第百二十一話 アニが得た力

 「全く、迷惑な話ね。報酬が出るのが唯一の救いかしら。」

一か月後までに王都に向かわなければいけなくなった。それはいいとしても、一度王都に行って手続きをしたら、今回の依頼が終わるまで王都から出ることが出来ない。王都を出てしまうと、向こうからの連絡等が届かなくなるからだ。せっかく拠点が完成したのに、宿暮らしに逆戻りになってしまう。

「どのくらい出るのかは説明なかったですね。向こうで説明されるのでしょうか。」

このくらいの距離なら歩いて帰ろうということになり、歩きながらアニがそう言う。確かに、具体的な額については言ってなかったね。

「たぶんそうじゃない?さすがに踏み倒されることは無いでしょ。」

私たち以外にもAランクが来るらしいし、そんなことしたら、この国で活動するAランクがいなくなると思う。無理やり巻き込まれた強制依頼で報酬がでないなんて最悪にもほどがある。

「そうね。報酬くらいは期待しておきましょう。後は軽く準備をしておくくらいかしら。やると決まったからには危険が無いようにしないとね。」

アルトが軽く肩をすくめながらそう言う。倒すこと自体は難しくないんだけど、捕縛は難しいかもしれない。あの消えない火でまた燃え尽きてしまう可能性も高いし。生死は問わないって言ってたけど、死体すら残らないから証拠になるものが無くなってしまう。……そういえば、このこと王たちに言ってなかったな…

「準備期間のうちに、あの紋章について調べてみようか。一か月もあれば何かわかるかもしれないし。」

「確かにそれも必要かもしれないけど、アニの新しい力について詳しく知るのも必要だわ。使い慣れてないものをいきなり実戦で使うのは無茶よ。」

この数週間の空いた時間でちょくちょく試していたけど、実戦で使えるレベルなのかと言われると、まだ厳しいかもしれない。アニが言うには、集中すれば使うことは出来るけど、反射的に使うことはまだ難しいらしいし。

「紋章については、エーバルト様とオリーヴィア様に頼んでみるのはどうかしら。二人は無関係だともいえないし。」

アニがアルトの言葉を聞いて、少し驚いている。まあ、常識的にはちょっとあれなことだからね。普通、貴族に仕事を頼むのはさらに上位の、立場の人だけだ。それこそ王族とか、伯爵以上の侯爵、辺境伯、公爵くらいだね。私が血のつながりの無い赤の他人の平民だったとしたら、不興を買って処刑なんてこともあり得る話みたいだし。でも幸い、私には妹という立場がある。かわいい妹からのお願いなら、きっと聞いてくれる。今までも、何度かエーバルトに頼み事はしてるわけだしね。まあ、明確に仕事みたいなことを頼むのは初めてだけど、断られることは無いと思う。

「そうだね。帰って二人に聞いてみよう。」



 拠点に戻って軽めの食事を摂りながら二人に事情を説明すると、快く例の紋章について調べてくれることになった。もともと調べてみるつもりだったらしい。王家が引き受けたとしても、気になることは気になるみたいだ。まあ、半デーモンに限らずこの紋章の持ち主が今後何かしてくる可能性もあるわけだしね。ちなみに、味見してもらったミルクレープの評価もよかった。これは、ヘルナー蜜店かパーゼマン商会を通して売りに出してみてもいいかもしれない。甘味が少ないこの世界なら一財産稼げそうだ。

 昼食を終えれば、二人を送り届けることになった。明日の午後にエーバルトは受けなければならない授業があるらしく、そろそろ戻らないと間に合わないということだ。学院まで送ってもよかったんだけど、そうすると、キースリングの家に戻る手段がなくなると言われ、やんわりと断られた。行くときに使った馬車は王都内に待機させておいて帰りも使うそうだ。その期間は御者の貴重な休みになるらしい。御者は馬車を動かさないときでも、馬の世話等の管理仕事が多く、休みがほとんどないみたい。学院に置いておく間は馬の管理も請け負ってくれるってことだね。学院に通っている子供がいない貴族の御者はブラックな職場になっていそうだ。まあ、金銭的に余裕があるなら複数雇っているだろうけどね。うちの御者もいつか何とかしてあげたい。働き過ぎは死につながるってことは私が一番分かってる。

 


 「さて、じゃあ、アニに何が出来るようになったか試してみましょう。」

拠点の庭でアニが出来るようになったことをいろいろ試してみようということになった。最終的には反復練習をして、意のままに操れるようになることが目標だ。

「私が使うことが出来るようになったのは、主に、肉体を使う技術です。空を飛べるようになったのもそうですね。方法的には飛ぶというより、空中を走るという感じですが。」

確かに、アニが飛ぶ姿は飛行というよりは空中を歩行するって感じだ。地面から飛び上がる様子も、ジャンプを何度も繰り返しているように見える。

「他にできることは、剣、槍、弓なんかの武器全般を扱えるようになりました。と言っても長時間は厳しいです。技術に体力が追いついていないといった感じでしょうか。」

体力づくりは、私たちの課題だね。ランニングでもしてみようか。

「練習なしで武器を扱えるようになったってわけね。魔法と組み合わせたら強力なんじゃない?例えば、火を纏わせた剣とか…まあ、単体だけでも十分使えると思うけど。」

私たちの中に、武器を使える人はいなかったからね。

「そう言えば、どうやって武器を試したの?」

今まで使ってないわけだから、持ってるはずもない。ダンジョンで手に入れたやつとかも売りに出しちゃったし。

「キースリング家の警備が使っているものをお借りしました。ですが、スキルの方に耐えられなかったのか、少し振り回しただけで壊れてしまいましたが…」

「相当強力みたいだね。」

アニと喧嘩なんかしたら、もう絶対勝てないね。まあ、今までそんなことがあったわけじゃないけど。

「アニ的には、どの武器が使いやすかったとかあるの?」

「やはり剣ですね。彼も一番使い慣れているようでしたから。」

「それなら、ちょっと良さ気な剣を買って、魔物を狩に行ってみましょうか。」

「実践で実習ということですね。頑張ります。」

今後の方針が決まったところで、私たちは武器屋へ繰り出した。

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