第九章 魔の一族
第百十六話 村の責任者
そして、今日は例の村へ行くことになった日。竣工式からは二週間くらいかな。正直、忙しかった反動で、怠惰の限りを過ごしていたから、正確にどの位経っているかはあんまり覚えてない。夏休みが気が付くと残り一週間しかなかったみたいな感覚だ。まあ、怠惰に過ごしていたのにもわけがある。あたらしく冒険に出ようにも、今回の約束があったから長期間拠点を離れるわけにもいかなかった。通信の魔道具とテレポートがあるから別に出かけても平気じゃない?とは言わせない。私たちにだって休息は必要なのである。
「方向はこっちであっているのですよね?」
キースリング家の屋敷からオリーヴィアとエーバルトを後部座席に乗せて車を走らせる。最初はオリーヴィアだけが付いてくる予定だけど、学院での授業が無い日が重なったため、エーバルトも着いてきた。二人は昨日の授業が終わってすぐ屋敷に戻ってきたみたいだね。オリーヴィアはすでにほぼすべての授業で合格をもらっていて、学院に残っているのは社交目的らしいから、最初は時間に自由のある彼女だけが来るってことだった。まあ、エーバルトがいた方が税金関係はスムーズに進むだろうから、結果的にはよかったんだけどね。
「ああ。この道を辿っていけば、村に着く。それにしても車とはいいものだな…」
あれ、エーバルトを乗せるのは初めてだったっけ?オリーヴィアを乗せたのは覚えてるんだけど…
「欲しいと言われても上げませんよ。作るのにすごく苦労したんですから。」
新しく作るにしても、余っている魔力炉の品質が足りない。拠点で使う魔道具を作ってから、余ったのは透明と紫のものばっかりだ。最低でも青の魔力炉が必要ってことだったし、ミスリルなんかも高い。前にプレゼントしてもいいかななんて思ってたけど、よくよく考えれば、軽々渡せるものでもない。またまたハイデマリー自動車学校も開催しないとだし、これからまた旅に出るわけだから、そんな時間も無いのだ。
「これ、自作なのか…てっきり前に言ってたダンジョンで手に入れたのかと思っていた。だったら、作成を依頼できないか?もちろん、相応の報酬は支払うが…」
「魔力炉という、魔道具を作るのに使う貴重な素材が足りません。それに買い取るにしてもとんでもない額になると思いますよ。魔力炉以外の素材だけでも、白金貨が飛び交うでしょうから。」
私が手に入れたミスリルはイエレミアスに貰ったものだけど、全部購入して手に入れるとしたら白金貨数枚じゃ全然足りないと思う。後々分かったことだけど、高品質のミスリルを使うことで耐久性を上げるだけじゃ無く、魔力の伝導性を高めて、燃費を上げるのにも役立っているらしい。魔力を使うことが出来ない二人に渡すなら、燃費を高めるのは必須だ。そうすることで、私が補給に行く回数を減らすことが出来るからね。
「それはさすがに…あきらめるしかなさそうだな…」
「残念ね…」
バックミラーに写る二人の顔はホントに残念といった感じの暗い表情だ。なんかこっちが悪いことをしてるみたいだけど、無理なものは仕方がない。
「まあ、どうしても必要な時があれば、私が車を出しますよ。」
こうでも言っとかないと車内の空気が悪くなってしまう。
「それは助かる。」
「そんなしょっちゅうは出来ませんよ。本当に必要な時だけです。この前渡した魔道具で連絡してください。」
「分かったわ。」
そこからは特にこれといった会話をするわけでもなく、世間話をしながら車を進める。小一時間走ったところで、例の村にたどり着いた。意外と近かったね。
「では、村の責任者の家に行きましょう。今日、ここを訪れることは事前に知らせを出しています。」
車から降りれば、オリーヴィアが手際よく、村長の家まで案内してくれた。家の大きさは、さすが村長と言ったところで、普通の民家よりはだいぶ大きい。まあ、家の拠点の五分の一くらいかな。
エーバルトが扉をたたきながら声を掛けると、初老の男性が後ろに何人かを連れたって扉を開ける。後ろにいるのは若い男と、女。それに幼い女の子が一人。五歳くらいだろうか。
「これはこれは、キースリング伯爵とオリーヴィア嬢。お待ちしておりました。中へどうぞ。」と、その声を聞いた瞬間、私の背筋にゾクッとした悪寒が走る。どこかで味わったような感覚に思考をめぐらせている間にも、他の二人は、中へ足を踏み入れてしまう。このまま、中に入るのはだめだ。嫌な予感なんてものじゃない。二人を止めないと。少しでも材料を得るために、目利きの義眼を使った簡易鑑定を行う。すると驚いたことに、私たちの目の前に立つ四人は、誰一人として人間ではなかった。半デーモン。彼らの種族はそう書かれていた。その瞬間、思い出したのは、マグダレーネと初めて相対した時の感覚。さっきの悪寒はあの時と同じ感覚。このままだと、ホントにまずい。
「お兄様、お姉様。ダメです。この人たち人間ではありません。」
そう言った途端、二人は足を止める。だが、半デーモンたちの行動が早く、私より前に出ていた二人は取り押さえられてしまった。
「チっ。鑑定か。おい小娘。勝手な真似はするなよ。余計な真似をしたらこいつらの命はない。」
先頭に出てきたのは見た目は初老の男。どうしたものか。ここで殲滅するのは簡単だけど、二人を巻き込んでしまう。
「お前、確か例の聖女だろ。魔法を使おうとしてもこっちには分かるからな。」
とりあえずテレパシーでアルトとアニに連絡しようとしたところでそう釘を刺される。アニを介さないテレパシーは魔法ではないけれど、察知される可能性が無いとも言えない。私が聖女であることを知っていて、対策も練られていたらしい。こうなると、オリーヴィアが知らせを出したのが悔やまれる。
「ハイデマリー…」
オリーヴィアの瞳には涙が浮かんでいる。万事休すと言ったところか。ここは従うしかない。
「中に入れ。」
引きずられるようにして、家の中へ連れ込まれる。魔法も使えないし、外部との連絡も取れない。私は生後直後以来の大ピンチに見舞われていた。
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