の喫茶店みたいなお店に入ると、ヴァネッサがそう切り出す。このお店は個室になっているから誰かに聞き耳を立てられる心配もない。なんでも盗聴防止の魔術具まで備え付けられているらしい。貴族の会談に重宝される店なんだって。

「何が分かったのですか?」

オリーヴィアがそう聞く。二人もまだ内容は聞いてないみたいだね。

「あの紋章の持ち主は、ドラッヘン・ホルト教という宗教団体でした。国内では特に影響力があるわけでもなく、信者も百人やそこらで、拠点と呼べる場所も一か所だけです。ですが、隣国では国教になっている国もあるようです。」

もしや、悪魔信仰でもしているのかな。さすがに国教になるくらいだからそれは無いと思うけど…

「何を信仰している宗教なの?」

「ドラゴンです。この宗教が起こった国は現在国教としている隣国なのですが、なんでも、その国は大昔、ドラゴンに救われたことがあるだとか…」

「ドラゴンが人間を救う?そんなの嘘に決まってるわ。あいつら、自分以外の種族のこと下等生物だと思ってるんだから。」

アルトが嘘臭いといった様子でそう言う。ヴァネッサはアルトの正体を知らないからか、なんでそんなことを知っているのかという不思議な顔を浮かべている。

「それが事実がどうかはこの際どうでもいいでしょう。その教団と、国ではそういうことになっているということです。」

エーバルトがそう指摘する。まあ、宗教の起こりなんて実際に見た人が今も生きているわけじゃないんだから正確性は分からなくて当然だしね。

「そうですね。そのドラッヘン・ホルト教がどのように関わっているのかが問題です。」

私も同意の意を示しておく。

「アルト様。ドラゴンとデーモンってなにか密接な関係があったりするのですか?」

アニがそう質問する。たしかに関係性が全く分からない。

「うーん。特には思いつかないわね。仲がいいわけでもないし、悪いわけでもない。不干渉ってところじゃないかしら。まあ、ドラゴンと関わりがある種族なんていないと思うけど。」

他の種族を見下しているって話なのに、ドラゴンとデーモンが仲がいいとは思えないね。

「まあ、明日から半デーモンの捕縛をするわけだし、何かわかるかもしれないわ。」

みんなでうーんと頭を悩ませていると、場の空気を変えようとしたのかアルトがそう言う。個人的にはこの前と同じように燃え尽きてしまって、特に情報を得られることは無いと思うけど、悲観的に見ても仕方がない。

「では、ヴァネッサさん。その教団について何かわかったらまた教えてください。」

「分かりました。こちらの方でも調べてみます。」

ここで話し続けていても、これ以上の情報は出てこないだろうと、話を切り上げる。後は明日にかけるしかないね。半デーモンを完全に倒すことが出来ても、大元の対処が出来てないわけだし。いっそのことその隣国とやらにいってみるのもいいかも。

「三人とも。気をつけろよ。」

エーバルトのその言葉に頷きを返しながら、私たちは店を後にした。

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